男に抱かれるのは初めてじゃない。
遠いアクゼリュス。あそこで同行者達に捨てられたから方々を放浪し、その最中に金を得る為に身を売るしかなかった――というか、そういう斡旋業者に拾われて使われた。
斡旋業者に言わせると、赤い髪に緑の目というのは、どうやらキムラスカ王国においての王族の象徴らしい。どこぞの王族の隠し子だと思われたルークは、名をルシアに変えて幾多の男達の相手をさせられた。
損はさせないという斡旋業者の言う通り、確かに金払いは良かった。
「ルシアはこれからどうするんだ? もしも必要なら、マルクト方面の同業者に顔を繋いでやれるが?」
すっかりルシアにほだされたらしい斡旋業者のオヤジに言われ、ルークは小首を傾げて思案する。
「拠点はマルクトのどこなんだ?」
「グランコクマだな。あそこは皇帝のお膝元でありながら監視の目が行き届いていない。法律に抵触するにはするが、摘発される心配がない。噂では、皇帝自ら使っているってネタも上がってるからな」
「皇帝自らねぇ。相手には苦労しなさそうに見えるけど?」
「見目が良く若い皇帝だからな。けど、なんだか古傷を抱えて后を娶るに至っていないらしい」
「ふーん。じゃ、頼もうかな?」
「連絡入れとくから、名前を名乗りな。場所は裏手通りの煙草屋地下だ」
「どうも」
「気をつけてな!」
ルークはとりあえず高い金を払って手に入れた偽造旅券でマルクトへ入り、懐かしい道を辿ってグランコクマへ向った。
成る程。キムラスカが王位継承者の命一人分を簡単に投げ出しても手に入れたがるだけある。
豊富な水に囲まれたマルクト首都グランコクマは、ルークの目から見ても素晴らしい景観でもってそこにあった。
言われた通りに裏手通りを煙草屋を探して歩き、その地下へ。
濁った空気の中にいる濁った目の男を見つけると。
「紹介されたルシアですけど?」と声をかけた。
男は振り向いて微かに目を見張る。
「あんたがルシアか?」
「そう名乗りましたけどね?」
男は検分するようにルークの全身を眺め、頷いた。
「丁度良い。今上客から連絡があってな。直ぐに行って貰えるかい?」
「荷物さえ置かせてもらえれば」
「勿論預かるよ。住む場所がないなら、用意して荷物を運び込んでおいてやるし」
「あ、それ助かるな。頼めるかな?」
「勿論だ。終わったら一度こっちに顔出してくれ、今日の分の報酬を支払うから」
「了解」
「場所はグランコクマホテル。二階の角部屋だ」
ルークは小首を捻って男を見る。
「随分と豪華な場所だね? 場末の連れ込み宿まがいの場所かと思ってた」
「上客だって言っただろ? 秘密厳守で教えるとだな、皇帝陛下だ」
「陛下ぁ!?」
またこれは。随分と高い偶発率だ。
「今から夜までのご指定だ。じっくりサービスしてやってくれよ」
「勿論。是非今後もご指名頂かないとな」
「ルシアなら簡単だろう? 名器と噂だからな」
「男なんですけどねぇ」
ルークは笑って肩を竦める。
とは言え、皇帝が買うならば、それは男になるだろう。子供が出来てはかなりまずいだろうから。
「んじゃ、荷物よろしく!」
「頼んだぞ!」
「りょーかーい」
ルークは地下を出ると、再びグランコクマ出入り口方面へと歩く。
グランコクマホテルはどちらかと言うと外部から来た者達が良く使う、中流ホテルである。値段もそれなり、調度品もそれなりの、まさにどこにでもあるホテル。
とは言え、こういうそれ専門の場所ではないから、そういう目的で使うのには、少しばかり具合が悪い。
「シーツの始末が面倒なんだよなぁ。タオルでも敷いておくか」
夜までということは、今がまだ昼なことを考えれば、一度きりで済むとは思えない。
まぁ、皇帝がどんな人物なのかはルークは知らないから、もしかすると一回こっきりの後で少しばかり恋人まがいの時間を取ったりするのかもしれないが。
どちらにしろ、時間が長いのは好都合である。
話したいことがあるからだ。
かなりの時間が経過していると言うのに、ルークの耳にはまだジェイドが帰国したという話は入ってきていない。死んだとは噂されているから、生きていたのならそれなりに噂になるはずであるのに、それが全く耳に入らないということは、要するにまだ帰国していないということだ。
同様に、生きているという噂がないということは、要するに何の報告もされていないということ。
ならば皇帝の耳には、まだアクゼリュスの真実が語られていないということになる。
ルークは聞いてみたかった。あの状況で、あの状態で、本当に同行者達が糾弾したようにルークだけに罪が存在するのか?
