「うぉっ!?」
目を開けて直ぐ、目の前に見えた美貌に、クラウドは驚きの声を上げた。
セフィロスとの同居が、ある意味一方的に決まった初めての朝。
緊張から、最初は離れて寝ていたはずだが、寒かったのだろうか? 今は寄り添っているのに気づき、クラウドは眉根を寄せる。
「なんで……俺……?」
首を傾げながら起き上ると、一人暮らししていた時のように身支度を済ませキッチンへ。
朝はきっちり食べる方である。母の仕込みが良かったのだろう、料理も不得意ではない。殆どは一人暮らしを始めるのに到り、必要に迫られて覚えたものではあったが。
冷蔵庫を勝手に漁り、そこに何もないことを確認すると、クラウドは溜息をついて家を出たのだった。
うっすらと目を開けて、セフィロスはにんまりと微笑んだ。
随分と頭がすっきりしている。十分な睡眠が取れたということだろう。
何時からだろうか? 任務の過酷さ故か理由ははっきりしないが、セフィロスの眠りは浅くなった。場所が例えば安全が確認されているところであっても、セフィロスの眠りは常に浅い。
それが危険を察知する為なのか、それとも時折見る夢の所為なのか、それすらも判らないが、だがそれでも十分に体が休まるので問題はないと、そう思っていたのだ。
だが、こうして久し振りに深い眠りを得てみると、思った以上にすっきりしていることが判る。
「クラウドか……」
先日までは男だったという今は女性は、予想していた以上にセフィロスに合っているらしい。これ程に眠りが健やかであるならば、神羅のプロジェクトも馬鹿にしてものではないかもしれない。
ひとしきり思考を巡らせてから、セフィロスはベッドから降りて身支度を整える。
そう言えば、当のクラウドはどこに行ったのだろう?
辺りを見回せば、キッチンに広がる貧相な食材の数々。
「成程……食材が足りなかったか……」
セフィロスは自宅で料理などはしたことがない。時々おせっかいなザックス辺りが食材を買い込んで料理をしたり、酒を作る以外に使ったことのないキッチン。食材だけではなく、調味料もありはしない。
「そういえば、生活費のことを言いつけるのを忘れたな……」
家主はセフィロスであるし、一方的に同居(同棲)を言い渡したのだから、生活に必要な諸費用は全てセフィロスが用意することに決めていた。だが、その費用の置き場所を告げるのを忘れていたことに気付いた。
神羅に勤める者の内軍務に属する者は、その任務の特性上、神羅敷地内で生活することが義務付けられている。神羅という媒体は、いわゆる街と同義なのだ。
よって、敷地内には分譲住宅があり、またあらゆるショップが揃えられている。
かつて寮に住んでいたクラウドは、セフィロスが暮らすこの――どちらかといえば高級住宅――地に慣れていなかった為、まずはショップ探しから始めなくてはならない。
先日セフィロスについて回って、大体の位置把握は出来ていたものの、だからといってショップにだってピンからキリまであるわけで。
セフィロスが使うショップは、殆どがクラウドの給料では三日暮らしていけるかいけないかの高額ショップだったので、やっぱり一から探すのが妥当だろう。
一年かけて慣れた寮が懐かしい。
既にホームシックにかかっているクラウドである。
しかしながら、確かに内部調査室の特殊部隊統括ともなれば、その任務は特殊を極めるものだ。
セフィロスは神羅のプロジェクトによって異動してきたと言ったが、正直なところを言えば、前統括は任務があまりにも厳しすぎて胃を患っていた。異動して、随分と気が楽になっただろう。
それを考えれば、セフィロスがクラウドに同居を勧めたのも納得出来ることで。
「要するに、慣れるしかないわけだよな」
何事も慣れだ、慣れ。
そう自分に気合を入れたクラウドは、まず手前に迫った店に、おずおずと入ってみるのだった。
その頃、セフィロスは。
「おかしいな……」
首を捻りつつ、自身が良く使う店を回っていた。
食材を揃えるならこの店! と、セフィロスの居住地辺りでは非常に有名な店で、その店一件で全てのものが揃うをうたい文句にしているだけあって、かなりの品揃えだ。
が、クラウドはいない。
「一体どこに?」
