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罪深し至宝

「成る程……となれば、秘予言とやらも捏造であった可能性があるな……」
王は言い、傍らで愕然とするモースを見やる。
「今後のことについては、マルクト共手を取り合ってことを進めねばなるまい。ご苦労であったルーク」
「は!」
ルークは深く頭を垂れると、使者一行を連れて謁見の間を出る。
タタル渓谷から難関を越えてバチカルまで。急いできたのに一月近くかかってしまった。
謁見の間を出てから、ルークはジェイドに頭を下げた。
「俺の時間配分が悪かった所為で、本当にすまなかった」
「いえ。謁見についてお口添え頂けて、大変に助かりました。後、マルクト側から正式にお礼申し上げます」
「いや、それは良いよ。俺の権力を誇示するわけじゃないけど……実際に仲介者がいなければ商人以外のマルクト人が国境を越えられたかは疑問だからな。臨機応変な対応が出来なくて、本当に済まない……」
それに、ジェイドには一度、脅しのような手も使った。
タルタロス襲撃に関して、内にスパイがいる可能性も含めて、マルクトよりも先にモースの実情をキムラスカ側に連絡してくれたのはジェイドだ。ルークにはその方法がなかった。
よって、タルタロスにてのイオンとルーク襲撃。そしてカイツールにおいての六神将の襲撃。さらにファブレ家保有のコーラル城の無断使用。さらにモース配下ティアによるファブレ家の襲撃までを楽に報告出来た。
殆どがモースに関わる事象において、さすがのインゴベルトも予言に頼る気持ちも薄れただろう。
「後は……アクゼリュスでの住民避難に関する問題――ですね」
「やっぱり酷いのか?」
「状況はまだ……ただ、瘴気の発生からかなり時間が経っていますから……」
「そうか……心配だな……」
瘴気……というものが何か、ルークは詳しくは知らない。ただ、人体に有害なものだと、ジェイドから教えてもらっていた。
「とは言え、もう貴方の役目は終わったのです。本当にありがとうございました」
深く頭を下げるジェイドに、ルークは笑って「らしくないな」と告げると。
「また、何か俺に出来ることがあるなら、呼んでくれ。何時でも力に……とは言え、俺は大半は屋敷に監禁されて何も出来ないが、私用の連絡手段を用いてくれれば、陛下に進言くらいは出来るかもしれないから」
「お言葉ありがたく。では、私用連絡手段のガイによろしく」
「ああ。気をつけて」
「失礼します」
ジェイドと別れ、私的にファブレ家を見たいというイオンに、先駆けて使者を屋敷に送ってある。
暫く街を見て回り、連れ立って屋敷に戻ると、何処に消えていたのかアニスが走り寄って来た。
「どこに行っていたんですか?」
イオンに問いかけるのに「ちょっと街を見て回ってたんだ。陛下への謁見は終わったからな」ルークが答える。
「えぇ。一緒に行きたかったのに」
「悪い。でもアニスいなかったからさ」
「うー。連絡入れてたんですよぉ。バチカルに到着しましたって」
「連絡? どこに?」
「教団ですよ。導師守護役は導師の護衛として外に出る場合は、一日に一度の報告義務が生じます。それで」
「……一日に一度の報告義務……?」
それはおかしくないか? とルーク。
イオンを見れば、不思議そうな顔をしている。ということは、イオンはこの義務を知らなかった――というよりも、恐らくアニスがその義務を果している場面を見たことが無いのかもしれない。
「それって、教団を出発した時からずっとか?」
「はい。義務ですから」
義務――? だが、その義務が教団出発時から行なわれていたとするなら……話が食い違ってくる。
「イオン、そろそろ俺の屋敷に行こうか?」
「はい」
疑問を感じつつ、それをイオンに確める為、イオンを誘い屋敷へ。