アクゼリュスを崩落させようとも、ましてや人を殺したいとも思っていなかったルークには、彼らの言うことは都合の良い結果解釈でしかないと思ったのだ。
誰もがルークが悪い、殺された人達の変わりに死ねば良かったのに、と言われ、心を傷つけながらも冷静に考えていた。
ミュウをその後の彼らから情報を引き出す為に、嫌がるのを無理矢理に彼らに預け、だからルークは一人で戻ってきた。
来る時の為に金を用意し、宮殿に忍び込もうとまで画策していた。
一重にマルクトの皇帝に会う為に。
グランコクマホテルに入ると、ルークは指定された部屋をノックする。
返事を聞き中に入ると、帯剣した銀髪の男ともう一人――高貴さはあまり伺えないがそれなりに威厳を放つ金髪の男が一人。
「ルシアです」
相手が皇帝であるならば、と必死に覚えた礼儀を前面に押し出し、礼を一つ。
驚いたように目を見張る彼らに笑みを一つ見せ、言った。
「三人でするんですか? あまり経験がないけど、頑張ります」
意味を把握したのだろう、銀髪の方が頬を赤く染めて「失礼します」と部屋を出て行った。
皇帝は――。
「あまりからかってやるな。あれは純粋なんだ」
「ベッド相手の男を買う皇帝に仕えている人なのに?」
「こういう場合に護衛をしてくれる奴は、どこぞをほっつき歩いているからな」
成る程、ではジェイドがこういう場合の護衛なのか。
道理だ。彼は皇帝の懐刀と噂されるも、それに相応しい器量を持ってはいない。だが、こういうプライベートの護衛をする人間なのならば、その噂は真なのであろう。
いわゆる、汚れ役ということだ。
ルークは促されて服を脱ぎながら、とりあえず、とベッドにタオルを敷く許可を得る。
人によってはシーツのすべすべ感がなくては盛り上がらないと文句を言う客もいる。
そういう客に限って、いわゆるそういう場所を好まないので、厄介と言えば厄介なのだが。
皇帝はそうでもないようだ。
「汚すのが面倒なら、風呂場でも構わないが?」
「体位が固定になるから、楽しみも半減しますよ?」
「んじゃ、タオルにするか」
言うと、ルークが準備をするのを待つでなく、自分からバスへ向ってバスタオルを持ってくる。
随分とフットワークの軽い皇帝である。あまりこだわらない性質なのか。
さっさと準備を終えた皇帝は、とりあえずとルークが準備した潤滑油などを拒否すると、朱色の髪を一房救い挙げ、唇を落とした。
「見事な髪だな。キムラスカ王家の縁者か?」
「縁者といえば縁者ですかね? 俺はルーク=フォン=ファブレのレプリカですから」
「!?」
「その話は後で。まずはどちらから? 俺から? 陛下から?」
蠱惑の笑みを見せると、ルークは皇帝に尋ねる。
彼は――。
「ではまず、味見から始めようか?」
言って、ルークを抱き上げた。
成る程皇帝の名は伊達じゃない。
ルークは絶え間なく揺すり上げられながらそう思った。
これまでとは比べ物にならない程に広げられた口が、悲鳴を上げる程に激しく、本当なら正気を残してサービスするべきはずが、巨大な快感の波に飲まれて正気のかけらすら残っていなかった。
女のように細い声を上げ、自由に動けずに縫いとめられた体を微かな抵抗に揺らす。
呼吸すらままならない中、ルークは必死に目の前の男の肩に縋り、足を腰に巻きつけた。
「へ……かぁ……っ」
呼べば唇をふさがれ、大きく温かい手が、ルークの欲の証を力強く握りこむ。
ぐちゅぐちゅと馴染みの音が空間に響き、高まる官能を限界まで引き上げた。
