怒ってるよな……とクラウド。
商店街の裏道で、男に仕事の話を持ちかけられていたとこにやってきたセフィロスは、その男を追い払うと、クラウドの腕を引きずって帰路を辿り始めた。
ついでにセフィロスは、終始無口である。道程半分程過ぎても、まったく声をかけてこない。
あんまり沈黙が辛かったので、一度クラウドが名前を呼んでみたら、視線をちらりと寄越しただけでやっぱり口は開かなかった。
そりゃ、そうだろう。
クラウドは反省する。
仮にも内部調査室特殊部隊の職員である。神羅内部の不正を暴く部隊に所属していながら、危うく自分が不正を犯しかけたのだ。怒って当然である。
クラウドにとっては新居に辿りついてから、とりあえず購入したものを冷蔵庫に収めようと、手を離してくるようにセフィロスに願う。
だが、セフィロスはクラウドの腕を拘束したままでキッチンに。
冷蔵庫直ぐ側に至ってやっと自由になったクラウドは、一心不乱に冷蔵庫に食材を収め、終わった後で頭を下げた。
「……済みませんでした……」
「…………何のことを言っている?」
「俺が…内調特殊部隊の所属でありながら、副業を……」
沈み込んだクラウドがそう答えれば、セフィロスは呆れ返った様子で首を振った。
「そんなことはどうでも良い」
「どうでも……とは? じゃ、なんで……」
そんなに怒っているのか? とはさすがに聞けなかった。
上官に口答えすら許されない厳しい軍部の所属である。これまでたった一言が命取りになり処分された者も多く存在するのだ。
だが、セフィロスは続くはずだった言葉を理解したようだ。
じっとクラウドを見つめると「何故だと思う?」と逆に尋ねてきた。
「……判りません。何か俺、失敗でもしましたか? あの人に対する警戒心が足りないとか、そういう意味ですか?」
「その通りだ」
頷いたセフィロスは、クラウドの手を引き寝室へ向かう。
「お前は自覚が薄いようだから教えてやるが、いかに以前は男であっただろうが、今は女の身だ。内調所属前に訓練を受けているだろうから、それなりに強いだろうし、いざとなればあの男程度はどうとでもなっただろう。だが、ああいう場合は声をかけられた時点で警戒するべきだ」
「は……あ…………」
意味が判らなくて、クラウドは向う先の寝室のドアを見つめる。
そのドアをセフィロスは開けて、まだ起きたままの乱れたベッドに、クラウドを突き飛ばした。
呆気なく浮き上がった体は、ベッドの柔らかいスプリングに受け止められる。
痛みはなかったが、驚いた。
クラウドは慌てて体勢を整えると、いつの間にか目前に迫っていた、整いすぎのセフィロスの顔を見つめる。
「あの……何を……」
問うのも怖いような獰猛な瞳を見せて、セフィロスは強い力でクラウドの動きを拘束した。
「あの男が、お前に何をしようとしていたのか、教えてやる」
「はい?」
それはどういう?
