「本日から、この神羅内部調査室特殊工作部隊統括官に就任する、セフィロスだ。よろしく」
新たな上司は言うと、部下の名も尋ねず「では仕事を開始してくれ」と続けた。
「緊張したねぇ、クラウド!」
同僚のクイラに声をかけられ、クラウドは頷いた。
本当はソルジャーになるはずが、あらゆる面でソルジャーに向いていないと判断されたクラウドは、この内部調査室の特殊工作部隊に配属され、一年が経過していた。
クイラは同時期に同部署に配属されたクラウドの相棒で、一日の殆どを共に行動しているので、家族のような付き合いをしている。
クイラの方が三つ年上なので、姉のように頼ってしまうはずが、実際はクイラは末っ子の甘えタイプなので、互いによっかかりあって……というのが本当のところかもしれない。
「まさか本当に、あのセフィロスが上官になるなんて……」
「本当だな?」
セフィロスといえば、神羅で最も強い権力と戦闘能力を有するソルジャーである。
それまではソルジャーの統括官をしていて、まさかそれが、こんな社内でも殆ど存在の知られることのない内部調査室に回ってくるとは思っていなかった。
表に出て活躍する神羅の象徴であるソルジャーならともかく、内部調査室といったら、その仕事は地味で目立たない。
別にセフィロスが目立ちたがりだと思っているわけではないが、ソルジャーの統括官と内部調査室の特殊工作部隊の統括官とでは、その任務の内容も得る給料も段違いだ。
更には、社内では極秘であるから、表向きは構成員の殆どが別部署所属の社員扱いになっていて、色々と厄介なことも多い。
「これからは毎日あの英雄が側で見れるのかぁ! 幸せ!」
しかもセフィロスは、もう一人ソルジャーを補佐として連れてきた。
クラス1stのザックス。
内部調査室でも有名な、任務達成率の高いコンビである。
その二人が揃って内部調査室に来たのでは、ソルジャーは大変だろう。
「でもなんで、内部調査室に来たんだろうな?」
クラウドがそう口にすれば、クイラは得たりとばかりに微笑んで。
「花嫁探し――らしいよ?」
「は?」
セフィロスが、花嫁探し?
「なんかほら。神羅でやってたじゃない、昔?」
「昔?」
「うん。ほら、優良遺伝子プロジェクト。心も体もベストマッチの相手とならば、優良遺伝子を持つ子供が生まれるってあれ。セフィロスって神羅最高のソルジャーじゃない? だから子供にも期待かかってるみたいね」
「へぇ……」
そうなってくると、ソルジャーも大変だな、とクラウドは思う。
自由に結婚も出来ないんじゃ、ストレスたまりそうだ。
「先日マッチングシステムで、セフィロスの最高の相手が弾き出されたみたいなのよね。でこの突然の異動騒ぎでしょ? 関係ないわけないわ!」
まるで自分がその候補に入っているかのように喜ぶクイラに、クラウドは苦笑して返す。
セフィロスと言えば、いわば神羅のステータそのもので、だから女性には非常に人気がある。
本人が無愛想で付き合いが悪いからか、浮いた噂は一つもないが、こうなってくるとそれも時間の問題という奴だろう。
「ああ! 誰がセフィロスとベストマッチなんだろう? ね、気にならない?」
「別に。俺には関係ないし……」
「あら。そうとも限らないわよ? だってあなただって候補の一人に入るじゃない?」
クラウドは眉根を寄せて首を捻る。
「なんで?」
「だって! この前の最終チェックで、正式に女と認められたんでしょ?」
「あれ? そうだったっけ?」
「そうよ! 近日中にワールドバンクに訂正が出される、って医療部の人が言ってたじゃない!」
そうだったかな? とクラウド。
クラウドはこの十六年、ずっと自分が男だという認知の元で生きてきた。
実際に男性器もあり、実に男だったのだが……。
世には時に不可思議な体を持って生まれてくる人間がいる。クラウドはそれだった。