「も……いく…へい、かぁ……」
「いっても良いが、また最初からだぞ?」
「や、やだぁ……」
肉体的には十七歳のものを持っていても、中身はまだ七歳である。
実際、最初に斡旋業者に出会った時は、こういう仕事があることも、またこういう行為が存在することも知らなかった。
精神が幼かったからだろうか、慣れるのは早く、十七歳の体でも精神に引きずられていたのか、固い体もまだ柔らかかった為、負担も成人男性よりも少なかった。
そして何より、禁忌という思考がまだ生まれていなかった為、ルークは性に関しては奔放だったのだ。
「お前……魔性だな……」
ぐ、と大きく腰をグラインドさせて、皇帝は緑の目を涙で飾り喘ぐルークを見下ろす。
いやいやと首を振るルークは、年よりも幼く見えて、しかしそこらの女よりも艶っぽかった。
何度中で放っただろう。押し込めば隙間からあわ立った液が淫らに吐き出されるのを見ても、まだ収まらない。
繋がったまま何度もいって、いかせて。明るかった外は夕闇色に染まっていた。
ぐったり。
そう表現するのがまさに正確である状況の中、皇帝はルークの話を聞いた。
バチカルへ向う使者の話。
バチカルからアクゼリュスへの道中。
導師イオンの誘拐から、彼らのルークへの態度。
そして、ルーク自身が親善大使の命を受けた本人であることを。
皇帝は話を聞くと、驚愕した。
「キムラスカ王族が何故、こんな売春紛いなことをやっている!?」
「紛いじゃなくて、売春でしょう? 何故か、って言われたら、財布を持たされていないまま置いていかれたから、かな?」
元々金銭を持つような身分ではなかった。支払いは全て後でまとめて屋敷に請求がくるものだから、ルーク自身に金銭が与えられることはなかった為、親善大使として出発する時も、取り立てて金銭を持ち出すことはなかったのだ。
戦闘で得た金銭は、ルークに管理は無理だからとガイが管理していた。
その為、ユリアシティに一人残されたルークは飲み物一つ手に入れることが出来ず、外殻大地に戻って初めて仕事をしてやっと食事をしたのだった。
金銭がシビアに生活を左右すると知ったのは、体を売って二度目のことだった。
戦闘で魔物から得られる金銭では、とてもではないが生活するのには至らない。
では普通に仕事を、と求めても、ルークはこれまで屋敷の外で生活したことがない上、仕事についての知識が極端になかった。
「死ね、って宣言されたようなものですね」
無知なルークを放置していくということは、そういうことだ。
ティアは特別ルークの面倒を見ようともしなかったし、そもそも目覚めた時に側にはいなかった。
寝ている最中に世話をされたような気配もなく、ひたすら放置の状態を受け入れていたルークは、とりあえず生きる為に出来ることをするしかなかった。
斡旋業者に出会えたのは、だからある意味は幸運だったのだろう。
淡々と語るルークに、皇帝は困惑を極めた。
ルークは真実キムラスカ王家の血族でありながら、しかしレプリカであると言う。
偽物、人殺しと断罪されて放置され、生きることすらも許されないような状況に放置され、ここまで一人でやってきた。
彼は皇帝に答えを求めている。
アクゼリュスの罪は、本当に自分だけのものなのか、と。
皇帝は銀髪の護衛を呼び戻すと、ルークの衣類を整えさせ、宮殿に運ぶように指示した。
一度戻らないと報酬が貰えない、と困惑するルークには、今後は宮殿に暮らすようにと告げ、荷物は後で引き上げさせると約束した。