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狂宴の宴 1

「ご懐妊おめでとうございます」

言われ、ルークは戸惑った。
ありえないのだ。ルークは皇妃という身分は得ているものの、実際には男で、どんなに行為に及んでも子をなすことは出来ないはずであった。
謁見の間でのこと。当然ジェイドもそこには居て、驚いた風にルークを見ている。
ただ二人だけ、満足そうに頷いているのはピオニーとフリングスだけ。

「何故……」

戸惑ったルークの声に、ピオニーは微笑みのまま、こう言った。

「故郷が懐かしいだろう? 生まれるまでは故国に帰ると良い」

ありえない。ありえるはずがないのだ。
故国? ルークはキムラスカの生まれ――ということになっているが、既にそこはルークの故国ではなくなっている。正確にキムラスカの公爵子息であったのはアッシュであり、ルークはそのレプリカであるからには、故国そのものがありはしない。
帰れる場所も、権利も全てルークにはない。
ありえなさ過ぎるのである。

「従者兼護衛にアスランをつける。後はあちらで用意してくれるそうだ」
「陛下、私は……」
「出立は明朝となる。兄にも会いたいだろう? 呼んでやろう」

何がどうなっているのか、判断も出来なかった。
皇妃となった時、ルークの身分はキムラスカの没落貴族の末裔という扱いになった。王家から最も遠い、遥か昔にマルクトに亡命してきた貴族の末裔と。
用意されたその身分は、明らかにピオニーの捏造であり、本来ならありえない架空のものだった。
なのに、ルークに故国に帰れと言う。兄がいると、言う。

問うべく言葉は、遮られる。疑問に答えることはない、という意思表示だろう。
ならばきっと、全てが架空の状態で進むのだ。全てルークを守る為に。

ルークは泣きそうになった。
例えば気持ちがピオニーにあろうと、フリングスにあろうと、どちらの子もルークが宿せることはない。
その事実は、懐妊を喜ばれれば喜ばれる程、重くルークの心に圧し掛かっていった。





用意された故国へ、馬車で向いながら、ルークは側に仕えたフリングスに尋ねた。

「誰の、子なの? 陛下の子?」

フリングスは微笑むと、世間話でもするように「私の子とアッシュ殿の子ですよ」と平然と答えた。

「アッシュ!? どういう意味?」
「それが裏取引の内容だったのです」
「裏取引?」
「アッシュ殿をキムラスカ貴族として認めるということは、即ち彼の犯した罪が邪魔だった。その罪を替え玉に肩代わりさせ、キムラスカの貴族とマルクトが認める代償が、アッシュ殿の子をルーク様の子として寄越すこと、だったのです」

保険ですよ、とフリングスは言う。
本当なら、フリングスが赤毛の子か金髪の子を生ませるはずだった。だが、それではピオニーの遺伝子もルークの遺伝子も継いでいない――親に似ていない子が出来る可能性が高い。だから、保険をかけたのだ、とフリングスは言う。
アッシュとルークは完全同位体。アッシュの子ならば、どうあってもルーク似になるはずだから、と。

「そんなこと……でもアッシュの子ならば、ナタリアの子でもあるんじゃ……」
「いいえ、それはありえません。母親はどこの誰とも知らない相手を選ぶように言ってあります」

当然、ピオニーの条件の中には、その母親は確実に始末するように、となっている。フリングスの時と同様に。
そして、フリングスとアッシュの子は、同時に母体に宿ったのだ。
だからこそ、ルークは子が生まれる間は姿を隠さなくてはならない。

全て、ピオニーがルークの為になしたことだ。

「そんな……」

最低でも二人、子が生まれたと同時に始末される。
だが、それはルークは知らない。知らない方が良い。
いまだに人の死に敏感すぎる子供なのだ。心を痛めるだけならまだしも、それで精神の均衡が崩れてしまうかもしれない。

「アッシュの子を、俺が、奪う?」
「軽い贖罪でしょう。彼はあれだけの罪を犯しておきながら、それを替え玉に肩代わりさせ、更にあなたの本来の居場所を奪ったのですから」
「でも、最初は俺がアッシュの居場所を……」
「奪った、とは言えないのですよ」

そしてそれを、アッシュも自覚していた。
だからこそ、裏取引に応じたのだ。文句一つ言わず。

フリングスはルークの白い手を取り、そこに口付ける。

「あなたが気になさることはないのです」
「でも……」
「生まれてくる子が哀れと思うなら、愛してあげて下さい」

自分が得ることはなかった愛情を、子に捧げてあげて欲しい。
フリングスは言う。
勿論、ルークに至らない部分はピオニーがフォローするだろう。
そうやって、血は繋がらなくても家族の関係を築いていけば良いのだ。

勿論、アッシュもフリングスもその子に対して親の名乗りを上げることは出来ないし、そのつもりもない。
アッシュには色々思うところがありそうだが、フリングスにとっては子や犠牲になる母親などどうでも良いことだ。ただただ、ルークの第二の夫としてその身を手にすることだけで満足なのである。

「愛しています、ルーク様」

例えその愛情がピオニー一人に向いているのだとしても。
体だけの関係で構わない。
ジェイドとは違う意味で、フリングスも今後妻を娶ることはないだろう。だが、それでも良いのだ。
狂っているというならば言えば良い。

手か腕に、首筋にキスを移していきながら、フリングスは笑う。





用意された故国というのは、やはりキムラスカであり、コーラル城であった。
ファブレ公爵がルークの為に整えてくれた城は、かつて一度見た廃墟のようなそれではなく、立派に城としての体裁を取り戻していた。

「これが、コーラル城……?」
「驚きましたね。廃墟のようでしたが……」

フリングスも驚いているらしい。
話によると、使用人もファブレ家で整えるとのことだった。
さすがにマルクト側で用意すると、事情が全てばれる可能性がある。
ルークはこの場に、マルクト皇妃として滞在するわけではなく、アッシュの客人として一年近くを過ごすことになっていた。

城門前にはアッシュの姿があり、ルークとフリングスを待っていた。
六神将と名乗っていた時の法衣ではなく、今は極々普通の衣服を纏っている。

前髪すら下ろし、まるでかつてのルークのような姿をしたアッシュは、ルークの姿を見て一瞬目を細めると「良く来た」と端的に告げた。
直ぐに背を向け、案内するように足を進めるのを、ルークは呼び止める。

「話が……したい……」

言えば、止まった背中から「後で部屋に伺う」と短い返事があった。
態度は硬い。まだルークに対してのひっかかりがあるのだろう。
当然だ。ルークはアクゼリュス後、逃げたことになっているのだから。

後について進みながら、フリングスが握ってくれる手だけが、心の支えのようだった。

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