クイラをザックスに任せて、セフィロスはクラウドと行動を共にしていた。
非常に馬鹿らしいことだが、内部調査室の特殊部隊のコンビは、仕事に入る前に三日間の交流期間が与えられることになっているのだ。
何故か? 理由は簡単である。コンビを組む場合に男女にするのには、そこに恋愛感情が絡む可能性が示唆されている。男女の恋愛の結びつきというのは、他人には信じられないくらに濃密である。よって、いざ危険に対峙した折には、二人して無事に帰還したいという気持ちが昂ぶり、任務成功率が上がるのだ。
この三日の交流期間は、いわゆる――仕事にしては不謹慎ではあろうが――互いの感情を互いに引き寄せる為のそれ、なのである。
「それで……これからどこに?」
クラウドは困ったように尋ねてくる。
「予定はないが……行きたいところがあるのか?」
「いえ……別に…………」
言葉少なにクラウドは答える。
答えられない、というよりも、むしろクラウドとしては、あまりセフィロスと行動を共にしたくないのだろう。
「……俺が怖いか?」
「あ、いえ……そういうわけでは……」
「では、共にいるのが苦痛か?」
「いえ。別に苦痛ではないんですけど……」
何となく……。と言いづらそうに続けたクラウドは、やはり困りきった表情でセフィロスを見上げてきた。
上目遣いだ。しかも可愛い。
セフィロスは、久しく眠っていた男の本性が目覚めてくるのを、他人事のように察していた。
「……実は俺、これまではずっとクイラと任務行動を共にしていて……えっと、巷で言う恋愛感情とかはなかったんですけど……あまり男の人とは慣れてない、というか……」
ああ、そうか。とセフィロスは納得する。
神羅に入社し、内部調査室特殊部隊勤務になったと同時に、クラウドはクイラとずっと行動を共にしてきたのだ。任務の特性上、他の部署の人間とは親しくなることも出来ず、狭い特殊部隊の詰め所には殆ど人がいることがない。
よって、クラウドは神羅入社以来、ずっと男性そのものと時間を過ごしたことがないのだろう。
要するに、慣れてないから緊張する。といったところだろうか。
「そんなに気を使うことはない。それに、これから任務行動する場合には否が応にも俺と二人きりになる。無理にでも慣れないと、後が辛い」
「……ですよね」
それはクラウドにも判りきっていることなのだ。
しかし……。
「俺……神羅に入社したのは、本当はソルジャーになる為で……英雄セフィロスに憧れて、だったんですよね」
「ほぉ。それは初耳だ」
当然である。まともに話しをしたのが今が初めてなのだから。
「はは。……だけど……精神面でも肉体面でも全然ソルジャーに向いてなくて。それで、神羅兵の試験にも……まぁ、ぶっちゃけ落ちたんですよ」
「それで内部調査室に?」
「はい。無口な上に影薄い、っていう、これ、特徴……ですかね? だから、何処の部署に任務潜入しても印象が残らないのが良いとかで……」
後でよくよく考えてみると、酷い言われようだったが、だが、その時のクラウドにしたら縋るべき藁であった。
学がなく、一般神羅社員になれるべくもなかったクラウドである。ソルジャーになれず、また神羅兵にもなれなかったら、後はもう、実家に戻るしかない。
だがクラウドとて、男であったのだ(前は)。夢も希望も果せず、実家に戻ることだけは避けたかった。
よって、内部調査室勤務の打診は、まさに天の助けのようでもあったのだ。
実際、人事の目は正しく、クラウドは内部調査室の更に特殊な特殊部隊内部にて、それなりの成績を上げてきた。飛びぬけて良いわけでもないが、決して悪くもない位置。
「印象が残りにくい……か……」
セフィロスは首を傾げた。
それは、あながち間違ってはいないが、正解でもない、とセフィロスは判じる。
男――という目で見るのなら、神羅にはそれなりに良い男が山程いる上、クラウドの持つ容姿というのはどちらかというと優男風に見えてしまう。
だが、女として見るのなら、これ程の極上品はいない。まだ自身が男であるという認識が抜けず、態度のそこかしこは雑で男っぽいが、容姿だけを見るならば、それはもう、神羅一の美女と言っても問題ないだろう。
