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S M L XL

隷属 1

その秘密を知ってしまったのは、夜番に立った夜のことだった。
その火、キリルとヨーンのみで夜の当番をこなしていた時のことだ。微かではあるが声が響いてきた。既に皆眠っただろう夜半のことである。
首を傾げたキリルは、声を追うように――それが危険なものであったなら、皆に知らせなくてはならないから――歩いた。
もう皆の眠るテント設営の端っこの方に至った時、テントとは違う方、木々が視界を覆う森の中から明確な声が響き、キリルは思わずそちらを振り向いた。
何だろう、その声は……。

「何を……」

高く引き攣れた声。だが、聞けば胸のどこかがモヤモヤしてきそうな……。
声に導かれるように足を進めたキリルは、木々の切れ目にそれを発見した。
オベル国王リノと、群島解放の英雄ラズロ。二人は衣服を乱し重なり合い、淫猥に激しく動いていた。
キリルは息を飲む。
旅暮らしでいっそ純粋培養と言っても過言ではないキリルには、それは初めて目にする光景であり、また初めて知る行為だった。だがそれが、人前で行なわれるべきものではないことは、湧き上がる羞恥心から理解することは出来た。
見てはいけない。ここから立ち去らなくては……。
思い、踵を返しかけたキリルの目に、ラズロ視線が重なる。
驚いたようなその目は一杯の涙に濡れ、その雫が頬を伝って落ちていった。





翌朝、寝付いたのは恐らく誰よりも遅かっただろうラズロが一番に現われ、夜通し見張りを続けたキリルの横に腰をかけた。

「ごめんね……」

小さな声で謝られるのに「何が?」ととぼけて返す。己が知るべきことではないことに対して、知っていると認めるのはどこかいけない気がしたのだ。

「……昨夜のこと……」

だがラズロは、キリルに対して容赦がなかった。

「何が……」
「見たよね? ごめん。今は大変な時なのに、あんなこと……」

本来なら避けて通りたいだろうことに、真っ向から向かっていくのはラズロらしい潔さだと思う。だが、キリルにはそういった潔さはない。必要な未知は、未知のままで良い。そう考えるのがキリルである。何が理由があるからこそ、必要である未知なのだから。

「……人それぞれには事情があるから、僕がどうこう言うこともないと思うけど……」
「事情……と言われるなら、そうなのかもね。僕にとっては、起こって欲しくなかった事情だったんだけど……」
「え?」
「あの関係に同意したことは一度もない。何時だって逃げる理由を探してるけど、見つけられないんだ」

苦笑。苦いというよりはどこか痛いそのラズロの表情に、理解してしまった。

「……脅されてるの?」
「そう……なのかな? 良く判らないけど……でも、そう……僕が宿しているこの紋章。この中に、あの人の奥さんの記憶がある」
「リノさんの?」
「うん。元々この紋章は、オベルに……ほら、良くキリルくんが修行場として選ぶオベル遺跡。あの祭殿にあったものらしいんだ」

祭殿……と言われても、遺跡を全て探索するに至っていないキリルには、どこなのか見当もつかない。だが、らしい、とつけて話すということは、その祭殿から紋章を持ち出したのがラズロということではないのだろう。
どこに脅しの要素があるのか、判らない。
だが、その後ラズロが語った長い過去の話を聞くのに、疑問は容易く解消した。
ラズロという人間は、行き場を無くし辿り着いたオベルにて、災厄をもたらす者としてリノの監視下に置き続けられている人間だったのだ。
災厄の根本とも言うべき紋章を宿し、本来ならば災厄が傍にあることを由とはしない人間達から保護される見返りとして、リノの命令には一切逆らわない隷属を求められていた。

「……逃げようとは、思わないの?」
「行く場所も行きたい場所もないからね」

自分の意志というよりは、元々そんなことが許されるはずがない、との諦念が入ったような返事。
キリルは唇を噛む。
そんなに長い間を共にしたわけではないが、そんな事情が彼にあったなんて、知らなかった。

「……ラズロはそれで良いの?」
「さぁ? そういうことは、考えたことがないんだ」

言ったラズロの顔は、どこか虚ろなそれに見えた。

アンダルクは虚を突かれたような顔をする。

「隷属から逃れる方法……ですか?」
「うん。そういうのって、結構個人の反発心がきっかけとなる場合が多くない?」
「それは……」

アンダルクは困っていた。
キリルには言っていないが、実際のところアンダルクも軍属の人間である。長期外部任務に任じられ、しかも報告の義務を負っていないので、己から話さずしてキリルがそれを知ることはないだろうが。
だが、だからこそ、人が強要をもって人を従属させることについて、一般人とは違う見解を持っていた。

「キリル様……そういった方に心当たりがあるのですか?」
「え? いや……」
「ならば、関わらないことです」
「どうして?」
「何も解決されないだろう上に、キリル様が傷付くことが予想されるからです」
「解決されないって……どうして?」

アンダルクは困りきり、傍にいるセネカに視線を向ける。
こちらも困りきった表情をしたセネカは、さすがにこれをアンダルク一人に任せるのは荷が重いと思ったのだろう、首を振りつつ言い辛そうに口を開いた。

「キリル様。強制的な従属、隷属とも言いますね――これらは大体のところ、自身からは逃げられないようにされているものなのです。例えば、洗脳などという手段があり、それらを使われた者は、どんなに己の置かれた状況を嫌がっても、決して自分からは逃げることはありません」
「洗脳……」
「己の意志を捻じ曲げられ、意識しない内に操られている。洗脳は解くのにとても時間がかかり、とても難しい術です。……どうすることも、出来ないのですよ」

ならば……とキリルは考える。
ラズロはもう二度と、オベルの王から逃げられないのだろうか? まだ若く自由を謳歌して許される年齢であるのに、望まぬ関係を強要されて、延々と……。

「他に何か……何か方法はないの?」
「他に……ですか……」

決して揺るがぬキリルの意志は、二人の従者にとって好感の持てる最大の要素だったが、今回ばかりは力になってやれそうもない。

「……申し訳ありませんが……」

アンダルクの一言で、キリルはがっくりとうな垂れた。





声がする――。
キリルは思った。隣のヨーンも感じているのだろう、ちらちらとキリルに視線を向けるが、どうすることも出来ない。
どうやらキリルの覗き見は、オベルの王にもばれていたらしく、あれからキリルが夜番に立つ時は、必ずあの声が聞こえるようになった。しかも場所が以前よりも近くなっている。

「どうして……」

その行為は、勿論キリルの精神に打撃を与えていたが、キリルよりもむしろラズロの方が、負担は大きいだろうに。
まるで二人の若者をあざ笑うかのように続けられる行為は、旅が続くごとにキリルとラズロの心のどこかを削りとっていった。

そんなある日のことだった。

「よぉ、キリル。順調か?」

戦闘の最中である。キリルは、リノに声をかけられ、怪訝に振り向いた。

「……ええ、順調ですよ」
「そっか。なら良いんだが、寝不足にでもなっていやがらないかと不安になってな」
「そう……ですか」

実際には昨夜は夜番だったので、寝不足どころの話ではない。明確に寝ていないのだ。だが、それはリノも判っていることだろうに。

「ご心配、ありがとうございます。僕は大丈夫ですから」
「そうかぁ? なら良いが……お前さんに元気でいてもらわないと、こっちも張り合いがないからな。な、ラズロ!」
「え?」

何故ここにラズロの名が? とリノの視線を追えば、そこには蒼白な顔色をしたラズロが、今にも倒れそうな様子で目を見開いていた。

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