「まさかこれほど早く統括が出ることになるとは思わなかったな……」
「俺もそう思います」
現在、クラウドとセフィロスは内部調査室特殊工作部隊としての任務の最中である。
とは言え、内部調査室の仕事の殆どが、他の部署にもぐりこんでの調査ということで、顔が売れすぎているセフィロスには向かないものであったのだが。
よってクラウドのみが潜入を行い、セフィロスはその行動をモニタ監視し、指示を与えるという方法を取っている。
クラウドの耳には小型マイク込みのイヤホンがはまっており、容姿を隠すための長いカツラの下に隠れているそれによって、セフィロスと連絡を取っているのだ。
「ターゲットが会議室へ向うようです」
「補佐は?」
「……同行していません。一人ですけど……」
「つけろ」
「はい……」
小声のやり取りを終え、クラウドはターゲットの後をおいかける。
備考は内部調査室特殊工作部隊所属となった時に、研修と称して行なわれる訓練で身につけてある。
眼鏡に模したモニターをかけ、足先にくっつけた特殊カメラでターゲットの行動を記録しながら、周囲を探りつつ後を追う。
ターゲットの同行は非常に不審であった。角を曲がる度に辺りを確認し、人の気配を伺う。
隠し事があるのだと、思い切り示している。
「会議室へ入りました。室内に潜入しますか?」
「……隣室から通気口にマイクを仕掛けろ」
「はい」
セフィロスは監視カメラ映像を操作する。
現在使われている会議室を探り出し、使用部署を割り出す。
「ビンゴか……」
呟いて、映像をクラウドと共有しているものと戻した瞬間、セフィロスの思考が停止した。
「クラウド!」
「はい……」
「逃げろ!」
「無理です……」
ターゲットの隣の会議室。使用許可の求められていないそこにいたのは、先日クラウドを勧誘してきた男だった。
画面の中、男はどんどんクラウドに迫ってくる。これではマイクも仕掛けられない。
セフィロスは慌てて端末を操作してカメラから取り込んだ画像から社員の参照を行なう。
これをホットラインに乗せて人事にコメントを沿えて送る。
表示された社員は社長専用調査室の社員だった。しかも主任。
叩けば埃が山程出そうな相手を、クラウド共に一つ部屋に入れておくわけにはいかない。
セフィロスはマイクの音声を出力最大にすると、隣にいるターゲットのことも忘れ、叫んでいた。
「それに手を出したら、未来は破滅だと思え!」
「……やっちゃった……って感じ?」
終業後の特殊部隊統括室にて、ザックスはため息混じりに言ってみた。
正直、やっちゃったどころの話ではない。
セフィロスとクラウドが追っていたターゲットは、企業スパイだった。神羅の技術を外に漏らそうとするやから。確実にしとめなくてはならないから、あまりセフィロスやクラウド向けの任務ではなかったが、達成率が高いだろうと彼らが割り当てられたというのに……。
結果は散々。
企業スパイは見事逃げ仰せ、捕まえたのは社内で脅迫と婦女暴行を行なう小物だった。
勿論、こちらも放置はしておけるような相手ではないが、企業スパイから考えれば小物と言わざるを得ないだろう。
「言うな……」
それはセフィロスも重々承知しているようで、これまで見たこともない落ち込み方をしている。というか、セフィロスが落ち込んだところなど見たことが無かったというのが正しいか。
「で、処分は?」
「なしだ」
「マジ?」
あれだけ損害が大きい失敗したのに? と驚くザックスに、セフィロスはニヤリと性質の良くない笑みを浮かべた。
「ああ。熱弁を振るってやったら、大人しくなった。俺は内部調査室特殊部隊統括以前に任務を帯びているからな」
「ああ、成る程。実験の方か」
「クラウドが別の男の子供でも身ごもったら、実験はどうなる? と一声でだんまりだ。良い脅迫材料が出来た」
「いや、それ脅迫ってよりも……」
嫉妬にかられた男の恋に狂った絶叫っていうか……。
それを本人が気付いていないのもどうかと……。
呆れた様子でセフィロスを見るザックスには気付かず、ひとしきり反省はしたのだろう。
いそいそと帰り支度を始めているセフィロスは、もう新妻を迎えたばかりの幸せ馬鹿のように見える。
「残業は?」
「なしだ。クラウドが待ってる」
「いや、待ってないと思うけどな……」
「待っているに決まっているだろう。昨日はハンバーグだった、今日は……」
夕飯の話か……と。
今のセフィロスに、かつて英雄と呼ばれ恐れられていた頃の面影は微塵も見当たらない。
確かにクラウドは可愛いが、だが、だからといってここまで変わってしまうのか、セフィロス!
叫びたい衝動を堪えて、ザックスは仕方ないとばかりにセフィロスが置き去りにしていこうとしている仕事を手に取った。
既にドアに手をかけているセフィロスに、ああそうだ、とザックスは声を上げる。
「毎日は駄目だぞぉ!」
くるりと振り向いたセフィロスは、不思議そうに首を捻り「何がだ?」と問い返す。
「エッチ? 毎晩は駄目だ。クラウドの負担が大きいからな」
「……何を言っている?」
セフィロスは眉根に皺を寄せて、答えた――のには。
「あれから一度も手を出していない」
「え……」
「愛は育むものだ。奪い取るものじゃない」
ザックスは血の気が引くのを感じた。きっと顔面は蒼白であろう。
他の誰が言っても、セフィロスだけは言わないと思っていた、よりにもよって「愛」。ありえない。
「頭、大丈夫か?」
「正気だ」
いいや、絶対に正気じゃない。むしろ狂気と言っても良い。
今もスキップでもしそうな勢いで去っていくセフィロスの背を見送って、ザックスは手からこぼれていく書類を留められない。
人が、恋一つでこうまで豹変するものだろうか? しかもあのセフィロスが、だ。
会社の為ならどんな残忍な任務でも表情一つ動かさずにこなしてきた、一部の噂では殺戮者とも呼ばれているセフィロス。
もしも本当にそれがありえるとするなら、それはいっそ狂気に近く――。
「まさかな……」
けれど――とも思う。
今のセフィロスからもしもクラウドが奪い取られたなら? それはクラウドが他の男に目を奪われても良いし、部署や会社を追われるのでも良い。そんな状態になったとしたら、セフィロスはどうなるのだろうか?
マッチングシステムが求めているのは、婚姻までと定められているが、裏には子供の出産までが目的に入っている。最高の相性の両親から生まれた子供に、神羅はある可能性を見出しているのだ。
だから、その第一段階の実験中であるのだろう、セフィロスとクラウドは引き離されることはありえない。ありえないのだろうが……だが。
ザックスは軽く首を振り、今の己の思考を追い出した。