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秘書:今日の終わる日

「古代種?」
もたらされた単語に、ルーファウスは怪訝な顔をした。
「はい。社長より、今後は古代種発見の指揮を取るように――と」
良い難そうに言うのは、五年前、タークスに戻ったエレノアの変わりに秘書となったグレンという青年である。
クラウドを探す為、事の詳細に詳しくない人間(しかもプレジデントの息のかかっていない)が好ましいと思ったルーファウスが、新入社員の中から選んだ一人だ。
彼も、この五年の間にルーファウスとエレノア。そして一部タークスの抱える事情を知り、それとなく協力してくれている。
だからこそ、今になってルーファウスが自由に動けなくなることを懸念し、言葉を詰まらせているのである。
ルーファウスはこのところ癖に成り始めた溜息を吐く。
クラウドの行方は杳として知れず、またその手がかりも探し当てた端から消されていく。まるで、誰かがルーファウスの望みを邪魔しているかのように。
いや、明らかに邪魔されているのだ。
「しかし、古代種か……」
これは、何時からか神羅における永遠のテーマとなった。
彼ら古代種の至ると言われている約束の地。そこにあるだろう魔晄を求めて。
だが、残念ながらルーファウスはそんなものを信じてはいない。
現在であれ、ミッドガルの魔晄炉から吸い上げられる魔晄は枯れかけてきている。それにつれ、世界全体から吸い上げられる魔晄の量も、少なからず減っているのだ。
それは要するに、魔晄の絶対量が星全体から失われつつある、ということ。
星に存在するエネルギーの総量は同じで、それが一部であろうが枯渇しているのならば、ある一点の地にのみエネルギーが豊富に余っているなんてことはありえない。
そんな夢みたいな話を信じて労力を使う程、ルーファウスは夢見がちな性格ではなかった。
なのに、プレジデントは頑なにそれを信じている。
そして、神羅の総力を上げて古代種捕獲を実行しようとしているのだ。
まずは、タークスから……。
それまでは自由に動けていたツォンが、古代種発見の為に身動きが取れなくなったのは二年前のことだった。
それまでも、余力を用いて古代種発見の任務を負ってきたツォンではあったが、二年前からその他の任務を全て放棄せざるを得ない状況に陥っていた。
タークスの全権を有していると言って過言ではないツォンの不在は、クラウド発見に多きな影を落とすに至った。
あれから、大した進展もない。
唯一の救いは、ツォンの影に隠れて動いている、エレノアとジャックの存在だろうか?
エレノアは調査部から。ジャックは科学部門から、時折小さな違和感を運んでくる。
だが、それはどうしてもはっきりとした形にならないのだ。
「ルーファウスさま?」
一言古代種の名を呟いたまま思考に沈んだルーファウスに、グレンが遠慮がちに声をかけてくる。
「ああ、済まない……」
タークスだけではなく、自分まで……。
もどかしくてたまらない。
「判った。そう親父に告げてくれ」
「はい……」
五年は長い。もし本当にクラウドが生きているのなら、21にはなっているだろう。その分、ルーファウスも年を取った。
もしも再会できたとして、クラウドは再びルーファウスを受け入れてくれるだろうか?
いや、受け入れてなどくれなくても良いのだ。
この五年、ルーファウスが祈るのは、ただクラウドの存在だけだ。
生きていてほしい。それだけで良い。
クラウドが生きていてくれるなら、その隣に立つ人間が自分でなくても良い。幸せに笑っていてくれるならば……。
そう思う程には、長い年月だったのだ。五年は。



