(体温)
驚愕は一瞬で冷めた。想像は出来ていたから。
だが、理由が判らなかった。
「何故、私を誘う?」
別段、これまで肉体交渉に至るまでに、何ごとかの理由を求めたことはない。求めても詮無いことだったし、肉体の欲求は精神の欲求とは形が違う。
だが、それは成人前後の――そう、もっと大人になってからの話で、エドワード程年齢の少年ならば、気持ちを通り越して肉体が暴走するなんてことはありえない。
男の肉体の欲求は、精液が活発に生成されるそれと連動しているからだ。
大体十七程度から始まるそれに、エドワードはまだ到達していないはず。
なのに抱かれたがるとは、一体?
しかし、エドワードからは尋ねた内容とはかけ離れた答えが返された。
「嫌なら……良いよ」
ソファから立ち上がり、執務室を出ていこうとするエドワードを、ロイはその腕を握ることで留める。
「答えが聞きたい」
「答える義務はないと思うけど?」
先程まで別の意味で潤んでいただろう瞳が、きつく眇められる。
振り払われそうになる腕を更に強く握って、ロイはまだ幼さを残すエドワードの顔を覗き込んだ。
「何もなく、私に抱いてみない? か? 馬鹿にするのにも程がある。相手なら――君ならばいくらでもいるだろう?」
「は! 何言ってんの? 俺みたいなガキを相手にするような酔狂な奴は一人だっていない!」
「ならば私の方が答えてやろう」
先程ひっかかった可能性。そして、エドワードの誘い。
導き出されるのは、ただ一つ。
「君はさっき、私に真性を見分ける方法はあるのか、と聞いたな?」
「それがなんだよ!」
「セックスに至らなくても、見分ける方法ならいくらでもあるのだよ。例えば君だ。君は、間違えようもなく、真性だよ」
「っ!? 何言ってやがる!」
驚愕に見開かれるエドワードの両目。
答えは恐らく予期していたのだろう。抵抗するのは、認めたくないことへの表れ。
ここに至って、鋼の腕が振り回されるのに辟易して、ついでとばかりにエドワードの足を払う。
後ろ向きに倒れた体は背中からソファに沈み、そこをすかさず組み敷いた。
多少残酷に思えるが、鋼の足と右手を手足で封じて、上から見下ろしたエドワードの顔は、戸惑いを強く示している。多少頬が赤いのは、怒りの所為だろう。
「証明してあげよう。君の体で」
意図して唇を弓なりに反らしたのは、エドワードにその先の行為を予測させる為。
性器よりも最も欲望を示すのは唇である――と誰かが言っていたが、それも当然のことだろ。
何しろ一番最初に触れ合う場所が、唇なのだから――。
ロイは脳裏でそんなことを考えながら、エドワードの頭すら押さえ込むと、その唇に己のそれを触れ合わせた。
鍵もかけていない執務室で、少年の肉体を組み敷いている。
どこか倒錯じみたそんな状況に、煽られないわけがない。
既に一糸まとわぬ姿を晒すエドワードは、ロイの腕の中で、酸素を求める金魚さながら、必死に酸素を求めていた。
初めて見たエドワードの裸体は、驚く程にロイの視線を奪った。
鍛えられた為に案外と広い肩幅から胸。そこから急激に引き絞られたウエスト。
どこもかしこも、驚く程に細い。それが、エドワードの体の印象。
どちらかと言えば、同士の受け手に見られる弱々しさは微塵も感じられないのに、かもしだされる色香といったら、どうだろう?
