「見ていられないわ」
エレノアは言った。
「何をしていても集中出来ないの」
ニブルヘイムの後始末を自ら指揮すると言い張ったルーファウスは、水上都市計画から撤退した。
その足でニブルヘイムに向い、そこで新たなるニブルヘイムの再現を行うのだ。
ニブルヘイムの惨劇は、神羅の落ち度となる。その事実を覆い隠し、尚且つそこでセフィロスを追う為の切り札を作るらしい。
あの宝条が。あの忌まわしい細胞を使って。
指示を細かく与えながら、ルーファウスがするのはクラウドを探すことだけ。
求めて病まない姿を――己が与えてしまった行動で、その消息を絶ってしまった、愛しい魂。
遠く視線をさまよわせるルーファウスを見ながら、エレノアは首を振る。
隣に立つツォンも、目を眇め、かつての直属の上司を見つめた。
「……それで、クラウドの消息はまだ不明なんですか?」
「それが……」
ルーファウスには何も告げず、かつてのキャリアを使って調査を進めていたエレノアは、絶望的な事実を手に入れていた。
「クラウドは……もう生きていないかもしれない」
「!? 遺体が出たんですか?」
「いいえ。それはまだ……だけど、どう考えてもおかしいのよ」
「おかしい?」
ツォンはエレノアを見やる。
真摯な瞳の前で、エレノアは酷く落胆した表情をしていて、彼女が決して憶測だけで言っているのではないと知れる。
「おかしいとは?」
「……ニブルヘイムで回収されたソルジャーと兵士の遺体は、ピピンという青年兵とソルジャー・ザックスだったらしい……との回答を、遺体を回収した医療チームから受けたの。でも、その遺体の回収先が不明なのよ。それにね……」
ニブルヘイムの住人数と、回収された住人数を比較して、エレノアの疑問は更に増した。
「どう考えても、住人と魔晄炉調査チーを合わせた人数と、回収された遺体の数が合わないの」
その回答を、エレノアは医療チームに求めた。
だが、返ってきた回答は、高温度に晒され肉体は消失――という粗末なものだった。
まるで、何かをエレノアに隠したがっている、そんな印象を受けた。真実を覆い隠すために、大掛かりな嘘を――遺体を隠すことで――ついている。
ならば、と次にエレノアが取った手段は、買収。
医療チームの中でも、遺体回収班にいた男を一人、出世と金で吊り上げた。
男は簡単に引っかかり、恐らく秘されていたであろう事実を伝えた。
「謎の一部は、これで解けた。回収された魔晄炉調査チーム――神羅のソルジャーと兵士は、全部で三人。この中に、クラウドが含まれていたの。そしてその内の二人は科学部門に引き渡されたと言っていた」
「つまり……ソルジャー・ザックスとクラウドは……科学部門下に?」
「と思う。兵士ピピンの遺体は、ミッドガルの家族の下に送られたから、残るはザックスとクラウドということになるわね」
「では、生きているのでは?」
逆に、科学部門に送られたということは、彼らの体について何か調査をするから――という可能性があるのでは? とツォンは考えた。
しかし、エレノアは首を振る。
「ザックスはともかく、クラウドはお腹の辺りを一突きされていたらしいの。それも、セフィロスの長刀に……」
「セフィロスの……」
名刀マサムネ。常人では扱うことの出来ないそれは、セフィロスにのみ扱えたと――そう言われる。身の丈を超える長さと、その刃の鋭さ故に、セフィロス以外のものが使えば、自らを傷つけ死に至らしめると。
そのセフィロスの剣が、クラウドを貫いた。
「……だがしかし、科学部門を問い詰めれば、クラウドの遺体くらいは……」
「遺体を……見つけてどうなるの?」
「……」
「副社長が求めてるのは遺体じゃない。生きているクラウドなのよ。なのに、言える? 死んでいるかもしれないなんて」
言えるわけがない。
しかも、今回のクラウドの失踪の原因の一端を、ルーファウス自身が担っているならなおさらのこと。
「だが、私は承服出来ない」
ツォンは言い、身を翻した。
クラウドを失って悲しいのは、ルーファウスやエレノアだけではない。ツォンだってまた、同じなのだ。
既に部下を通り越して息子のように思っていた。
ルーファウスについて、何故かツォンに相談に来るのが、可愛く思えてきた矢先の出来事だった。
このまま終わらせることなんて、出来ない。
「どうするの?」
エレノアの声が追いかけてくるのに立ち止まり、振り向いてツォンは答える。
「科学部門を探ります」
「なら、ジャックを使うといいわ。あの子、医療の資格を持っているから」
「危険ですよ?」
「タークス所属になった時から、色々覚悟してるわよ」
薄く笑ったエレノアは、息子の腕と運を信じて笑う。
「……判りました……」
ジャックもまた、クラウドについて思うところがあるのを、ツォンは知っている。
顔を合わせた回数は少なくとも、エレノアがもう一人の息子としてクラウドを可愛がっていた事実を彼は知っていて、弟のように思っているのだと、そう聞いたことがある。
命令をするまでもなく、喜んで任務を受けてくれるだろう。それがクラウドの発見に繋がるならば……。
「よくよく、愛されているな、クラウドは……」
自分がその一人であることも否めない事実として、ツォンは再度足を進めながら呟いた。
「だからこそ……」
見つけたいのだ。遺体でも良いから。
彼がそこにいたという証明を、したかった。
ツォンを見送ったエレノアは、ルーファウスに近付き、許可を求めた。
「神羅屋敷を調べたいんです」
「神羅屋敷を?」
不審にエレノアを見返したルーファウスに、エレノアは頷く。
「私もあらゆる可能性を信じてみる気になりました」
承服出来ない。
言ったツォンの言葉と表情には、クラウドを探そうという意思があった。
クラウドから遠い位置にいた彼がそう言っているのに、自分は諦めるのか?
そう思ったら、いてもたってもいられなくなったのだ。
自らこそが、クラウドを探してしかるべきなのである。ルーファウスも同様に。
「クラウドが生きていると信じて、探してみようと思います」
「それで、どうして神羅屋敷になる?」
「クラウドが科学部門に引き渡されたからです」
「なんだって?」
ルーファウスの瞳に鋭い光が宿る。
彼はクラウドが入院するきっかけとなったあの一件から、科学部門を信じていない。
「許可しよう、存分に調べろ」
「はい」
「それから君は、秘書ではなく、タークス内の特殊工作員になれ」
「……元に戻れと、そういうことですね?」
「秘書よりも権限がある。時には調査部法外特殊権利が使える。存分に使うが良い」
成る程。調査部法外特殊権利は時に各部門責任者よりも強い権限を発揮する。
「了解しました」
「だが、直属の上司として、私を使え」
「勿論です」
エレノアはにっこりと笑うと、一度神羅社屋に戻るべきニブルヘイムの出口に足を向けた。
この先、どんな結果がもたらされるのかは判らない。だが、今以上に酷い状況には陥らないだろう。
そう願いながら、エレノアは車に乗り込む。
「ミッドガルに戻ります」
ルーファウスの運転手であるケネスに告げて、シートに身を埋めた。