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S M L XL

俺の妻だ文句あるか

 薄闇の中で、アッシュは笑う。余りにも自分の思う通りに進む事態に、もう嘲笑は止まらない。
「愚かな王よ。預言で己の思考を止めた為、何が真実かも見極められなくなったか」
 良く考えなくても判るだろうが、ルークは少女である。だが、預言に詠まれているのは、赤い髪の男児。しかも、ローレライの力を継ぐ者である。
 ルークは正しくアッシュの完全同位体である為、確かにローレライの力は継いでいるだろうが、王はそれすらも確かめず、しかも少女であるルークに、身代わりをさせようとしている。それが、己と国、またナタリアや公爵家にとって一番良いことだろうと。
 だが、どこが?
 少なくともそれを良いと考えているのは、王とその娘だけのことだ。
 王は知らないのだろう。キムラスカの繁栄の陰に潜む、預言を知った貴族達の思惑を。皆、力持つ公爵家の後継が、預言に殺されることを喜ぶその真実を。
 いや、知らなくても良い。王がそれだけ仕える者を制御しきれていないという証明がなされるだけのこと。そんなことは王にとっても王女にとっても、どうでも良いことなのだ。己の地位が磐石であるならば。
「ならば、お前達の望むべく、潰してやろう、栄光という名の繁栄を約束するだろう、俺が」
 アッシュを絶望の底に叩き込んだキムラスカを、まずは最初に……。
「咎を受け入れろ、キムラスカ!」
 底光りするアッシュの目は、嫌悪と憎悪に揺らめいている。誘拐され戻った時には、その雰囲気すら変わっていた息子に、公爵夫妻は戸惑い、反して連れ戻ったルークが無邪気な少女であることに、心癒されている様子だ。
 自我すら目覚めていなかったルークは、公爵夫妻とその息子によって、まず笑うことを覚えた。困惑に揺れるキムラスカの中で、公爵家だけが穏やかな時の中にある――ように見える。
 だが違う。
「ガイ」
 アッシュは呼び、その声に答え、ドアが開く。
 戻ってきてから、アッシュが両親に頼み手に入れた別棟の部屋。
「お呼びでしょうか? アッシュ様」
「今一度お前に問う。お前の目的はなんだ?」
 アッシュはダアトの神の光の後キムラスカに戻り、まずガイの洗脳を最初に行なった。この復讐者は、捨て駒として丁度良かったからだ。
「……キムラスカ王家を亡き者にし、復讐を果たすことにございます」
 あながち間違ってもいない。ホドの侵攻は、王が決めたことだからだ。預言に詠まれていたから。公爵はそれを、実行したのに過ぎない。
 実行者が表立って狙われるのに、その命令者だけがのうのうと生き続けることは、おかしくはないだろうか? 軍人は命令には逆らえないものだ。公爵もまたしかり。
「では、その為にお前がすることは何だ?」
「王家をたばかることにございます」
「……出来るか?」
「やります」
 揺ぎ無い答えに、アッシュはニヤリと笑う。
「ならば命じよう、ガイ」
「は。なんなりと」
「王城に忍び込み、亡き王女の亡骸を探せ」
「……は」
 無表情に徹していたガイが、初めて感情を顕わにするのに、アッシュは笑い続ける。
「あの王女は偽者。預言の使徒が、キムラスカを根底から腐らせる為に忍び込ませた、どこの生まれとも知れない者だ。あれが相応しくない王女として、何不自由なく生活している時、キムラスカ軍は命を賭してホドと戦い、ホドは崩落した。知っているか、ガイ?」
「……何を、でございましょう?」
「あの王女は、ホドの悲劇を知った時、こう言った。『預言に詠まれているのならば、仕方ないことですわね。運命、ということなのでしょう』と」
「っ!?」
「民を守ると言いながら、尊い命を預言で仕方ないと称する王女は、果たして王女に相応しいのか? もしも本物の王女が生きておられたら、こう言うかもしれない。何故、彼らは死ななくてはならなかったのか、同じ命なのに……」
 ガイの目が見開かれた。
 勿論、アッシュの言っていることは推論であり、しかもかなり確立が低いだろう予測である。あの王に育てられるのだから、偽者だろうが本物だろうが、言うことは同じだろう。
「俺は、例え敵であろうが、預言だから仕方ないと言い切る者は許せない。お前はどうだ?」
「……許せ、ません……」
 ギリギリと噛み締められるガイの唇からは、血が滲み始めている。
「ならば、出来るな?」
「亡き王女の亡骸を、探します」
「行け」
「はっ!」
 早々に立ち去っていくガイの背を見送って、アッシュはやはり笑う。
 滑稽でたまらなかった。後には強い絆で結ばれるだろう者達が、今の状態でちょっとつついてやれば、互いの足を引っ張り合う敵となる。アッシュが直接手を下さなくても、彼らは互いを潰しあうのだ。憎しみという強い思いによって。
「さて……」
 アッシュは豪奢な緋色の椅子から立ち上がり、部屋に新たに持ち込まれた、巨大な納戸を開ける。中から転がり落ちてきたのは、かつての姿が見る影もない、もう戻るべき場所すらない、モース。かつては世界にはばを利かせていた、ローレライ教団の大詠師と呼ばれていた者。
