異動の件を聞いた時、セフィロスは断ろうと思っていた。
「んで、結局受けたって?」
「仕方ないだろう? ベストマッチの相手がいると言うのだから」
現在神羅カンパニーでは、優良遺伝子の遺伝をテーマに、マッチングシステムによって選ばれた、優良遺伝子を持つ者同士で、なおかつ相性の良い男女の婚姻計画を進めている。
今回ターゲットとなったのがセフィロスで。相手はまだ入社して間もない――という程でもないが――の少女であった。
神羅ではその存在が「裏」とされる内部調査室のメンバーで、驚くべきことに、数週間前までは男と認知されていた人物なのだそうだ。
セフィロスは、会社ぐるみで行なわれる見合いの為、現在ある地位――ソルジャー統括から、内部調査室特殊部隊の統括官の任を受けたのである。
馬鹿馬鹿しい異動の内容だった。故に断ろうと思っていた。
ところが、だ。
先日偶然にも足を運んだ医療部にて、件の少女の噂を聞いた。
元は男だったというその人物は、男の身であっても素晴らしい美少女であるらしいのだ。
面食いの自覚はなかったが、どちらかと言えば無頓着な医療部の医師達が、こぞって褒めるその少女を見てみたい――と思うようになった。
一度は退けた異動の件を、だからセフィロスは後に訂正し、一人だけ連れて行ける部下に適応力の高いザックスを選んで異動に同意した。
「どんな子かねぇ?」
楽しげに笑うザックスに、はた、とセフィロスは思い出す。
このザックス、普通に付き合っていれば馬鹿か阿保にしか見えないが、実際にはソルジャーとしての能力も高い上、何故か異性にもてる。
神羅に入社して、まだソルジャーになっていない時ですら、女の影が側になかったことがない程のたらし――。
「言っておくが、俺の相手には手は出すな」
「……出さない……と思うけど……」
「何だ、その間は?」
「だって、可愛かったら、普通口説くでしょ? 男としては」
これだから……。
セフィロスは途端に痛み出した頭を抑えると、吐息した。
「ザックス」
「ん?」
「手を出したら、切る」
「………………」
絶句――である。
「あんたって、そんなに熱い人間だったっけ?」
「違うな」
「なのに、切るって断言?」
「マッチングシステムの導きという奴だ。成功させろと命令されてもいる」
「でもさぁ、相手の気持ちはどうなのかなぁ?」
まるでセフィロスが好かれるわけがないとでも言いたげである。
まぁ実際、セフィロスはこれまで恋愛というものには興味を示したことがない。というのも、仕事が忙しかったのもあるし、第一に、自分に寄せられる異性の目が、セフィロスの何を見ていたのか、良く判っていたからだ。
望んでもいない英雄の称号。
整っているらしい――自分ではそうは思っていない――外見を誘蛾灯として引き寄せられる女達。
外見か肩書きか。それしか見ようとしない女性達には、正直辟易していた。
人間を構成する要素で、最も重要なのは、その性質――即ち中身である。
彼女達は、そのセフィロスの重要な部分を見てくれない。
付き合えば、表立っては現れない無口さと無愛想さが女性達を落胆させる。
望んで付き合ったことは一度もないが、明確に良い付き合いをしたこともなかった。
だが、今度は相手はマッチングシステムがはじき出した相手である。
彼女は一体どういう反応を示してくれるのか。
それが、セフィロスには楽しみだった。
「あのなぁ……」
隣でザックスがぼやく。
「何、出会ってもいない相手を想像して、にやけてるわけ? このエセ英雄が」
「エセでも何でも構わない。俺は自分が英雄になったつもりはないからな」
「実際英雄でしょうがよ……」
表だって言われているセフィロスの印象とは、明らかに違うが……。
「無駄な肩書きにこだわっていないで、行くぞ」
「……おぅ……」
移動先初出勤朝に、既に疲れているザックスだった。
そして……。
「うぉ、マジ可愛いじゃん……」
呆然と呟くザックスが一人。