「私もご一緒しても良いですか?」
問われるのに、イオンはやんわりと断りを入れた。
「これからお邪魔する先は公爵家なのですから、こちらの護衛を入れるのは失礼にあたります」
「でも、一時も導師から離れてはならないのが守護役ですぅ」
いや、今既に離れていたから。とはとても突っ込めない二人。
「悪いな。アニス。客人はもとより人数を添えてあらかじめ使用人に伝えておくのがキムラスカの礼儀なんだ。また今度」
「……判りました。また今度。お願いしますねぇ!」
手を振って離れていくアニスを見送って、ルークは難しい顔を隠しもせずにイオンを誘う。
多少、迎える客に対しては失礼だったようだが、どうにも頭の中を渦巻く不安を消せないのだ。
入り口でメイド達に迎えられ、茶の用意を広間から客室の方に変えるよう指示すると、ルークは奥まった客室にイオンを迎え入れた。
「母上と父上の挨拶と、屋敷の案内は少し後にしてくれ。確めたいことがあるんだ」
「はい……判っています」
イオンも何かに気付いているようだ。真摯な目で頷いた。
「その前に、お茶の用意が出来たら警護を増やすから、もう少し待っててくれ」
「はい」
用意は既に済まされているはずだから、ほんの少しの時間である。
ルークは道具袋の中に入っていたミュウを出すと、ベッドの上に乗せてやる。
「窮屈で悪かったな」
「大丈夫ですの~」
暢気でのどかな聖獣は、ベッドを走って主人の足元へ。
いかなる時でも離れません。とばかりの忠義振りは、いっそ見事と言っても良く。
「ルークが羨ましいです」
イオンは言った。
「何がだ?」
「頼りになる家臣がいます。ミュウは家臣……とは少し違うかもしれませんが……」
本当に羨ましそうなイオンに、ルークの不審は強くなる。
導師という立場上、ローレライ教団にいる大詠師以下は全て導師の部下になるはずだ。それが、イオンにはまるで信頼出来る部下の一人もいないかのような口調である。
「アニスがいるだろう?」
「……アニスは……僕が嫌いですから」
「は?」
いや、それはない。と大声で断言しても良い――とルークは思う。
他人を人とも思わない自己中心的な物言いをするアニスの中でも、イオンに対しての礼節は本物であった。
「……アニスはイオンが好きだよ。それは確実だ。けど……」
「ルークさま、お茶をお持ちしました」
「済まない。入れ!」
「はい。失礼いたします」
清楚な仕草でメイドが二人。ワゴンに乗せたお茶を運んでくる。
「お客様がイオン様ということで、ダアトの紅茶とキムラスカの金茶を用意させて頂きました。どちらをお召しになりますか?」
「ん。俺はダアトの方で。イオンは?」
「では僕は、キムラスカの金茶の方を」
「かしこまりました」
銀色のワゴンの上で、二種のお茶が高い香りを放つ。
「へぇ。良い匂いだな」
「恐れ入ります」
「ダアトで流行りのお茶ですね。確か……産地はセントビナーでしたか?」
「っていうと、何か薬草関係なのかな?」
「そのようですね。一日の疲れを取ってくれると噂で、良く飲まれています」
「へぇ」
楽しみだ、と瞳を輝かせるルークに、イオンはクスリと笑いを零す。
子供のようだ……と思ったのは、本人には内緒にしておくことにする。第一に失礼にあたるだろう。
受け取ったお茶を口に運び、その味と香りににっこりと笑った主人と客に一礼して、メイドは下がっていった。
呑めば呑む程に味の出るお茶に、イオンは感心した。流石光を象徴しているキムラスカだ。
「良いお茶ですね。金茶というものを、僕は飲んだことがありませんでしたが……」
「なんでも乾燥のタイミングが難しいらしい。足りないと緑茶になるし、過ぎると紅茶になるとか」
「ああ、そうですね。乾燥具合でお茶の種類も分かれますし。深いですね。ただのお茶なんですけど」
