「クラウドぉぉぉぉぉ!!!!!」
絶叫と共に、今にも走り出さんとするルーファウスを、かろうじて引き止めるエレノア。
もしもあのまま突っ込んでいたら、クラウド、セフィロスごとライフストリームの中に一直線だっただろ
う。
「何故止めるっ!」
「あなたが社長だからです!」
悲痛に声を響かせるルーファウスに、それ以上の激昂をもってエレノアは答える。
クラウドの仲間達もあっけにとられている中で、エレノアは麻酔銃を撃った。己の上司に対して。
「良いのですか? 社長にそんなことをして?」
馬鹿にしたように宝条が言うが、そんなことはエレノアには関係ない。
むしろ、社長の椅子がルーファウスに移った時に、クラウドを実験体扱いした宝条は既にクラウドの情報
を握っているだけの狂った科学者扱いなのである。意識を向ける必要もない。
ぐったりしたルーファウスを、女性の身で抱え、宝条のお供として一緒についてきていたジャックに声を
かける。
「ジャック! 直ぐに社に戻ります」
「了解!」
宝条も目に入らないままにヘリに乗り込み、ひたすら下に見える状況を分析する。
「ね、ジャック……」
「はい?」
「クラウドは……可哀相ね……」
でもそれ以上に、ルーファウスが可哀相だ……。
そんな風に、エレノアは思った。
北の大空洞。
黒マテリアをセフィロスに渡しにきたクラウドと会って――だけど、やっぱりクラウドはルーファウスを
認知することはなかった。
どころか、それまで持っていた自我すら捨てて、セフィロスコピーとして忠実に行動した。
その結果――ライフストリームに落ちていったクラウドと、それをためらいなく追いかけようとしたルー
ファウス。
「……お母さん」
「なに?」
「まだ、これでもクラウドを追いかけるの? ライフストリームに落ちた人間が、無事に戻れることは殆
どない。それでも?」
「……そうね……」
ライフストリーム。星の命であり、また魔晄と呼ばれるエネルギー。そのエネルギーは、そもそもが何で
あるのか、はっきりとした説明が出来ないものでもある。
それでいて、一部の者の言うことによれば、その星のエネルギーには大いなる知識が詰まっているといわ
れている。
人がだからそのエネルギーに触れると、大抵がその受ける知識量に脳がついていかず、発狂、もしくは自
我を失う可能性があるのだそうだ。
そう――だから少なくとも星のエネルギーを受るソルジャーは、超人的な戦闘能力を有する。
「……それでも……クラウドが本当にジェノバの細胞を有しているというのなら……いいえ、セフィロス
の、であったわね。ならば、もしかしたらそのおかげで、クラウドは無事かもしれない」
いや、無事でいて欲しいと思う。
そしてどうか、もう一度ルーファウスを見てくれるように……。
「でも、今後クラウドだけに関わっているわけにはいかないな……」
「そうね……星の防御機構……だったかしら?」
「アルテマ。あれに街を攻撃されたら、ひとたまりもない」
「その対応策も、今後突き詰めていかなくてはならいわね」
何時から、こんなに世界は乱れてしまったのだろうか?
利便性を求める代償がこれだと言うのならば、もしかして人は、一番触れてはいけないものに触れてしま
ったのかもしれない。
星のエネルギーと良い、ジェノバと良い。
何にせよ、対応策を唱えないわけにはいかない。
「ツォンは大丈夫かしら?」
「……」
「遺跡でセフィロスにやられたと言っていたけれど……」
「……正直なところ、非常に危険な状態……だった」
「だった?」
「一命は取り留めた。けれど……かつてのように、とはいかない」
「そう……」
「命があっただけめっけものだと思わないと駄目だ」
「そうね……」
命に関してすら、判らないクラウドに比べたら……。
いや、命の重さは誰も変わらない。どちらが良いとは言えない思っちゃいけない。
「……確かライフストリームの終着点とも言われる場所があったわね」
「ああ……確か……」
二人は互いを見合わせて首を捻る。
「なんだったかしら?」
どうしても思い出せない。
「……とりあえず、神羅に戻ったら、調べてみよう」
「そうね……」
ルーファウスは眠っている。
麻酔が覚めるまで、目覚めることはないだろう。
せめて夢の中では、幸福でいるように。
そう、思わずにはいられなかった。
漂う記憶はあいまいな海。
断片的に浮かんでは消える光景は、これは、一体何だっただろうか?
ところどころが白光する、不可思議な場所で、クラウドは夢から覚めた。
「ここは?」
確か自分は、ニブルヘイムの任務に同行して……。
そこでセフィロスの行動が異常になり、故郷を母親ごと滅ぼされたのを恨みに思って、切りかかったのだ
ったか……?
記憶はどこまでも曖昧だ。
けれど……。
「なんだろう。ずっと……誰かに話し掛けられていたような?」
思いつつ、上を向いた時だった。
薄紫の光が振ってきて、許容を超えた情報がなだれ込んできた。
「う……わぁっ!」
痛いくらい脳が刺激されて、秒刻みに光景が断続的に再生される。
それが……自分が受け取っていたこれまでの記憶だと知るのに、暫くかかった。
それが己の記憶だと判っても、それでも処理しきれない程の内容、感情。
色々入り乱れた中に、一つだけ看過できないものがあった。
――ザックスが……。
死んだ……。
ルーファウスから頼まれたのだ、と。最後までミッドガルへ向かってくれたザックスは、ミッドガルに近
付いたからこそ、死んだ。
結果として、クラウドの為に命を落としたことになる。
「嘘……だ……」
自我がはっきりとせず、ひたすら足手まといだったクラウドを抱えて……。
それに……。
再生された記憶の中、自分がルーファウスに向けて剣を振るうシーンがあった。
それは、愛する人相手に殺意を向けたということで……。
更には、クラウドの向こうに誰か知らない人を見ていた少女――彼女も、殺した。
がくり、とクラウドの膝が落ちる。
全員を、クラウドが殺した。殺したのだ。己の手にはかけなくても、それでも。
「あ、ああ…………俺は……」
そんなこと、一度だって望んだことはなかったのに……なのに……。
「もう俺は……帰れない……」
呟いた時、己の意識を引き上げる手を見つけた。