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狂宴の宴 2

案内された部屋は、城で最も高い場所にある、恐らく主人となるべき者がいるべきだろう部屋だった。

「俺がここに?」

驚いてアッシュを振り向くと「賓客扱いだ」とこともなげに答えられた。
アッシュにとってそれは、どれだけの屈辱なのだろうか? レプリカである身が、アッシュよりも高貴な場所を奪う。

「俺は……もっと別の部屋で……」
「冗談だろう? 表立ってはそれと知られないようにしているが、父上も俺も、お前が実は皇妃だということを知っている。それを別の部屋に通す?」

言外に国際問題に発展すると言われ、改めて自分のありえない身分を自覚する。

「とは言え、ここにいるあらゆる使用人は、お前をルークと知っている者ばかりだ。逆に皇妃だということは知らない。屋敷の者の中でも、お前に好意的だった者達ばかりを集めてきた。屋敷にいた時のように過ごすと良い」
「でもッ!?」
「それとも公表するか? 男の身で皇妃だと?」
「それは……」

言えるわけがない。言えば、マルクトに禍が振りまかれる。
それだけは避けなくてはならないことは、ルークだって判っていた。

「フリングス将軍は隣に部屋を用意してある。悪いが、夜は控えてくれ」
「承知しております。一年、お世話になります」
「ああ……」

部屋に押し込まれ、部屋付きのメイドと顔合わせする。
確かに懐かしい顔に、ルークは思わず苦笑した。

「久しぶり、って言っても良いのかな?」
「……お久しぶりです、ルーク様」

微笑んで答えたメイドは、名は何といっただろうか? そこまでは覚えていないが、確かに記憶を失って戻ったルークに、好意的に接してくれた者だと覚えている。
メイドは深く頭を下げると「またお世話出来ることになって、嬉しいです」と言ってくれた。
まだ若いメイドだった。

「うん。お願いするよ」
「承知しております」

テーブルセットの椅子を引かれ、そこに腰掛けると、心得たようにお茶が用意される。
ファブレでは当然だった順。

「……父上は、元気?」
「はい。シュザンヌ様も、時期を選んでいらっしゃるようです」
「母上が?」
「はい。是非にルーク様にお会いしたいと……」
「そう……」

今更会って、どうしようというのだろうか?
キムラスカにはもう、アッシュという正式な王位継承者が戻っている。
彼らはルークとは違い、世界を破滅に追いやろうとしたヴァンを打ち破った英雄という肩書きもある。
今更ルークに会う、何の用があるのか判らない。

「……今、俺を案内してくれたアッシュ……彼は、屋敷ではちゃんとルークを名乗ってる?」
「……いいえ。アッシュ様と改名なさるとおっしゃって、以後それを通していらっしゃいます」
「そうか……」

名前は捨てた。その言葉をアッシュは貫いたらしい。
結局、奪ったままのものもある。そういうことなのだろう。

メイドの入れてくれた茶を飲みながら、ルークは懐かしい匂いと雰囲気を堪能する。
マルクトでは茶葉も違う。置かれた家具も部屋の雰囲気すらも違う。
戻ってきた。そんな気持ちになり、ルークはとても複雑な気分にもなった。





夕食を終えて、メイドすらもがそれぞれの部屋に戻った後、部屋に来訪者があった。
アッシュである。

「話があると言っていたが?」

怪訝に問うアッシュに、ルークは頷く。
メイドが用意してくれていった茶を淹れ、向き合って腰掛け――ルークは、一番聞きづらいことから質問した。

「子供を……作ったって……」
「ああ……そのことか」

吐息してカップを持ち上げる仕草は、酷く優雅だ。アッシュが貴族として完璧なマナーを学んだことが良く判る。

「裏取引の条件だった。女はキムラスカの一般市民で、金髪の女だ。子供を生む契約の報酬は、子供が生まれるまでの貴族社会での生活。今、ファブレ家にいる」
「そう……」
「女の方は有頂天だったぞ? 貴族の生活など、一生かかっても経験出来ない女だ。子供一人くらい平気で手放すだろう」
「そういう意味じゃないよ……」

ルークは儚く笑う。

「……俺の為に、ごめん……」
「謝罪を受けるようなことでもない。ファブレは養う人間が一人くらい増えたとしても傾くような貴族ではない。むしろこの程度のことでキムラスカは安泰だ。逆に礼を言うべきところだろう」
「まさか……」

礼を言われるようなことを、ルークはした覚えがない。どころか、存在そのものがキムラスカにもマルクトにとっても障害となっているではないか。
ルークは己の人生を安定させる為に、アッシュとフリングスの人生の一部を奪い取ったのに等しいのだ。

「……皇帝の条件は、金髪か赤毛の子供だった。俺はお前の被験者だから、お前と皇帝の子を生ませるのに最も適当だったと言える」
「ごめん……」
「だから、謝られる必然性を感じない」
「それでも……このことでアッシュはナタリアを裏切ることに……」
「ナタリア?」

さも不思議そうに声を上げたアッシュは、言った。

「ナタリアならキムラスカ追放になったが?」
「え?」
「知らないのか?」

疑問を浮かべたルークに、ルークよりも更に不思議そうにしたアッシュは、ルークがいなくなった後の元親善大使一行の話を始める。

ルークをユリアシティに残して外郭大地に戻った彼らの行動は、マルクト皇帝の怒りを買った。
ダアトの軍人二人――ティアとアニスはその場でマルクトに拘束され、その後の行方に関してはアッシュも知らないらしい。
マルクトはその後、ジェイドに親書を持たせキムラスカに向かい、同行したナタリアはそこでキムラスカ追放となった。
今度こそ親書を真摯に受け入れたキムラスカは、二国同時にダアトへ侵攻。
それによってヴァンをはじめとした六神将が捕まり、公開処刑に至った。

「俺はその公開処刑から逃れた。替え玉を使ってな。そこから逃れることをマルクトに了承させる為の裏取り引きが、今回のこれだ」

仕方ない、とアッシュは肩を竦める。

「あの頃お前と同行して生きているのは、俺と眼鏡だけだろう。ナタリアも恐らく……もう生きてはいまい」
「そんな……」
「それけの罪を、あいつらは犯している。俺も同罪だがな……」

確かに、ジェイドの姿はあれども彼は二階級降格していた。今は少佐の待遇で年下の上官にこき使われているらしい。

「知らなかった。俺……なんで……」
「皇帝はお前に何も知らせなかったんだろう。因みに、ファブレの者の一部はお前が存命していることを知っているが、世間的にはアクゼリュスで死亡したことになっている」
「そうなんだ……」
「母上がそれを知ってな……半狂乱だった」

成る程。だから会いに来るのか。
納得したルークは、もう一つ。どうしても聞きたいことがあった。

「どうしてルークを名乗らないんだ?」
「名か……」

アッシュは苦笑いを浮かべる。

「名は捨てた……と格好良いことを言いたいが……実際には七年アッシュと呼ばれていた。今更ルークと呼ばれても違和感があってな」
「そうか……」
「だから、お前が気にする必要はない」
「うん……」

それでも、やはり奪ってしまったという罪悪感は変わらずルークの心にこびりついている。

「どうあっても気になるというのなら……俺の願いをかなえるか?」
「え?」

沈んだ表情で考え込むルークに、アッシュはそう声をかける。
アッシュの願い?
小首を傾げてその内容を尋ねようとしたルークは、アッシュの表情が、どこかで見た誰かのものと似ていることに、この時は気づかなかった。

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