要は捕らえ方なのだ。
だが、クラウドがそれなりに美形の類に入ることは、前内部調査室統括官も判っていたのだろう。だから特殊部隊の方に配属されたと推察出来る。
何にせよ、セフィロスとコンビを組むと決まった瞬間から、クラウドはもう二度と神羅社員の前には姿を現さなくなる。もうクラウドの持つ印象がどうのこうのなど、関係がないことだ。
「ところでクラウド」
「はい?」
「今後はこれまでよりもより任務が特殊化することになる。俺は残念ながら内部調査室に配属になるには、少しばかり顔が売れているから、表の調査は出来ない」
「あ、そうですね……確かに」
他部署の不正を探る為に潜入調査するのが、内部調査室の主な任務だ。だが、顔が売れている上、既に内部調査室への転属が決まったと知られているセフィロスが堂々と他部署に向えば、潜入の意味がないのだ。
「大体からして、内部調査室統括の任務は、重役以上の不正監視が主だ。よって、他部署への潜入は任務に入らない」
「はい」
「それに、重役連中は勤務時間が明確に決まっていない上、神羅社屋にいる時間が殆どない。ということは、俺達もそれに合わせて行動する以外にない」
「そうですね」
「何時部屋に戻れるのかも判らない中で、前任者が方々に確保していた休憩場所を宿代わりにしなくてはならない」
「はい……」
「ということで、お前は今ある寮の部屋を引き払い、俺の部屋に来い」
「………………はい?」
これまでのように、勤務時間は定まっていない。いつ呼び出しがあったり任務行動に入るか判らない。連絡をする暇も惜しい。よって、お前には俺と一緒に暮らしてもらう」
クラウドはぽかんと、セフィロスを見上げたのだった。
あれよこれよという間に、勿論反対も反論も出来ないままに、セフィロスの私室という場所にクラウドの荷物は運び込まれていた。
家具などは元々寮であったので造りつけであったが、セフィロスは自室を神羅社屋内に分譲で購入しているらしい。広くてクラウドを抜いても後数人は暮らせそうな広さだったが、だが、家具などは買い揃えないとならなかった。
それを、セフィロスがポケットマネーから出し購入し、クラウドに与えようとする。
「えっと……俺も一応蓄えはあるんですけど……」
「俺の事情でこうなった。俺が出すのが順当だろう?」
「そう……ですか……」
順当どころか、何故かセフィロスは楽しそうにクラウドの為の生活用品を揃えていく。
最後にベッド……というところになり、何故かキングサイズのベッドを見ているのに、クラウドは首を捻った。
とてもではないが、与えられた部屋にはキングサイズのベッドなどは入ようもない。資料や報告書をまとめる為には必要不可欠だった机の類と衣類を詰め込む箪笥、雑貨を詰め込む棚を入れたら、後はシングルがギリギリという程度の部屋の広さである。
「えっと、セフィロス?」
「なんだ?」
「キングサイズのベッドって……」
「ああ」
セフィロスは頷くと。
「寝室は別に部屋がある」
「ああ、そうなんですか。でも俺、それでもキングサイズなんて、必要ないですけど……」
「いや、今はダブルだが、さすがに二人で寝るのにダブルではきついだろう」
「はい?」
それって、一緒に寝るってことでは?
疑問に思うクラウドを他所に、セフィロスは嬉々としてキングサイズのベッドを購入してしまった。
一体全体、何がどうして同居。そして同じベッドでの就寝?
何が何だか良く判らなくて、クラウドはただただ首を傾げるしか出来なかった。
そしてこの時、クラウドは思い切り失念していたのである。自分がはっきり女性の体になっているという事実と、クイラの言ったセフィロス異動の真実を。
ベストマッチングの花嫁探し。
クラウドははっきりとその真実を聞いたわけではないが、火のないところに煙は立たないものなのだ。
そして、その花嫁探しに来たセフィロスが、クラウドをコンビの相手に指名した事実。
交流期間三日の残りは、あと二日。