問うことも出来ないまま、言葉を紡ごうと開かれた口は、セフィロスによって塞がれていた。
「もう二日ですねぇ」
クイラはニコニコ笑いながらザックスを見上げる。
「結構短いよな。俺なんて異動前に大仕事終えてきたばっかりだからさ。本当なら一週間単位の休みが入るはずだったんだぜ?」
それが、異動が決定されてしまった(セフィロスによって)為に帳消しになった。
休みは交流期間三日に置き換えられ、クイラと共に親交を深めることになったのである。
「それについては同情しますけど……でも、待遇は良いですよね?」
何しろ恋人御用達の店からオススメデートコースまで、ありとあらゆる知識を伝授しているのである。
「それは助かってる。感謝」
おどけて両手を合わせるザックスに、クイラはニヤリと笑う。
「だけど、既に恋人がいるザックスさんが、どうして内部調査室? しかも特殊部隊なんて。コンビはみんな恋人同士が基本ですよ。そりゃ……私とクラウドは友人同士でしたけど?」
内部調査室特殊部隊は、その任務の特性上――危険が多く生還率があまりに低いから――社内恋愛を推奨している。
いざという時にコンビの相手が恋人であるなら、意地でも二人で生還してやろうと思うからだ。
「俺はセフィロスに巻き込まれての異動。更に言うなら、普通統括と副官って、コンビ組まないのが基本だろ?」
「コンビ統括官もいましたよ? 組まないなら、いざという時能力的に見て副官と臨時コンビ組むこともありましたし」
だが、大体の統括官が胃や精神をやられ、長く続いた例がない。加えて副官とコンビを組む時は、その副官にまで被害が及んでいた。
「内調特殊が、寿退社が多い理由が判るな。寿異動も多いとか」
「そりゃ……任務の最中に大体出来ちゃいますから」
「セフィロスもそれを狙ってんのかなー?」
「あれあれあれ?」
クイラは身を乗り出してザックスに迫る。その瞳は無駄にキラキラと輝き、興味深々の体だ。
「それって、やっぱりクラウド狙いで異動だった、ってことですか?」
「むしろ元は命令らしいな。優良遺伝子プロジェクト」
「やっぱり!?」
クイラは自分の聞いた噂が真実だったのに大喜び。
「じゃ、統括はクラウドの幸福の使者じゃありませんか!」
「いやぁ……どうなんだろう?」
クイラのはしゃぎようい、少しばかり引いてしまったザックス。
「幸福の使者ですよぅ! やった! これでクラウドは幸せになれるんですね!」
「これで……って、彼女、実は不幸な人なわけ?」
「取り立てて不幸ってわけじゃないけど、本人は不幸体質です」
「体質って……」
そんな体質があるのか? と首を捻るザックスに、クイラはこくりと頷いた。
「クラウドって、本当はソルジャーになる為に神羅にきたんですよ。でも試験に落ちちゃった。でもね、ソルジャーになるって約束したから、って神羅で頑張ることにしたみたいなんです。でもね? その内に女の子になっちゃって……」
女のソルジャーは認められていない。肉体的には男に及ばず、また精神的にも感情面の起伏が激しいのが女の特徴で。だから根本的に向かないのだ。
「内調で訓練も頑張って、それなりの評価も受けてたんですよ? でも……」
「成る程ね……」
まるで運命というものが、クラウドのソルジャー着任を拒んでいるようでもある。
「それにあの子、全然自分に自信がないんです。あんなに可愛いのに、誰も自分を好きじゃないと思ってるみたいで。青春真っ盛りなのに、恋もしないなんて、ありえます?」
「いや、ありえない」
「でしょ!? だから、無理矢理でも恋人が出来れば良いなぁ、って。ずっと思ってたから」
それで、プロジェクトが根底にあろうが、恋人候補になりえるセフィロスの登場に喜んだ。
クイラは言う。
「統括が本当にクラウドを大事にしてくれたら、クラウドはもっと可愛くなるし、もっと綺麗になる。そしたら回りから色々、耳や態度に見える評価を貰って、ソルジャーになれなくても、きっと自分に自信が持てるようになると思うんです」
いや、そうなって欲しい、とクイラは言う。
「まるで君は、クラウドのお姉さんみたいだね?」
笑ってザックスが評すると、少しだけ悲しそうな顔をしたクイラは、えへへ、と笑った。
「本当は……」
言った時である。
クイラのバッグにしまわれた非常呼び出し音が鳴った。
「あれ?」
首を傾げてバッグを開けたクイラは、小型端末に現れた電子文字を見て、眉根を寄せる。
「……何かあったのか?」
「クラウドからのヘルプ要請です」
「クラウドから?」
任務でないのは、この場合ザックスに呼び出しがかかるべきなので、明らかだ。
なのにヘルプということは……。
「セフィロスは何してるんだ?」
ザックスは言って、クイラと共に走り出す。
ディスプレイを電子文字から地図に切り替えたクイラは、発信元を確めながらザックスを誘導する。
クラウドからのヘルプ要請は、クラウドの住む寮からのものだった。