赤毛の個性が突き出たようなレノが運んできた報告を聞いて、ツォンは首を捻っていた。
「ソルジャー? そう言ったのか?」
「はい」
人類最後の古代種であると確認されたエアリス=ゲインズブール。彼女の捕獲をレノに命じたのが今朝のこと。
しかしレノは、元ソルジャーと名乗る青年に邪魔をされて捕獲に失敗したと、そう報告したのである。
「その元ソルジャーの風体は?」
「はぁ……金のツンツン髪でしたけど?」
「金のツンツン? 年の頃は?」
「さぁ?」
首を捻りながら、レノは訝しげな顔をする。
捕獲に失敗したのは即ちレノの落ち度である。なのにこの目の前の上司が自分を叱るでなく、かといってその後のターゲットの動向を気にするでなく、何故か邪魔に入った元ソルジャーの方を気にしているのが不思議だったのだ。
「二十代だと思いますけど?」
「二十代……。瞳の色は?」
「青です。ソルジャーにありがちな、魔晄を浴びた真っ青」
ツォンはますます怪訝そうな顔つきになった。
何かが気にかかる。告げられた事実と真実はまるで遠いのに、何か……。
「判った。次の任務では失敗のないように」
「はい」
叱られなかったことを喜べば良いのか、それとも訝れば良いのか?
良く判らないといった風にレノが去った後、ツォンは背後に顔を向けた。
「気にならないか?」
ツォンの背後。そこには神羅社内でも簡単に閲覧出来ない、これまでのタークスの活動記録がしまわれた部屋がある。
そのドアが、今は薄く開いていた。
「そうね……」
中から聞こえたのは、女の声。
現在、この記録保管庫が別の目的で使われているのを知っているのは、ツォンとこの声の主――そしてルーファウス。
「金のツンツン髪なんて、そうそう多くいるわけがないもの」
「……やはり、クラウドか?」
「そうかも。でも……なら何故、自分を元ソルジャーなんて名乗るのかしら?」
「そうだな……」
クラウドはソルジャーを目指してはいたが、ソルジャーだったわけではない。更には、嘘を吐いて平然としていられる人間でもない。
レノの報告が正確性に欠けていたか。それとも……。
「何にしても、確かめてみる必要があるわね? 六番街――だったかしら?」
「伍番街だ」
「じゃ、行ってくるわ」
言うと声の主の気配が背後から消える。
ツォンは自分も立ち上がった。
もしかして……自分の今最も重要視しなくてはならない任務と、自分が一番気に掛かっている問題が一気に解決する――そんな可能性を求めて……。



古代種へ全力投球する前に、ルーファウスにはしなくてはならないことがあった。
ニブルヘイムの経過を見ることだ。
元々人の出入りの少なかった辺境の村なので、現在のところ目立った問題は起きていないらしいが……油断は出来ない。
神羅によって壊滅に追い込まれた村を、元のように再現するのは簡単なことだった。だが、そこに住んでいた人間を再生することだけは、どうあっても出来ない。
現在は神羅の社員が村人の振りをして住んでいるが、いつ村にゆかりの人間が尋ねてくるかもしれない。
その時、たった五年で村人の全てが別人に変わっていることを悟られるのだけはまずいのだ。
セフィロスの起こした事件だということは、記録にすら残されず、事実すら抹消された。
当時の真実を知るのは、あの時かろうじて生きていた人間と、そしてルーファウスが捜し求めているクラウド。そしてその護衛を頼んだザックスのみ。
そう、彼らだけが事の真相を正しく理解しているはずだった。
全ての真実を明らかにする為にも、そして彼ら自身の為にも、クラウド発見は最優先事項のはずなのに……。
思いながら、ニブルヘイムの神羅社員から送られてくる最後の報告書を読んだ時、不可思議な記述にルーファウスは首を捻った。
「グレン」
「はい?」
「この報告書は、誰が持ってきたものだ?」
「ええと……それは……」
グレンは報告書とメモを見比べる。
ニブルヘイムで生活している社員はあまり多くはいない。その中でそれを送ってきたのは……。
「ああ、ストライフ家の社員からですね」
「ストライフ?」
奇しくもクラウドの実家を受け持っている社員からだ。
クラウドの母親が一人で住んでいたそのまま、そこには現在、神羅の女性社員が住んでいる。
彼女は、夜中に起きた時、窓から不可思議な光景を見たと報告していた。
「おかしな光景……」
詳細は記されていないが、その光景は神羅屋敷の方に見えた、との記述に、思わずルーファウスは立ち上がった。
神羅屋敷。そこはエレノアが最優先で調べた場所だった。
だが、彼女は全てを調べきることは出来なかったのだ。
何故なら……。
「ニブルヘイムへ行く」
ルーファウスは言って、副社長室を後にする。
背後から慌ててグレンが着いて来ていたが、歩みを緩めてやるだけの余裕はなかった。
――済みません、副社長……。
エレノアは言ったではないか。
――神羅屋敷は地下道を含め、かなりの部屋数があるのですが、神羅のトップシークレットに触れる部屋があるらしく、そちらは……私の権限では調べることが出来ませんでした。
それらの部屋には、全てパネルキーが設定してあって、パスコードを知ることが出来ない限りは踏み込むことも出来なかった。
そしてそのパスコードは、神羅トップである社長――プレジデントのみが知っている。
言い換えれば、プレジデントのみしか知らないのだ。
だが本当に?
クラウドの体が特殊なことは、神羅科学部門の者ならば誰もが知っていると思っても良いだろう。
そしてプレジデントは、その特殊性を求めていたではないか。自らの体を強化する為に。
研究に有用な検体だからと宝条が進言すれば、パスコードごときを宝条に明かすのは簡単なことだ。
そして、そのパスコードで守られた場所に、クラウドとザックスが隠されていたとしたら?
発見出来ないのも、当然のことだったのだ。

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