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秘書:物言わぬ幻影

「クラウドの……記憶を正常に戻すには、どうしたら良い?」
「それは、最も難しい問いですね」

ルーファウスの言葉に、ジャックは苦笑した。

「実際問題として、もうクラウドは以前のクラウドには戻ることは出来ません」
「何故?」
「クラウドの記憶の混乱は、脳ではなく細胞で受取る情報が多すぎる為に起こります。これを解決するには、クラウドの体の中にあるセフィロス、そしてジェノバの細胞を取り除かなくてはならない。ですが……もう恐らく細胞同士は融合し、本来のクラウドを構成していた純粋な細胞は残っていないでしょう。しれ程、セフィロス・ジェノバ細胞は協力な増殖力を誇っているのです」

オリジナルな細胞を殺して呑み込んでしまう程に。

ルーファウスは苦笑して首を振った。

「過酷過ぎて、言える言葉もないな……」

唯一の救いは、神羅の全権限が、現在ルーファウスにあるということだろう。この権限をフルに使い、クラウドを救う為の研究をさせることは出来る。
研究出来る能力を持つ人間がいるかどうかは問題だが……。

「仮定だけど……」

エレノアが声を上げる。

「本当に仮定でしかないけれど……相殺は、出来ないかしら?」
「相殺? それは、セフィロス・ジェノバ細胞を越える細胞を見つけるってことかな?」
「そうじゃなくて……」

エレノアの脳裏に、一つの文献の文章が浮かんでいた。
あれを書いたのは、確か、ガスト博士だった。

「こういう事例があるの。星に異物――ジェノバが飛来した時、星は痛み、それを癒す為に古代種が立った。古代種の祈りは星を活性化させ、その異物を取り除き星を癒した……。この星の部分をクラウドに変換したら、今の状況に似ていない?」
「……確かに…………でも、それでは……」

星には己を守り癒す力があった。だが、クラウドにそれは存在するかどうかが問題だ。
そもそも、古代種が祈っただけでクラウドの現状が良くなるのならば、研究など必要ないではないか。

「古代種か……」

ルーファウスの中での彼らに対しての認識は、約束の地に導かれるという、それだけである。
そもそも古代種は希少で、現在では一人――少女しか確認されていない。
けれど、他に手が無いのならば……。

「古代種の少女を追え」

ルーファウスは一縷の望みにかけることにした。
同時に、専門職ではないことを知りながら、知識が豊富なジャックに、今後もジェノバとセフィロスの細胞を調査するように命令する。
更に――。

「セフィロスを追う」

何故? と疑問を浮かべる者達に「クラウドはアレの後を追ってくるのだろう?」と。
ならば、セフィロスは神羅で抑えておくべきだ。新たな細胞の検体としても、必要不可欠だと告げて。




どうしても社長室に移動することは出来なかった副社長室を、今後の社長室と定めて、ルーファウスはその部屋に一人で座り込む。
かつて、もう何年前になるだろうか? あの頃には、この場所にクラウドがいた。
屋敷に帰ればそこにもいて、何時も――殆ど一時も離れないという勢いで一緒だった。

初めて会った時は、本当に子供だった。実に子供らしくない子供で。
一目見て気に入って、秘書にした。
ずっと。ずっとだ。あのまま一緒にいられると思っていた。不慮の事故さえなければ。
最低でも、外の医者に見せようなどと考えなければ良かった。いずれは社長の椅子を継ぐのだし、それから神羅を改革してからでも間に合ったかもしれない。現に今、クラウドは記憶は表面化していないまでも、生きているのだから。
けれど、後悔には何の意味もない。
過ぎ去った時は残酷に道を選び、今ここに、側にクラウドはいないのだから。

このまま戻ってくることがなかったら?

そんなことは、考えたくなかった。
戻ってきて欲しい。かつてのように、隣に立ち、側で笑い――できるなら、体温を分け合って抱き合いたい。
それはもしかして、自分には過ぎた願いなのだろうか?

反神羅組織がある。彼らは神羅が星の命を無尽蔵に乱用していると責める。
そのツケが、今になってやってきたとでも言うのだろうか?

何れにせよ、このまま諦めることだけは出来そうになかった。
見つかったのだ。生きているのだ。
どれだけジャックが絶望的な結論を導き出そうが、絶対的な確立でクラウドが過去を思い出しはしなくても、でもそれでも、側に居たいと願う。

その為にも、セフィロスを捕らえ、記憶の回復を試みなくてはならない。




「随分と来ちゃってるわね……」

エレノアは呟く。
隣に立っているツォンは、荷物をまとめて長期出張の準備中だ。
ルーファウスからの命令を遂行する為、これから彼が知る唯一の古代種――エアリスを探す為だ。

「……最初は生きているだけで良いと思っていた。だが、生きていると判ると側に居て欲しくなる。それは、俺も同じ気持ちだ」
「私だってそうだけど……だけど、あのクラウドならば絶対にルーファウス様の側には来てくれないわね」

何がそうなったのか良くは判らないが、クラウドは何故か神羅に敵対しているような態度を見せる。
恐らく、彼の目の前で古代種の少女を誘拐しようとしたからだろうが……。
だが、それは前社長の命令であり、ルーファウスから出されたものではなかった。
ルーファウスには古代種も、古代種のみが導かれる約束の地も必要ではないからだ。

ルーファウスがただ一つ求めるものは、ただ一人――クラウドだけ。
それが判れば、果たしてクラウドは戻ってきてくれるのだろうか? ルーファウスの隣に。

「無理ね……」

仲間の内に反神羅組織のメンバーがいるらしい。
星の命を守ると言いながら、自らもその星のエネルギーの恩恵に縋っていることを棚に上げている人間。
何をどうクラウドに告げたのかは知らないが、通常の人間よりも得る情報が多いというジャックの言葉が真実だとするなら、その反神羅思想だとて目一杯に受け取っていることだろう。

クラウドと戦ったと言っていた。
躊躇いもなく剣を向けられたルーファウスの心情はどれ程のものだっただろうか?
ただ一人愛すると決めた人間に、命を狙われた事実は――。

「そう暗い顔をするな。ジャックも専門ではないとは言え、あれだけの資料を読み解くだけの力量はある。きっと何か解決策を見つけ出すだろう」
「だと、良いのだけど……」
「エレノアはこれからどうするんだ?」
「……私はセフィロスの足取りを追うけど……そういう命令だし」
「ならば……北に向うと良い」
「北?」

怪訝に問い返すエレノアに、ツォンは重く頷いた。

「ニブルヘイムにいた、自我の目覚めていない人形のような黒フードの男達を覚えているか?」
「……ナンバーが刻まれていたわね」
「アレはどうやら、セフィロスコピーらしい」
「え!?」
「詳しいことは判らないが……彼らが一斉に北に向って移動を始めたらしい」
「それって……」

セフィロスコピーはセフィロスを追いかけている。ということは……。

「いるだろう。北に」

北……。
まずは、セフィロスを求めて――。

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