 彼は神の光が起こったその時、習慣のように訪れていたキムラスカで、王に預言を餌に取り入っていたので、その難を逃れた幸運な者である。今も幸運かどうかは、本人の心情によるだろうが。
 両手を背で戒められ、猿轡をかまされたモースは、みっともなく豪華すぎる絨毯の上に転がっている。
 アッシュはそのモースを踏みつけると「大詠師モース殿」と面白そうに囁いた。
「俺としては、あなたの餓死が希望なのだが……あなたはどうだ?」
「ぐ……」
 猿轡をかまされているから、喋れるわけがない。モースは顔色を青くしつつも、必死で首を振っている。
「教団は神の光で見る影もなく。だが、何故か生き残った預言師は教団の威光を未だ信じて預言を詠み、世界を混乱の坩堝へ突き落とす。さて。預言には神の光は詠まれていたか?」
 当然、詠まれているわけがない。あれは完全なるイレギュラー。アッシュが過去の記憶を持っていたからこそ起こったことだ。
 問い掛けながら、しかし答えは求めていなかったアッシュは、モースを踏みつける足に体重をかける。といっても、子供の体重だ。それ程のダメージはいっていないだろう。
 モースは青ざめた顔で、縋るようにアッシュを見上げた。
「気持ち悪いな……。本当なら、直ぐにでも死んで欲しいものだが……」
 言葉を額面通りに受け取り、絶望の表情を浮かべるモースに、アッシュは呆れた溜息を吐く。殺すことには平然としつつも、己の命が奪われんときには絶望するのか。身勝手な輩である。
「まだ殺すとは言っていない。そうだな。あなたが俺の願いをかなえてくれるというのならば、その命を助けても良い」
 言えば、モースは絶望の中に微かな希望を見つけたとばかりに、その表情を和らげた。アッシュの願いの内容すら知らず。
 あまりにも簡単なモースの態度に、興がそがれたとばかりに表情をかき消したアッシュは、緋色の椅子に戻り、柔らなそれに背を預ける。
「キムラスカ・ランバルディア王家ナタリア=ルツ=キムラスカ・ランバルディア。それと……ユリアシティにいるだろう、ユリアの子孫ティア=グランツ。聖なる焔の光に詠まれた預言は、ユリアの子孫可愛さの虚言で、実はキムラスカ繁栄の預言は、王女と子孫に詠まれたものだと、国王に告げろ」
「!?」
「勿論、鉱山の預言だけはそのままに。その二人が街と共に消滅するのだと、そう王に告げるんだ」
 思ってもいない言葉に、モースは驚愕をその目で示した。だが、アッシュはそれを当然のことと受け入れる。モースがしたいのは、ユリアの預言を実現させることで、アッシュの願いとは180度異なるところにある。
「あながち間違ってもいないだろう? その二人は第七音素の素質持ちで、場合によっては疑似超振動を発動させることが出来る。別に、一人で街を消滅させなくても良い。その力が、ローレライの力に類するものならば、預言はそのまま遂行されることになる」
 それがルークでもアッシュでも、はたまたナタリアでもティアでも、街が消滅しさえすれば、それ程の違いはないのだ、とアッシュは告げる。
 問題は、街が消滅することであり、その実行者が誰であろうが、結論は同じ。
「お前だってそう思うだろう? だからヴァンに俺の見張りをさせて、預言の年、もしも俺が失敗するようなら、ヴァンにその代わりをさせようとしたんじゃないのか?」
「!?」
 何故知っている? とでも言いたいのだろうか? 唸るモースにアッシュは笑う。
「じゃなければ、どうしてヴァンが、俺に近づいてくる? いや、ヴァンにはヴァンの思惑があったのだろうが、だがそれなら何故、ヴァンは俺の剣術師匠になるとき、お前の紹介状を持っていた?」
 いかにヴァンがダアトの要人であろうが、キムラスカはそれ以上に気高い国である。貴族の子息が行なう剣術の教師だって、それなりに名の知れた者が請け負うのが当然。だというのに、それがダアトの軍人?
 紹介状を持ってヴァンが現れた時、公爵は苦虫を噛み潰したような顔をした。その時、アッシュの剣術は、キムラスカ国内でも有力な貴族の中、剣豪と呼ばれた青年に決まっていたからだ。
 ヴァンの使うのが、滅びたホドに伝わっていた、珍しいものだということで、公爵は無理矢理自分を納得させたようだが、本来ならこれほど公爵家を馬鹿にした人事はありえなかった。
「……本当はお前だって思っているだろう? 預言の大まかな部分は決まっていても、瑣末事はどうにでも変更がきくのだと。ならば、鉱山の街消滅の原因が俺でなくても、問題ないな?」
 それがナタリアとティアであっても。
「ああ、そう。お前はティアがユリアの子孫で、その子孫の血脈が絶えることを心配しているかもしれないが、大丈夫だということは、判っているだろう? ユリアの血筋は、もっと薄くてもまだ生きている」
 マルクト皇家という肩書きを持って――。

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