触れる度に余裕がなくなりそうな、そんな危うさを持って、ロイは丹念にその体を高めていった。
「た……いさ……」
執拗に攻められる自身が限界にきたか、細い声がロイを呼ぶ。
「なんだね?」
答えるロイの声も、既に欲望に掠れている。
「お…れ……真性?」
まだそんなことを気にしていたのか、と思われるような言葉を耳にして、ロイは思わず吹き出す。
「それは、ここに入れられてから考えるものだ……」
言いながら示したのは、両足の狭間。その奥にある秘所。
入り口を引っかく程度に留めたその触手に、エドワードはふるりと震え、目元を赤く染めて首を振る。
「そこに……入る……の?」
「ああ。そうだよ……」
ロイはエドワードの手を取ると、その細い指を口に含む。
唾液を絡めるように指を舐め、滴り落ちる程に潤ったら、それを漸く引き出した。
「濡らさないと辛いからね」
言った言葉にエドワードが反応するよりも前に、ロイはその手を秘所に招く。
濡れて雫を滴らせる指を、秘所の入り口に当て――。
「判るかい? 君が君を慰めるのだよ」
まるで自慰のように……。
エドワードは潤みきりその端から雫を零しながらロイに縋る。
初めてなのに、他の誰かが居る前で、それは辛いだろう。
だが、拒絶は聞くつもりはなかった。
まだ子供の小さな手を、逃さぬように掴み、強引にその狭間へねじ込んだ。
「っ!!」
短く声を上げ、身を竦ませるエドワード。
恐らくは痛いのだろう。細かく震える体には残酷だろうが、更に強引に進める。
エドワードの指が根元まで埋まるところまで一気に押し進め、ロイは動きを止めた。
「どうだい? 君の指が、君の中に入っている」
「……ん……」
「ん?」
「変だ……」
奇妙な感じがする――とエドワードは言う。嫌ではなく、嫌悪感を感じるのではなく、変な感じがする――と。
「だが、ここに私が入る」
「大佐が……?」
「そうだよ、だから、少しでも入り口をひろげなくてはならない」
納得したのかどうか、エドワードは頷くと、自ら手を動かし始めた。
その意味も、仕方も判らないだろうに、自身で模索しながら……。
上出来の生徒のごとく頭を撫でて褒めてやると、ロイはエドワードの――痛みで縮こまった性器の指を絡めた。
初心者の身では、後ろのポイントなど探り当てられるはずもなく、ならば前に直接刺激を送り込む方が早い。
数度扱きたてるだけで、エドワードの幼いそれは喜びの涙を零し始める。
吐息を乱し、ロイの与える快感を享受し、己の内を慰めるエドワード。
どれ程の感覚が彼を襲っているのか。乱された吐息は荒く浅く、上下する胸が汗に濡れて扇情的に蠢く。
冷静に対処しているようで、ロイも相当昂ぶっていた。
布を押し上げるものの先端が濡れ、布そのものに染みを作っている。
淫猥に見えるそれは、エドワードの視界にも入ったのだろう、呼吸の乱れが更に酷くなった。
「た……いさ……」
何時しかその行為にも慣れたか、エドワードの内を慣らす手の動きが早くなる。
ぐちゅぐちゅと淫猥な音を響かせて出し入れされるそれに、ロイの欲情は限界まで煽られる。
「鋼の……」
切羽詰まった声で呼んで――ロイはエドワードの手を内から引き抜いた。
「鋼の……」
それしか言葉を知らないかのように繰り返すロイに、エドワードは何を理解したのか頷く。
それをきっかけに、ロイはエドワードの細い足を肩に担ぎ、己の前をくつろがせると、エドワードの奥所へ――。
固く抱き合ったソファの上、呼吸が収まると同時に、ロイは尋ねていた。
「それで、君の今日の訪問理由が聞きたいのだが……?」
「理由って……もう判っただろう?」
「そうだな。だが、その訪問理由に至った理由の方がまだ理解できていない。いや……予想は出来るのだが……」
エドワードはキョトンとロイを見つめると、小首を傾げ。
「なら良いじゃん」
「そうはいかない。こちらは年はもゆかぬ少年を、まだ早い行為に導いた責任があるからね」
「そんなもん?」
「そんなもんだ」
「ふぅん……」
片や全裸で、片や衣服を乱しただけの格好で抱き合うこと数刻。
「俺さ……知りたかったんだ」
ぽつりと呟いたエドワードの言葉に、鋭く反応するロイ。
「何が、だね?」
「うん。俺は、真性なのかな? ってさ」
「何故?」
「うん……ずっと嘘だと思ってたけど……俺、大佐が好きみたいなんだよな」
「……だから? そんな気持ちを抱く自分は、そうなのかもしれないと?」
「うん」
単純だが、当然の疑問と言えよう。
「それで、自分なりに答えは出せたのか?」
「うん。やっぱり俺は、真性じゃないんだな、って」
「何故?」
「だって、大佐以外にこんなことされるのは、駄目っぽいから」
「成る程」
単純かつ明快な答えに、ロイは苦笑する。
だが、それは、きっと正しい。
「ならば、君は私にのみ反応するのだね。そして今の私も……」
「は?」
「どうやら私も、君を好きなようだよ?」
「え……」
驚き目を見開くエドワードに、親愛のキスを。
暫く安全だった、鍵のかけられていない室内に、部下が入ってくるまであと数刻。
脳を麻痺させるような真夏日の、眩暈に似た一時。
二人は、後に戦場と化す執務室で、今しばらく、互いの体温を楽しむのだった。