内部調査室特殊部隊内部には、可愛い女の子は多々あれど、金髪に青い瞳のセフィロスのお相手は、正直、目が飛び出る程に可愛かった。
でれーと鼻の下を伸ばすザックスの足を、さり気に踏みつけながら、セフィロスは短い挨拶のみで統括官執務室へと入った。
いや、短い挨拶しか出来なかったのである。
ザックスの視線が気になって気になって……。
正直、己でも目が飛び出る程に驚いたのだが、セフィロスは―― 一目ぼれをした。
まさに本当に一目ぼれである。
目的の人物は、直ぐに判った。
金髪のツンツン髪に、真っ青の瞳。内部調査室特殊部隊の中、抜きん出て美しく一際輝いて見えたのが、彼女だった。
クラウド=ストライフ。
元が男なので、多少名前には難があるが、外見は文句なしに可愛かった。
その上、上目遣いにセフィロスを見つめてきたあの目。
一見特殊部隊にいる割りには頼りなく、情けない印象を受けたが、だがそれすらも彼女の魅力を引き立てていた。
――手に入れる。
瞬間、セフィロスは決意していた。
マッチングシステムが何ぼのもんじゃい。
そんなことは既に脳裏の果て。
命令は受けていたが、それを受けずとも、セフィロスは手に入れる気満々だった。
逃してなるものか、我獲物。
セフィロスの内、ここ数年は眠りっぱなしで錆びついていた英雄の血が、甦ろうとしていた。
コンコンコン。
小さなノックの後、コンビを解消される二人が執務室に顔を出した。
「失礼します。クイラ=エヴァンズ、入ります」
「同じくクラウド=ストライフ、入ります」
男女で一組の特殊部隊では、同性でのコンビは認めらられない。
先日「女性」の認定を受けたクラウドは、元は男だった為に女性のクイラとコンビが組めていたが、女性認定を受けた為、クイラとのコンビを解消されることになっていた。
また、セフィロスが統括官になるにあたり、その引継ぎのごたごたがあった為、彼女達は新たな相棒をあてがわれないまま、保留扱いとなっていたのだ。
その件に関しては、先日の引継ぎの際に新たなコンビは決めてあった。
その辺り、ソルジャー統括をしていたセフィロスに抜かりはない。
「ご苦労」
重々しく言ったセフィロスの前、二人は微かに緊張したように立ち並ぶ。
「呼び出しに応じてもらって感謝する。今回の呼び出しに関してだが……君達の新たな相棒を紹介する」
セフィロスは言うと、背後でクラウドに釘付けのザックスを苦々しく多いながらも二人の前に立ち――。
「クイラ=エヴァンズ。君は、あのザックスとコンビを組んでもらう」
「は!」
「はぁ?」
前者はクイラで、後者はザックスである。
「ちょっと待ってくれ、セフィロス。俺、統括副官だろ?」
「そうだが?」
ちらりとザックスをみやって、セフィロス。平然と頷く。
「なのになんで、コンビ? 普通、命令系統だろうにさ?」
「人手がない上に任務が多い。よってお前も工作員扱いだ」
「ええええっ!?」
初耳だった。
ザックスは愕然と口を開いて、クイラを見つめる。
「そしてクラウド=ストライフ」
「は」
「君には、私とコンビを組んでもらうことにした」
「は?」
「はぁ?」
「ええっ!?」
順に、クラウド、ザックス、クイラだ。
前二人に比べ、クイラの反応は若干楽しげな雰囲気を持っていたが、クラウドにとっては冗談じゃない。
「失礼ですが……統括官がコンビ……ですか?」
これは、ザックスと同様の質問だ。
「何か問題でも?」
「い、いえ……」
「先にも言ったが、工作員に対して任務の数が多い。前の統括官がどうだったかは知らないが(引継ぎしたくせに)私には私のやり方がある。任務を後回しにすることはしない。必要ならば統括官であろうが任務をこなすべきだと思っている。何か質問は?」
「い、いいえ……」
クラウドはビクビクしながら首を振った。
ふ、とセフィロスは笑う。
――可愛い……。
怯えた顔も、戸惑いの顔も、あらゆる仕草が可愛いのは、既に才能だろう。
――楽しみだ……。
セフィロスは、常になく沸き立つ心を感じていた。