全く忌まわしい。
思いながらガイは、研ぎ抜かれたナイフを持って、主の部屋へと向かっていた。
ファブレ公爵邸。今ではその公爵位はアッシュに移り、国王となった元公爵と夫人は王城の方へ移っている。
まさか、こんなことになるとは……。
本当ならアッシュから始めて全てのファブレの人間を殺し、最後に公爵を殺す予定だったというのに、その公爵は今よりも尚手の届き難い場所へと逃れてしまった。ガイの計画は半ば頓挫したことになる。
だがまだアッシュがいることが何よりの救いかもしれない。
ガイは、いまだ復讐を諦めきれていなかった。
それでも、アッシュが誘拐から戻った時、連れてきたあの少女――ルークだけは、逃してやろうと決めている。彼女は、無関係なのだから……。
この思考をアッシュが知ったら、とんだお笑い種だっただろうが、ガイにそんなことは判らない。ただ、無垢で愛らしい少女は、皮肉なことにまたもガイを取り込んでしまっていたのだ。
まだ世の汚いことを欠片も知らない、純真無垢なルーク。彼女が望むなら、マルクトに戻る己の傍に――妻として迎えても良い。赤い髪が過去を思い出させる汚点とはなったが、あの少女の心の優しさは、ガイの氷をも溶かしかけていた。
だがそれでも、ファブレに対する憎しみだけは消してはくれなかったが……。
足を忍ばせ近寄った先、中の様子を探る。
と――。
「なんだ……?」
もう寝ているだろうと思っていたアッシュの部屋から、声が聞こえる。しかもこの声は……。
「まさか……」
嘘だ――と己の中の何かが、否定の声を上げる。
まさかそんなことは……あの純粋なルークが、汚れた肉の交わりの声を上げるだなんて……。
相手は、と考えて、ここがアッシュの部屋であるならば、アッシュ以外にあり得ない。
ガイの中でまた憎しみが、一歩進んだ。
気付かれないようにドアを開き、部屋の中に一歩を踏み出す。
降ろされた紗の向こうで揺れる、二人分の影――アッシュと、ルークのもの。
しなやかな体のラインが、アッシュのものだろう影の腕の中で、妖艶に揺れる。
ひめやかに声は、互いの名を呼び、互いを求める言葉を吐き出していた。
「あ……しゅ、あい、し……てる……」
まだ幼い言葉が、荒い吐息に紛れてそう告げた時、ガイの目の前が真っ赤に染まった。
かの者は、ホドを欠片の躊躇いもなく落し、多くの命を奪った公爵の一人息子だ。その残虐な人間の子供が、誰かに愛される資格を持つというのか? しかもそう告げているのは、ガイの心を溶かした愛しい少女。
瞬間、気配も消すことなく、ガイは走り出していた。恐らく全裸であろうアッシュの背にナイフを向けて。
「死ね、アッシュ!」
ナイフを振り下ろす瞬間、振り向いたアッシュの顔が、歪んだ。
「!?」
「これはこちらの台詞だ。待っていたぞ、この瞬間を!」
アッシュは己に貫かれたままのルークを抱きしめその視界を覆った上で、右手をガイに向けた。
まばゆく放たれる光は、超振動のもの。万物を分解し、再構築を望まない限り消失のみをその力とする、ローレライの力。
悲鳴を上げる間もなく、ガイの体は手から分解され――。
「……もう良いぞ」
かけた声に反応したルークが、顔を上げる。不思議そうにアッシュの顔を見上げ「何があったの?」と尋ねる。
何だか物騒な言葉が飛び交っていた割には、血が飛び散るでなく何時もと変わらない部屋の中だった。
「何でもない。それよりもお前は、俺の子を身ごもることを考えれば良いんだ」
「んでも……なかなか出来ないよ?」
「お前の体がまだ幼いからじゃないか?」
幼いと言われて頬を膨らませたルークは、幼さ故に己で乳房を握り「大きくなったもん」と言い放つ。
「そういうことをするのが、子供だと言うんだ」
「えー、だってぇ……胸が大きくなってきたら、もう大人だって……」
「とりあえず、胸がいくら大きくたって、男の前で簡単にそんなことをしてしまえる限りは、子供だな」
言いながら、アッシュはルークが持ち上げた胸の先端に舌を這わせる。
ぴくりと反応したルークが、途端に息を乱し、包んだアッシュをきゅと締め上げるのに「感度は良いんだがな……」と呟いた。
そう、感度は良いのだ。だが、ルークはとにかく、濡れ難い性質だった。
呟きが、己に対しての不満に聞こえたのか、ルークが困ったような顔をして見上げてくるのに、思わず笑う。
「なんて顔をしてやがる」
「だってぇ……俺の体、楽しくない?」
「誰がそんなことを言った。お前以上に馴染む体が他にあるものか」
「だって……」
尚も言い募ろうとするルークの、口を止める為にアッシュは腰を押し出す。
「うわっ!」
「俺を楽しませようと思うなら、まずは自分が楽しめ。そういうものだ」
「そうなの?」
「ああ……」
行為を行なうのには、まだまだルークの精神は幼いのだ。本当ならば、体にとっても早いだろう。
それでも、早々に子供を作ってしまうに越したことはない。ルークがレプリカとばれる前に。
キムラスカはアホだが、後継がいることの意味は知っている。例えそれを生み出すのがレプリカだとしても、その後継がしっかりと育てつならば問題はないのだ。後はファブレの権力がどうにかする。
父母にはもう、子供は望むべくもないならば、次の王位はアッシュかまたはその子供となるだろう。
「早く孕め、ルーク」
「うん。頑張る!」
とんと肩を押され横になったアッシュの上に、ルークは乗り上がり、今度こそ止められることもなく、腰を使い始める。
眉根を寄せ、薄く開いた口から粗い呼吸を吐き出しながら、それでも愉悦に染まり始めた表情を、楽しいと思いながら、アッシュは揺れる乳房を揉んだ。
本気で本で勉強した上、ちょっと勉強にしても読まないんじゃないか、と思うような本を読んだルークは、実に忠実にそれをこなしていく。
可愛い女だ。
「お前が女で……本当に、良かった」
「え……な、に……?」
「いや……」
胸から腰に降ろした手で、その細い腰を固定させ、ルークの動きに合わせるように下から突き上げる。
「あっ!」
良いところを突いたのだろう、声を上げのけぞったルークは、かくんと崩れ落ちた。
「あ、しゅ……」
縋るような声が愛しくて、落ちてきた体を抱きしめ「愛してる」と告げると、体制を入れ替え、獣のようにルークの唇に噛み付いた。
一年後、ルークは見事アッシュとの間に赤毛緑目の男児を出産し、キムラスカを沸かせた。これで次代の王も、決定したも同然である。
同時にガイがマルクトの貴族であり、復讐を目的にファブレ家に忍び込んでいたという事実をペールに証言させ、キムラスカとマルクトとの間に、キムラスカに有利な和平を結んだ。
アッシュはその両国を結ぶ大使となり、その際にジェイド=カーティスと接触。ルークがレプリカであることをジェイドだけに告げ、恐らく起こるだろう大爆発の件についての対処を頼んだ。
更に、預言により一人の悲しい復讐者を生んだ事実を世間に公表し、いかに預言が人の自由と平和を奪うものであるかを証人を募り民に広めた結果、ダアトとユリアシティに暴徒が押し寄せ、街は崩壊。ユリアの子孫であるという女を見せしめに処刑したのを最後に、世界から預言は消えることとなる。
この時アッシュは十七。ルークもまた、七歳の年齢を数えていた。