男性の完成された体を持ちながら、しかし体内に子宮他、子供を作る要素を持っていたのだ。
染色体異常。
そう判断されたクラウドは、そのままでは将来的に肉体的欠陥を抱えることになりかねない……と、暫く男女判断の検査を繰り返されていた。
結果、外観は男だが、内部は殆ど女であることが確認され、後日手術を受けて女になった。
しかしながら、生活は殆ど変わることがなく、意識しなければ自分が女だとはなかなか思えない。
それとはっきりと自覚するのは、トイレに入ったときくらいだ。
「……そうだったっけ。クイラとも、だからコンビ解除されるんだったっけか……」
「そうなのよ。それが嫌なの! なんで男女のコンビじゃないとならないのよね?」
「新しい相棒は発表になった?」
「それが、まだ。クラウドは?」
「俺も……」
二人は顔を見合わせて溜息を吐く。
内部調査室。しかも特殊工作部隊は、二人一組で任務を行うことに決まっている。そしてそのコンビは、男女一人ずつの構成になっているのだ。
クラウドが女になった今、クイラと今まで通りコンビを組んでいるわけにはいかなくなり、二人とも現在は任務から外れている状態だった。
「あー、セフィロスと組んでみたいなぁ」
「……統括官なんだけど……」
「前の統括官は、コンビ組んでやってたじゃない?」
「それもそうか……」
だが、あのセフィロスが、果たして内部調査の任務につくことがあるのだろうか?
考えてみるが、あまりにも地味な仕事ゆえに、想像が出来なかった。
「俺は……緊張するから、セフィロスじゃないほうが良いなぁ……」
「ま、クラウドはそうよね?」
金に真っ青の派手な外見をしていながら、クラウドは性格が地味――というか、暗かった。
クイラが相手ならば、多少は明るく振舞えるのだが、もしも相手がセフィロスだったら、一言も口を利かずに任務に従事せざるを得ないだろう。
「あの……ザックスって人の方が良いかも」
「へぇ。ワイルド好きなのね、クラウド」
「好みじゃなくて、気を使わなくて良さそう、って意味!」
「あ、そっか」
クイラは悪気もなくからりと笑う。
「確かに気は使うかもね。何しろセフィロスって、スッゴク仕事に厳しいらしいし!」
「俺、ミス多いからさ。心配だよ……」
途端に気落ちするクラウドに、クイラはパンと肩を叩く。
「クラウドのミスは、緊張からくるもの! 集中してる時はノンミスじゃん」
「それはそうなんだけど……」
その集中力に問題があると判断されたことがあるなど、とてもじゃないが言えない。
大体にしてうっかりミスの多いクラウドが、何故内部調査室なんて秘密の多い部署に配属されたのか自体が謎なのだ。
「俺、やってけるかな、新しい相棒と……」
「大丈夫! いざとなったら結婚退職しても良いじゃない。あんたが女と知って、随分と色目使ってる奴、多いよ?」
「まさか」
「本当だって!」
「それはクイラの方だろ? 気をつけろよ? 神羅って強引な奴が多そうだし」
「それ、本気で言ってる?」
不満そうにクイラ。
真剣に頷くクラウド。
はぁ、と呆れた溜息をついたクイラは、しげしげとクラウドの顔を見つめた。
外見――まだちょっと男っぽいところの残っているクラウドは、しかし顔だけ見ると人形のように整っている。
真っ白い肌に金の髪。その中で一際強い光を放つ青い瞳。
金髪に青の瞳というのは、この辺りではなかなか珍しい色合いだ。そもそも金髪自体が少ないので、かなり目立つ。
本人が物凄い鈍感でドジであまり自覚はないようだが、実は男だった頃から、送られる秋波は多かった。
「なんか……もったいないなぁ……」
「何が?」
「クラウド、スッゴクもてるのに、全然気づいてないのね?」
「は?」
心底不思議そうに声を上げるクラウドに、こりゃ駄目だ、とクイラは吐息すると。
「さ、さっさと新しい相棒のこと聞いて、任務に入りましょ?」
クラウドの肩をもう一度叩いて、新統括官の執務室のドアをノックした。