「ニブルヘイムの魔晄炉調査?」
「はい……」
エレノアのもたらした知らせは、ルーファウスを十分に驚かせ、不安をかきたてさせた。
「それで……セフィロスとザックスという二人のソルジャーが、その任務を受けるんだな?」
「はい。方向がニブルヘイムですし。私の知っている医者の施設も、その途中にあります」
「……その任務に同行させた方が早いか……」
「安全ではあります。少なくとも、セフィロスとザックスの二人のチームは、これまでの任務成功率がトップですから」
他のソルジャーとは格が違う。
「……その任務に紛れさせて、クラウドを医者へか……」
ミッドガルから言うなら、方向的にニブルヘイムに向かうのが、エレノアの知り合いの医者が持つ医療施設へ行くのはもっとも都合が良かった。
だがここで問題が一つ。
現在神羅は、ゴールドソーサーとニブルヘイムの間に、異様な警戒を向けているのだ。
と言うのも、あの辺りで魔物の大量発生が確認されている上、以前はその中継点として魔晄炉設置が予定されていた場所で、爆発事故があったからだ。
土地柄が悪いのか、それとも何か神羅の邪魔になる団体が動いているのか、まだはっきりしていない。
そして、クラウドの問題。
現在はルーファウスが保護という形でクラウドの安全が保障されている状態である。
そのクラウドが、例えば護衛をつけたとして、ミッドガルから安全にエレノアの知り合いの医者の所にたどり着けるか、というと、大きな不安が残る。
即ち、ルーファウスが側にいない状態で、クラウドを行動させることは殆どが不可能なのだ。
それを踏まえて、タークスから腕利きを数人用意してもらったのだが、それがソルジャーであるならば、これ程好都合なことはない。
「だが、帰りはどうする?」
「それが……ニブルヘイムはクラウドの実家がありますから、そのまま任務に同行させて、セフィロス・ザックスの両名と共に帰還させれば……と思うのですが……」
「となると、任務期間はほぼ一月程度というところだな」
「はい……」
その一月が問題となる。
「セフィロスがザックスに頼むしかないか……」
一月の間、クラウドを守り無事にニブルヘイムに戻せる者――。
「……エレノア。ザックスを呼んでくれ」
「はい」
本当は、一月も手放したくはない。
クラウドの安全についてはもとより、ルーファウスの心情的に、それ程クラウドと離れていられるとは思えなかった。
だが、クラウドの体調には変えられない。
神羅では判らなかったクラウドの体調不良の原因が、この行程ではっきりするのならば、ルーファウスに止める権利はない。
生きていれば、離れる機関は一月で良い。
だがもしも、不可解な病原菌を抱えていたら? 一生の別れになるかもしれない。
その恐怖が、ルーファウスを決断させた。
翌日にやってきたソルジャー・ザックスは、粗野な言動と態度、その外観とはかけ離れて、細やかな心遣いが出来るソルジャーだった。
セフィロスとはタイプが正反対だが、その強さも調査によってはっきりしている。
「ソルジャー・ザックス」
初めての副社長との対面で、緊張しているザックスに、ルーファウスは出来る限りの礼を尽くし、告げた。
「極秘任務を頼みたい。ニブルヘイム魔晄炉調査とは別に、同期間、絶対に他言無用で受けて欲しい」
「は。なんでしょうか?」
「私の秘書、クラウド=ストライフを、ニブルヘイム途中にある、医療施設まで送り、その後、ニブルヘイム魔晄炉調査に同行させ、無事、ミッドガルまで連れ戻って欲しい」
ザックスは小首を傾げ、目を細めてルーファウスを見た。
「それは、俺達の行程に、秘書殿の行程も合わせる――ということですか?」
「そうだ」
「ですが、ニブルヘイムまでの道程中、医者の所へ寄るのは不可能だと思いますが……」
任務はザックス一人で受けるわけではない上、チームのリーダーはセフィロスである。
ザックスはそのサポートとして任務に従事するので、実質的な権限はザックスにはない。
「それについては、セフィロスに一言言っておく。確か君の実家が、やはりニブルヘイムへの途中にあったな」
「……はぁ。まぁ……」
「君はそこへ、クラウドと共に向かう――ということにしておく。セフィロス達はその最中、ついでだから、と近隣の魔物調査をしてもらうつもりだ」
副社長の権限をフルに使えば、それくらいの小細工は簡単なことだ。
「では、その一日で、秘書殿を医者の下に連れて行けば良いのですね?」
「ああ。それと……秘書は兵士として紛れ込ませる。君の直属の部下として、出来るだけ側から離さないでくれ」
「……了解」
快く――とまではいかなかったが、ザックスはルーファウスの頼みを聞き入れた。
後は、クラウドの用意をさせるだけである。
神羅の検査では何の問題もなかったのだから――と最初の内は医者へ行くことを拒んでいたクラウドも、ニブルヘイム魔晄炉調査に、ソルジャー――しかもセフィロスと共に向かう。と聞き、意見を変えた。
