――友達にはなれないな……。
言った青い瞳。表情は傲慢を絵に描いたように見えて、なのに、どこかしら悲痛を含んでいたようにも思える。
ヘリコプターから、豪胆にも飛び降りた人物は、最初、囁くように名前を呼んだ。クラウド――と。
カームの宿。ベッドに横になり、クラウドは神羅の新社長と対峙したときのことを思い出していた。
記憶にはないのに、何故かその姿を見た時、静かな喜びが胸に溢れたのが不思議だった。自分は彼と面識もないはずなのに。
上に立つものに備わっている命令しなれた口調と態度。なのに何処からしら孤独を匂わせるそれが気になって気になって。
「あれは……誰だ?」
問わずともおのずと彼が自身で名乗ったではないか。ルーファウス=神羅、と。
「どうしてこんなに気になる?」
会ったこともない。いや、たかがソルジャーが会えるような人物でもない。雲の上の存在でもある元副社長。
なのにどうしてだろう? こんなに懐かしく思うのは?
クラウドの体細胞がぞわりと蠢く。まるでそこに封じ込められた記憶を探るかのように。
集められた会議室にて、エレノアを最初として秘書のグレン、ツォン、エレノア、ジャックは、ルーファウスからクラウドの生存報告と、同時に記憶が失われていることを聞かされた。
声を失う一同。
生存だけを望んでずっと探していた。だから、生きていてくれたことは本当に嬉しい。だが、失われた記憶の墓場に自分たちが追いやられたことを、彼らは悲しまずにはいられなかった。
「元に、戻れると思ったのですが……」
エレノアは苦笑でルーファウスを見る。
「ああ……だが、クラウドは生きていた。これから記憶を取り戻さないこともない上、そもそも生きていたならこれから新たな関係を作り上げることも可能だ」
「それなんですが……ルーファウス様」
前向きに今後を考えようとしたルーファウスに、水を差すようで申し訳ない。言ったのは科学部門へ潜入捜査中のジャックだった。
「先日のセフィロスの進入時、通信室から全域に対して探査用電波が流されたのはお聞きになれらましたか?」
「ああ。エレノアから。だったな?」
確認を取るルーファウスに、エレノアは頷いて見せる。
神羅に異変を感じてエレノアが最終的にたどり着いたのが通信室。ここは神羅の重要拠点の一つでセキュリティが高い上、神羅を網羅するコンピューターに対して絶対権限を持つ端末が置いてあるのだ。
社屋の簡易通信設備であるインターコムが不通であることに気付いたエレノアは、通信状況を見極める為に通信室へ向い――そこで一つの命令を目にした。
――セフィロスを探せ。
通信室の巨大モニターに映った文字はその一言だけ。
打ち込まれたその命令は、忠実なコンピューターによって実行され、全てのエネルギーがその命令に向いていた為、社内の全通信網は無反応になっていたのだった。
「探査用電波の有効範囲が広く設定されていた為、全エネルギーをそこに集中させなくてはならなかったからでしょう。通信室で管理される科学部門の全てのゲートが、その時だけ全て開いていたんです」
普段なら、極秘実験の行なわれる研究室には、宝条以下、彼の腹心の部下しか入ることは出来ない。通常ではドアには電子ロックがかかり、それこそコンピューターによる出入りの制限がされていたのだ。
だが、その日は通信室から送られた命令で全てのエネルギーが探査用のエネルギーに変わっていた。その為、ゲートにまでエネルギーが行き届かなく、全てのドアが開いていたと、ジャックは言っているのだ。
「混乱に乗じて、普段なら絶対に入る事の出来ない宝条博士の私設研究室に入ることが出来ました。そこで見つけたのが、これです」
差し出されたのはレポート。
「これは?」
「宝条博士がガスト博士から継いだ実験レポートです。実験体には宝条博士の息子セフィロスともう一人、ニブルヘイムの迷子の子供を使ったと……」
は、っとジャックを見上げるルーファウス。それが示す結論は当然――。
「……クラウドは、セフィロスに継いで二番目のジェノバプロジェクトの実験体だったんです」
ピースの一つが合致した。
「更に……」
ジャックは続ける。
「その研究室から同様に、セフィロスコピープロジェクトのレポートも発見されました。これです」
もう一通差し出されたレポート。
「セフィロスコピーとは?」
「科学部門は、ニブルヘイムで起こった事件の真相を、熟知していたようです」
ジャックの言葉を聞きながら、ルーファウスは素早くレポートに目を通す。
到底信じられない文字の羅列に、らしくもなく気絶してしまいそうな程のショックを受けた。
「あの惨状を……セフィロス一人が作り出した……」
村はほぼ全滅。住まう民すらも殆どが死亡した、あの状況。
神羅屋敷の地下書庫。無造作に放置されていた実験試料の殆どをセフィロスが目にした。
自身に課せられた荷をそこで理解してしまったセフィロスは、ニブルヘイムを破壊。魔晄炉に冷凍保存されていたジェノバ細胞を持って逃走を試みたところを、セフィロスと同様の肉体構造を持つクラウドによってライフストリームに落とされた。
クラウドはセフィロスの一撃を受けてはいたが、その驚くべき再生能力で無事生還。しかし、無事だったが故に、新たな宝条の実験を受けさせられることになってしまった。
「クラウドの記憶がない、と。そうおっしゃっていましたが、恐らくそれは間違った認識でしょう」
