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俺の妻だ文句あるか 1

 ああ滑稽だ。
 燃え盛る炎の中、己を包む灼熱を振り払おうともせず、アッシュは思った。
 既に人を呪うかのような呪縛をもたらす預言すら存在していないのに、自由を得て尚、人は愚かだった。
 ああ、自ら滅びを望むのならば、滅びてしまえ!
「アッシュ! 早く逃げてください!」
 遠く聞き覚えのある声がする。
「あなただけでも!」
 逃げる? どこに? 逃げてどうしろと言うのだ? もう既に世界は滅び去ろうとしているのに? 救いがもうどこにもない状態でなら、どこにも逃げ場所などないではないか!
「アッシュ!」
 叫ぶ青い軍服の後ろに黄金の皇帝の姿がある。
「……すまなかった、アッシュ……」
 細く告げる皇帝の腹には、真っ直ぐ突き刺さった剣が一本。
 ああ、わかったよ。
 所詮どんな力があろうが、人が人である限り、それ程多くのものは守れない。
 願いがあったから、その願いに一番近い場所だかったから、だから祖国キムラスカを捨てマルクトを全力で守ろうとしたって、結局人一人の力なんてちっぽけなものだったんだろう。そう、超振動なんて力があったって。
 世界が平和になったと思って、何年その平和が続いただろう? 戻ってきたのがヴァンの巻き起こした滅びを回避した二年後だから……五年か?
 平和なんて、短いものだな。ホドから十六年保ったのが奇跡のようにすら思える。
 あの時、確かに世界は一つになったと思っていたのに……。
 預言じゃないのだ。滅びの原因なんて。そう、預言なんてそんな軽いものじゃない。
 滅びは、人の思いが引き寄せるものなのだ。常に。
 そう……今回だって……。
「アッシュ!」
 もう一度叫ぶ声が耳元で響き、身が引かれる。
 直ぐに水をかけられ……。
「死ぬ気ですか!?」
 怒鳴るのは、死霊使いと呼ばれた男。
「……今のこの世に、希望はあるのか?」
「ないなんて言わせません。あの子が守った世界なんですから」
 そのあの子は、今はいない。この世のどこにも……。
「思えば……あいつがいたから、世界は一つになっていたのかもしれない……」
 小さな努力を山と重ね、結果として人と人の間に和を作り上げた。
 だが、その和はもうない。
「失われた存在に報いるのならば、この騒動を止めることです」
「そうだな……そう、たった一つだけその方法がある」
 醜く焼け爛れ、既に赤い髪すらも失ったアッシュは笑う。
「……最後の滅びですか?」
「ああ。これが預言の余波だという人間がいるのならば、預言とは違う終わりをもたらしてやる。俺が、この命を使って!」
 振り上げた両手に集まる力は、命の灯火。
「この俺が、全力を込めてこの世の終わりを願う!」
 止める声は上がらなかった。死霊使いは最後に諦めたような笑みで笑い、その腕には温もりを失った皇帝の体を抱きしめていた。
 遠く見えるのは、キムラスカの軍勢。王と公爵は、騒動が始まる以前に姿を消したのだと言われている。恐らく、公爵夫人も既に生きてはいないのだろう。
 誰が始めたのだろう、こんな愚かな戦いを。終わりしか見えない、何も得るものがない、本当にばかげた戦い。
 救いを望む声は、もう、聞こえなかった。



 ――世の終わりを歌うもの……か。
 それは何を望んだ歌なのだろうか?
 ――ならばそなたは、どんな未来が欲しかったというのだ……。
 罪悪を重ね生き続ける未来の何と空しいことか。ならば潔い死を願って、生かされた……。
 ――今ひとつの命を願ったのか?
 叶わぬ望みに身を浸す時間はない。それは、後悔という名の思い出に浸っているに過ぎない。
 ――星の絶望を恨むか?
 激しく悔恨の情を満たすのは、常に愚かな人の所業。
 ――救われぬ魂よ。ならば、そなたの思うことをするが良い。
 救われぬ魂に、一体何が出来るというのか……。だが……もしも本当に、やり直すことが出来るのならば……。