店先で首を捻っていたセフィロスは、他に食材を買える店がどこにあるのか、はっきり知らない。興味も必要もなかったからだ。
日常の殆どの買い物が酒だったので、他に必要なものは全て支給品で済ませているというのが現状で。よって自ら気に入った店を探したりすることは、殆どない。
「仕方ない。案内所に行ってみるか……」
呟いて踵を返した時、だった。
「へぇ、お嬢さん可愛いねぇ」
お世辞にも上品とは言えない声が響いてきた。
この辺りは確かに高級住宅街ではあるのだが、だからといって住んでいる人間の全てが高級品とは限らない。
汚い手を使って上に上り詰め、他人の分まで金を奪い取る者がいないこともないのだ。
社会の膿的なそういった人物は、大体がこの高級住宅街に住み、何時だって己にとってのチャンスを狙っている調子の良いものばかり。
そしてそういう者達に限って、全ては自分の思い通りになるべきだと勘違いしている。
セフィロスは舌を打って、声のする方に足を向けた。
表通りから一歩外れた裏通り。こちらは表通りと比べて治安も格段に悪く、また表通りよりも格段に売値の安い店が揃っている。
恐らく、高級住宅に使用人として勤める者か何かが、性質の悪いのにつかまってしまったのだろう。
「……可愛いかどうかは良く判らない。何か勘違いしているんじゃないか?」
相手に気配を悟られないように、声に近付いていたセフィロスは、答えた声に目を見開く。
「辺りを見回せば、綺麗な女性など山程いるだろう。何を好き好んで俺に声をかけるのか、まるで理解出来ないんだが……?」
心底理解出来ない。そんな声が、セフィロスの耳に。
「おやおや? 女の子なのに自分のことを俺って言うのかい? これはこれは」
「……一人称に文句を言われたのは、生まれて初めてだ。案外と心が狭いんだな。懐は暖かそうに見えるのに」
クラウドは眉根を寄せて、自分に迫る男の懐を見ている。
そこは十分に膨らんでいて、恐らく内ポケットにしまわれた財布がそれ相応の厚みを持っているのだろう。
「なんだい、お嬢さん。もしかして貧乏なのかな?」
「さぁ? あまり自分の財政を深く考えてみたことはない。以前は住居費用も全て会社持ちだったし、食費他も支給される金額で十分にやっていけたからな。だが……今後はそうもいかないか……」
セフィロスの生活水準は、クラウドとは比べ物にならないくらい高そうだ。きっと舌も肥えているだろうことを考えれば、裏通りの値段で買える食材ではとてもじゃないが、満足出来ないかもしれない。
値段の差は、場所の差だけではなく、鮮度の差にも現れている。
食材は鮮度の高い方がより美味であることを、クラウドは母から教わって知っていたし、自分で料理していたから余計に判っている。
もしもセフィロスが表通りの鮮度の高い高級食材を望むなら、これは自分の持てる金額だけでは生活は難しいだろう。
「……ならお嬢さん。一日10000ギルの仕事があるんだが?」
「仕事? だが俺は神羅軍部に勤める身だ。副業は許されていないし、その時間が取れるとも思えない」
「軍部所属なんだ? なら大丈夫。私は軍部の人事を握っているし、一日の仕事といっても、それ程時間を取られるものじゃない。そうだな……一日ほんの一時間程で良い」
クラウドは眉根を寄せて男を見る。
「そんな割りの良い仕事が存在するのか? 第一に俺の所属する部署には、軍部人事の手も及ばないが……?」
「大丈夫。君さえその気になったなら、良いようにしてあげるよ?」
猫なで声でクラウドに擦り寄る男に、気色が悪い相手だと判断しながらも、クラウドは避けることが出来なかった。
仕事の内容は説明されていないし、本当に一日10000ギルが得られるのかの確約もない。だが、本当に10000ギルが入れば、それはもう生活が楽になるだろう。
「……詳しい話を聞きたい」
「そうかそうか。ではこの先に良い店があるんだ」
「……判った。行こう」
手招く男についていこうとした時。
「冗談はやめてもらおうか?」
低い怒りを含んだ声が響いた。
同時に、物陰から現れたのは、身の丈を軽く越す長い剣を抜き身で構えたセフィロス。
ツカツカと数歩でクラウドを背に庇ったセフィロスは、男の首元に剣の刃先を向ける。
「ひっ!?」
男は悲鳴を上げ、そのまま走り去っていった。