ソルジャーになることは諦めたクラウドも、やはりセフィロスへの憧れは強いようだ。
多少の嫉妬と共に、ルーファウスは――それでもクラウドの体の安全を思い、あらゆる安全措置を取らせ、旅発たせた。
それが、後にどのような結果をもたらすかも知らず――。
その一報が届いたのは、クラウドがセフィロス・ザックスと共に発ってから、三日後のことだった。
「医師の診断書が届いています」
エレノアが持ってきたのは、エレノアの知人である医者からの検査結果。
一般書類に紛れるような偽装がされたそれには、医師の心遣いが透けて見える。
「良い医者じゃないか」
思わず呟いたルーファウスに、エレノアは呆れた溜息を吐く。
「医療の腕、他者への気遣いについては、そう言えます。ですが……研究となると、宝条博士に負けないマッドです」
「……成る程……」
道理でエレノアが渋い顔をしていたわけだ。
ルーファウスは納得しつつ封を解き、中身を取り出した。
中には、医者の所見と血液検査結果。そして……。
「!?」
ルーファウスは最後に添付された資料を見て、驚愕に目を見開いた。
「エレノア。済まないが、ガスト博士以下がかつて研究していた、ジェノバの資料を持ってきてくれないか?」
「ジェノバですか?」
「ああ……」
首を捻りつつ、資料室へと足を向けたエレノアを、ルーファウスはもう一度呼び止める。
「追加だ。ソルジャーの体内細胞の資料も頼む」
「……はい……?」
ルーファウスの手の中にある、医師の手紙。
『検査、不可能。彼は人間では有り得ない』
真っ白い紙の中央には、滲んだ文字で、そう記されていた。
魔晄炉の調査は、思うように進んでいないようだった。
クラウドは兵士の制服に身を包み、懐かしい故郷を見回りながら、そう思った。
セフィロスとザックス。そして、正体を晒せないままにティファと共に魔晄炉へ向かった翌日から、セフィロスはずっと神羅屋敷にこもっている。何か調べものをしているようなのだが、その調べものが何なのか、下っ端扱いのクラウドには知らされていない。
ただ、セフィロスの様子を毎日のように見にいくザックスの様子から、思うように調べものが進んでいないようだ――と判断出来た。
調査行程は一ヶ月だったのだが、ここにきてセフィロスのお篭りが始まり、既に日程を超えている。
そろそろ戻らないと、仕事も溜まるしルーファウスも心配するだろう――とは思うのだが、一般兵士の扱いになっている限り、まさか一人でミッドガルへ戻るわけにもいかない。
「済まないな……」
不意に声をかけられ、振り向けばザックスが、苦みばしった表情で立っていた。
「あ、いいえ。別に。母さんにも会えましたし」
「そうか? それなら良いんだが……だが、副社長が心配しているだろうな……」
「ああ、それは」
クラウドは思わずクスリと笑う。
「心配症なんですよ」
「第一秘書なんだって? だからかな?」
「きっとそうです。仕事も沢山残してきてるし」
「……本当に、済まないな……」
「大丈夫ですよ」
ザックスとは、ここに来るまでにかなり親しくなった。
年が近いというのもあるし、何より、ザックスはクラウドに気を使わせないだけの陽気さと鷹揚さを持っていた。
気を使わせない人間というのは、周囲の人間にストレスを与えない。
逆に、緊張しやすいクラウドに安心感を与えてくれ。医師の検査の際にも、随分と勇気付けられた。
「しかし……セフィロスは何を調べてるんだろうな?」
ザックスは神羅屋敷を見上げながら言う。
「ザックスも知らないんですか?」
「ああ……何を聞いても答えても貰えない。ただ、何か知ってはいけないことを知ったようでもあるな……」
「知ってはいけないこと?」
クラウドは首を捻り、ザックス同様に神羅屋敷を見上げた。
今はシンと静まり返る街の中、不気味にそびえ立つ神羅屋敷。
あそこでは以前、神羅の人体実験が行われていた――という噂がある。その際の資料も、全て保管されているのだそうだ。
「昔――俺、あの神羅屋敷に一人で忍びこんだことがあるんです」
「お前が?」
「はい。ほら、通りを隔てて隣じゃないですか。あの屋敷」
「ああ。クラウドの家と?」
「はい。俺、友達いなかったから、何時も一人で遊んでいて――あそこに……」
そう、忍び込んだことがあるのだ。
遠い――とは言っても、十年には満たない昔のことだ。
クラウドは一人であの神羅屋敷に忍び込んだ。
当時はもう、神羅の誰もあの屋敷には居らず、廃屋と化したそこは、ニブルヘイムの子供達の間では、肝試しの恰好の場として良く使われていた。
ある日、やはり何時ものように子供達の輪の中に入れなかったクラウドは、一人で神羅屋敷に忍び込んで――。
「あれ?」
「ん? どうした?」
「ああ、いえ……忍び込んだことは覚えてるんですけど、その時に何があったのか、思い出せなくて……」
一体あの日、何があったのだろうか?
クラウドの意識が、記憶の混乱に入り込もうとした時だった……。
運命の歯車が、不穏な音を立てて、回り始める――。