 視界に満ちた光の中、見覚えのある人物の顔を見止めたアッシュは、両手をその人物に伸ばしていた。
「目覚めたか、アッシュ」
 人の良さそうな、いかにも心配していましたとばかりの笑みで見下ろす男の顔は、最後の記憶よりも少しばかり若い。
「ヴァン……?」
「……漸くレプリカが出来上がった。これからお前の辛い人生は、あのレプリカが背負ってくれることだろう」
 そう、ヴァンは最初にそう言ったのだ。ルーク――アッシュを、辛い日々から開放してやるという甘言と共に屋敷から連れ出して。
「そしてお前は、ローレライ教団に所属することになる。神託の盾騎士団の一員としてな」
 いかにも親切ごかしの言葉に、かつてはころりと騙された。だが……。
「どうしてこんなことになっているんだろうな?」
「ん? どうかしたか? ルーク?」
「アッシュなんだろう? お前はそう、俺に名付けるつもりなんだろう? かつての名を捨て……レプリカを憎ませて」
「!?」
「お前の計画の何に、俺の超振動が必要だったのかは知らん。俺の力で世界を滅ぼせというのならば、恐らくそれは可能だろう。実際、一度やったことだ」
「ルーク?」
「そう呼ばれていた記憶は、もうとても遠い……。そして今の俺には、何の希望も安らぎもない。お前のやろうとしていることだって、結局レプリカという人間もどきがいる限りは成功しやしない。人間というのは、例えコピーされたとしても結局は同じなんだ。あの残ったレプリカが、そうだったように……」
 ヴァンは戸惑った表情になるが、何かを問おうとはしなかった。すれば、己のかぶった仮面が剥がれるとでも思っているのだろう。芝居ひとつにご苦労なことだ、とアッシュは笑う。
「……で? 出来上がったレプリカはどこだ?」
「それが……」
「失敗したのか?」
「失敗……というか、だな……」
 ついたてのように視界を阻んでいたヴァンがよければ、隣にはアッシュが寝ているのと同様のベッド。そこには、朱色の髪をしたもう一人のルークが眠っていた。
「良く出来てるじゃないか」
「……完全同位体だ。フォミクリーでも奇跡だといわれているらしい……」
「へぇ」
 だが、そんなことは既に判っていたことだ。そして、完全同位体の間に起こる事象についても。
「だが……何故か性別が違っている」
「……なんだって?」
「性別が違う。あのレプリカは、少女型なのだ」
 瞬間、こみ上げるものがあった。
「あっはっは……女? 俺のレプリカが?」
 いかした差異だ、とアッシュは笑った。むしろ都合が良い。
「行方不明になった公爵子息のレプリカが女? で、あれをそのまま屋敷に連れて戻り、公爵子息だとでも言うつもりか?」
「しかなかろう。もう一度レプリカ情報を抜くのには、お前の音素は不安定すぎると技術者は言う。ならば、どう誤魔化してもあれを戻す以外にあるまい」
「どう言い訳するつもりだ?」
「完全同位体だからな。例えば別人だと思われ検査を受けようが、お前と同じデータが出る。ならば、突然変異とでも言っておくさ」
 なんてお粗末な流れ。そしてそれを仕方ないと言い切るヴァン。
 頭がおかしいんじゃないか? 今でならばそう思う。
 世界の滅亡をかけての計画ならば、もっと綿密に練ってしかるべきだ。それを、突然変異?
 いや、子供に対してだから適当に言っているのにしても、言い訳としたら限られてくる。例えば、音素実験による変異など。
 結局突然変異に等しいものしか出てこない。
 それで本当に公爵家が誤魔化せるかどうかは別として。
「頭がおかしいとしか思えない茶番に、これ以上付き合う義理はないな」
「……なに?」
「悪いが俺は、今回ばかりはお前に欠片の時間もやるつもりがない。協力者にと求めながら監禁に洗脳。そんなことをしなければ賛同を得られないばかげた計画なら、立てない方がマシじゃないのか?」
 レプリカ大地だと? それで世界の何が変わると言うのだ? 無駄に人間の欲望と願望を駆り立て、一時しか続かない仮初の儚い平和の為に、一部の命が無駄に使われただけではないか。
「ルーク。私はお前を公爵家から逃がしてやろうと……」
「親切モドキの偽善は結構。もう十分だ。お前は俺を利用したいだけのこと。そしてお前がやろうとしているのは世界の救済じゃない。個人的な復讐だろう?」
 レプリカ大地を望みながら、レプリカに欠片の愛情も注げない人間に、世界を救済など出来るはずがない。救済は、無上の愛情を持つ者のみが実現しうる奇跡に等しい。
 そう、レプリカルークのような。
「世界の終わりを歌う者。誰かが俺にそう言った。そう、俺はあんた以上にこの世界に絶望し、希望の欠片すら見出せない哀れな魂なんだろうよ。だが、俺はあんたとは違う。下らない理想を大義名分にして己の欲望を正当化したりはしない」
 己の望まぬ世界ならば、必要はない。そして滅ぼすその力は、生まれた時から身に満ちている。
「くたばれ、ヴァン=グランツ! 己の無力と絶望を抱えて!」
 レプリカ大地なんて要らない。レプリカという悲しい命は、生まれてはいけない。
 ああ、ただ一人、生まれてしまった己のレプリカだけは、生涯かけて己が守り抜いて見せよう。都合の良いことに、守りやすい体に生まれついているのだから。
 破壊の光が満ちた室内。消えた後には、頭上に青い空が広がっていた。

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