「クラウド!」
クイラが叫びながら寮へ飛び込むと、どこかしらホッとしたようなクラウドが顔を上げた。
ザックスは瞬時に、クラウドに何が起こったのか理解した。恐らくクイラも同様だろう。
どこか疲れたようなクラウドの姿。目は真っ赤で、泣きはらしたものであるのは明白だった。
「……どうしたの?」
この状態でそれを聞くのは余りにもクラウドには残酷だっただろう。だが、呼ばれたからには現状を正確に認識すべきだと、元々内調の訓練を受けたクイラも、情報の質が任務を左右することを知っているザックスも思った。
クラウドは思った通りつらそうに顔を歪めると。
「俺……セフィロスを、怒らせて……」
「怒った? なんで?」
「俺の……警戒心が足りないって……それで……」
う、とクラウドの目に涙が浮かぶ。
その先は、言わなくても想像は出来ている。
だが……。
「警戒心が足りないって話は、どういう経緯で出てきたものなんだ?」
ザックスが、遠慮がちに尋ねれば、初めてその存在を知ったというように驚いた目がザックスを振り向く。
――俺ってそんなに存在感がないか?
思ったザックスに、クラウドは戸惑いがちにクイラを見やった。
「ご、ごめん。俺……邪魔、した?」
クイラは笑うと。
「邪魔される程進んでないし、進む予定もないから大丈夫!」
ある意味ザックスにとって失礼にも成りうる答えを平然と口にしたクイラは、にっかりと笑ってザックスを見た。
「あー…………」
ザックスとクイラは同時に言って、互いを見やる。
なんともコメントし辛い。
クラウドから聞いた話は、まぁ、ザックスにもクイラにも、ある意味ではセフィロスに同情せずにはいられないものだったからだ。
「えっと……ねぇ」
意を決したように、クイラは言う。
「セフィロスが怒るの、当然だと思うよ?」
「うん……」
クラウドは頷く。だが、クラウドの思っているのとは、ちょっと事情が違うことを、二人ははっきりと理解していた。
「えっとね。クラウドは自分に警戒心が足りないってのは、理解出来たんだよね?」
「うん……」
「じゃ、何に対して警戒心が足りないのかは、判ったの?」
「え? 何に対して……??」
クラウドは不思議そうに首を捻る。
「内調の人間なのに、アルバイトに誘われて、その気になったから、だろ?」
「だーかーらー!!!」
クイラは頭を抱える。
セフィロスはクラウドに対して警戒心を教える為に暴挙に及んだらしいが、全然クラウドには伝わっていないらしい。どころか、余計に誤解を深めているような気もする。
クイラはクラウドの真正面に腰を下ろすと、じっとクラウドの青い瞳を見上げた。
このミッドガルで青い瞳はソルジャーの証とされている。自然に青い瞳を持つ者は珍しいからだ。だが、クラウドはソルジャーでもないのに真っ青の瞳を持っていた。
「アルバイトの内容、教えてあげようか?」
「え? クイラ、あの人と知り合いなのか?」
「そうじゃないけど……大体判るよ。だってクラウド、可愛いもん」
「はぁ?」
心底不思議そうに、クラウドは首を捻る。
「俺が可愛い……ってことはないとしても……それとアルバイトと何の関係があるんだ?」
「だからね? その男の人は、お金を払ってでも、クラウドとエッチがしたかったんだよ」
「…………はぁ?」
不思議そうな表情が怪訝そうになり――ああ、判ってないな、とザックスもクイラも思った。
何故だろう? 毎日鏡は見ているんだろうに、クラウドは自分の魅力に疎い――というか、理解もしていない。
瞳は普通でも珍しい青。髪は見事な金髪で整った相貌はそれだけで人目を引く。なのにその注目にさえ気付いていないクラウドは、ある意味天然記念物並みに鈍い感性の持ち主なのだろう。
ついには耐え切れなくなって、クイラが必死にクラウドについて自覚を促すべく話し続けるのに割って入り、ザックスは恐らく自分が言ってはいけないのだろう一言を告げていた。
「セフィロスはお前が好きなんだ」
ぽかんとした目が見上げてくるのに、直球でも理解を促せないのか、と呆然とした時だった。
クラウドの頬が一気に赤く染まる。
「せ、セフィロスが、俺を……好き?」
潤み始めた瞳が瞬きで揺れて。
さすがのザックスも見惚れた。
綺麗な女など見慣れている。ソルジャーの救護室には美女と名高い女医がいたし、馴染みの飲み屋の看板娘は近所でも評判の美女だった。
なのに、何故だろう。クラウドから目が離れない。
いや、元から綺麗な顔をした人物だとは思っていた。思っていたのだが、恐らくそれは花で言うなら蕾の状態だったのだと、ザックスは理解した。
そして今、その蕾は花開こうとしている。自分の前で。
「それじゃ……一緒に住むのも同じベッドで寝るのも、俺が、好き……だから?」
小首を傾げて見上げてくるのは、明らかに女。元が男だったなんて、知っていても信じられない。
「好きだったから、怒った?」
呆然と固まっているザックスからは返事が得られないと悟ったか――この辺りは随分と聡い――クラウドは答えを求める先をクイラに変えた。
クイラは薄く笑って、頷く。
「好きじゃないなら、警戒心が足りないことに怒ったりしないよ? 仕事の上でなら、内調を追い出されて終わりだしね」
「……そういえば、そうだよな……」
暫くじっと考えたクラウドは、唐突に立ち上がり――。
「俺、帰る!」
言うが早いか、飛び出して行ってしまった。
それを呆然と見やったザックスとクイラは――。
「やること早いですね、セフィロス統括……」
まさか既に一緒に住んで、しかも寝室まで一緒にしているとは。
「つーか、俺は何時セフィロスが、あそこまでクラウドに惚れたのかが理解出来ない」
普通なら、もっと変化が目に見えるはずなのに、だ。
内部調査室への異動が決まった時には、既にセフィロスがクラウドを好きだったとしても、一度も顔を合わせていない相手に、だ、他の男に言い寄られているのを見て嫉妬を誘発される程に惚れられるものだろうか?
それとも、交流期間に入ってから、急速に惹かれたということか?
「相手はクラウドですから。ただ黙っているだけで、クラウドって放っておけないような気になりませんか?」
「それは……」
なるかもしれない、とザックスは思ってしまった。
元が男だというのなら、これ程情けない男はいないだろう。何しろ他人の保護欲をかきたてるのだから。
「それに……あの二人はベストカップルでしょう?」
「ああ、そうだった……」
惚れないわけがないのかもしれない。全てが全て、互いにぴったりと合わさる好相性同士なのだから。
そしてそのベストカップルな二人は、というと。
ほぼ強姦という手を使ったセフィロスは、目覚めると姿の消えていたクラウドに、軽い絶望を覚えていた。
何故あんなことを、気持ちも告げていないのにやってしまったのだろう?
後悔することしきり。もう二度とクラウドは戻ってこないかもしれない。そういう覚悟をしていた時だった。クラウドが戻ってきたのは。
ぜいぜいと肩で息をしたクラウドは、セフィロスを見るなり何故か頬を真っ赤に染めて、叫んだ。
「俺、頑張ります!」
「……なんだって?」
目の前で仁王立ちをする、頬を赤く染めたクラウド。
一体何を頑張るのだろう? もしかして復讐されるのか?
思ってしまったセフィロスは、自身も自覚がなかった。クラウドには及ばないながらも、自身が相当鈍いということを。