ジャックは苦痛を秘めた顔で言う。
「恐らくクラウドは、自身の記憶の上から、別の誰かの記憶というオブラートをかけられているだけです」
「それは……どういう意味だ?」
「そちらのジェノバプロジェクトの実験資料を見てもらえればはっきりすると思いますが、ジェノバプロジェクトというのは、そもそもがジェノバと名付けられた異種生命体の遺伝子を人に組み込むことを目的としています。それによって人体がどのような変化をするのか、ということが結論として導き出されるわけですが……」
セフィロスとクラウドは、驚くべきことにその実験が成功した例だった。
「実験から、ジェノバという細胞は、人体に組み込まれた際であってもジェノバという意志は失わず、人体に多大な影響を与えると結果が出ています」
「その影響とは?」
「ジェノバ細胞への回帰現象です。即ち、より大きなジェノバ細胞の塊に対し、それと一つになりたいと望む願望――と置き換えても良いでしょうか?」
ちょっと解釈が違うかな? とジャックは首を捻ったが、訂正はしなかった。他に良い説明の言葉が浮かばなかったのだろう。
変わりに、更に核心に迫る続きを話し始める。
「クラウドの場合、その回帰現象が顕著な動きをしたということはないようですが、彼はその上に、セフィロスから抽出された細胞まで埋め込まれた。これがセフィロスコピープロジェクトです」
詳しく言えば、とジャックが補足するのには、セフィロスの中に組み込まれたジェノバ細胞はクラウドとは違った結果をもたらした。肉体の強化は勿論のこと、その精神にまで影響を及ぼし、なのでセフィロスは通常の人間とは違う過程を経て成長を続けてきたということになる。
同時に、セフィロスはクラウドとは違い、より小さな時期――人として生まれ出る前にジェノバ細胞を組み込まれた為に、クラウドよりもジェノバ細胞による支配が強かった。よって、セフィロスを構成する全ての細胞が、ジェノバのコピー細胞とも呼べるものになっており、よってセフィロスの細胞はジェノバの細胞の特徴を受け継いでる。いわゆる、回帰現象である。
要するに、ジェノバ細胞でただでさえクラウドはジェノバへの怪奇願望が強いのに、更にセフィロス細胞まで組み込まれてセフィロスへの怪奇願望まで持つ、と、そういうことだ。
「よって、クラウドは今後、自らの意志か細胞の意志かはわからないまま、セフィロスと追い続けることになるんでしょう」
ジャックはそう締める。
「いや、ちょっと待て」
それに異を唱えたのはツォンであった。
「今後のクラウドの動きのほうは、それで何とかわかるとしても、記憶の件に関しての説明がまだだぞ?」
「ああ、そうでした」
ジャックは頷いて苦笑する。
「ジェノバ細胞というのは、もう見るからに特殊で……まぁ、ジェノバの体内構造を全て見てみなければ何とも言えないことなのですが……もしかしたら、脳細胞がないかもしれないんですよ」
ツォンを相手にしているからか、少しばかり砕けた言葉でジャックは説明する。
「脳細胞がないってことはね? 人で言う神経伝達系、感情、記憶――いわゆる心や反応などといった、人間的なものを構成しているものが、どこで形作られるか、ってことに繋がるわけで。要するに、人間らしさをどうやって出しているのか、ってことですね」
「……難しくて良く判らないが?」
ルーファウスが言うのに、さもありなん、とジャック。
「通常人間というものは、そういうものは極当たり前に捉えていることですから。改めて考えようとすると酷い混乱に陥る。代表的なところで言えば、記憶。人は脳で記憶し、脳で思考し、脳によって反応を促される。これは判りますか?」
「ああ……」
「では、脳がなければどうです? 人は思考できず、記憶できず、更には反応すら示せない。そうじゃありませんか?」
「……常識的に考えるなら、そういうことになるだろうな? で、ジェノバは脳がないのか?」
「状況から推測されるなら、その可能性が高いと思います」
「根拠は?」
「細胞一つ一つに強い記憶能力があるんですよ」
は? と一同は唖然とした。
「それはどういう……」
「要するに、脳がなくても、細胞一つ一つがその代わりをする。勿論、人間にだって多少それと同様の効果があります。脳が忘れていても、細胞が覚えていることがある。ですが、ジェノバ程顕著ではない」
「じゃ、クラウドは……どういう状況に……」
「クラウドは自身の思考を持っている。ということは、脳は正常に稼動している。これは間違いありません。ですが、脳に記憶された以上の記憶を、クラウドの細胞は受け取っている。脳が記憶しないものを代わりに細胞が記憶する。受け取る情報量はそれは多いことでしょう。これによって自身の脳には混乱が起きる。その混乱を、一見なかったことにして表面上は冷静に見せているのが、ジェノバ細胞かセフィロス細胞。要するに、クラウドの記憶は混乱して乱れたまま、思考だけが正常な働きをしている。混乱したままでクラウド自身の記憶が表面化されることがないから、クラウドは記憶を失ったように見え、その変わりに細胞が記憶した誰かの記憶を再現しているから、別人のように振舞う」
元ソルジャーと名乗ったのは、ジェノバ細胞かセフィロス細胞。その記憶は、恐らく長い間共に過ごすことになったソルジャー・ザックスのものでしょう。
ジャックはそう締めくくった。