「な! 今度家に来た時は、緑茶も飲んでみると良いぞ? メイドの一人がお茶の種類に詳しくて、かなり美味いのが揃えてあるからさ」
「そうですね。試したいと思います」
暫くは茶請けのクッキーをつまみながらの茶会になる。
かろうじて和平を受け入れたキムラスカによって、イオンもお役御免となるのだ。
恐らく律儀な性格だからマルクトに報告に戻るのだろうが……。
「な、イオン」
「はい?」
「俺はこの屋敷から出た日、師匠――ヴァン=グランツから、導師は行方不明だと言われた。だからバチカルに滞在していた師匠がダアトに呼び戻されるって……」
疑問を口に乗せれば、イオンは悲しげに俯く。
まるで何かを耐えるようなその仕草に、ルークの不安は大きくなった。
「……ルークには申し訳ありませんが……僕はその覚悟で教団を出たのです。短慮だとは思いましたが、現状……教団の実質的な権限はモースの下にあります。ですから、僕が和平の使者として外に出る許可を求めても、モースの圧力でそう出来ない可能性がありました」
「だから行方不明覚悟か……」
なのに、イオンの行き先は誰かしらから知れて、何度も誘拐されかかる。
「ところでさっきのアニスの話なんだけど……」
「はい……」
言われるだろうことが判るのだろう。イオンの表情は暗いままだ。
だが、もしも予想が的中しているなら、大した犯罪者をダアトは抱えていることになるのだ。モースも含め。
モースに関しては既に済んでいるが……。
「一日一度の報告の義務。これを正規の形で果しているなら、イオンは行方不明扱いになっていないはずだよな?」
「はい……」
「なのに行方不明だとヴァン師匠は呼ばれた。ということは?」
「……アニスは、両親を……人質に取られているのです」
「人質?」
それはまた……姑息というか古いというか……なんとも言い難い状況である。
まぁ、ここでイオンがこれをルークに言ってしまうのもかなりうかつなのではあろうが……。
「それは、モース相手に?」
「だと思います。はっきりとは、僕も判らないのです。ただ……アニスはモースが推薦してきた導師守護役で、彼女の身上書を見たら、彼女の両親はただ働き同然に教団の仕事を……」
「要するに、スパイを無理強いされているということか」
「ではないか、と思います」
「ってことは、重要な場面でイオンを守りきれないのは、意図があったということになるな」
チーグルの森しかり、タルタロスしかり。
いや、チーグルの森は完全なアニスのポカのように見えるが……だが、その後のタルタロスの襲撃に関しては疑う余地もないだろう。
和平の使者と言っても、それを掲げて移動していたわけではない。故にそのタルタロスに導師が乗っているとは、普通考えないものだ。
なのに神託の盾騎士団は襲ってきた。襲うだけならまだしも、皆殺しだ。
明らかに間者がいて尚、襲撃自体をなかったことにする為の証拠隠滅にしか思えない。
「……他国のことに口を出せる身分じゃないんだけど……今後イオンの身の安全を確立する為に、アニスは守護役からはずすことを勧めるよ」
「……ですが、彼女の両親のことを考えると……」
「いや、両親よりもアニスのことを考えるべきだと思う。タルタロスの襲撃が、もしもアニスに責任の一端があるとするなら、既にマルクトの法で裁かれるだけの大罪人だ。これ以上罪状を重ねさせない為にも……アニスはまだ若すぎるくらいに若いんだから、これから先に平穏な人生を送れるように。上司ならそう考えてやらないと」
は、っとイオンはルークを見上げる。
「あなたは……本当に優しい……」
道中、イオンでも顔を顰めるような失礼を、アニスは重ねていた。
たしなめなかったイオンもイオンだが、それを容認し、なおかつアニスを気遣っているのだ、ルークは。
「そうですね。彼女の上に立つ者なら、そうすべきですよね」
「とは言え、俺の話や忠告を鵜呑みにする必要もないと思うけどな。要はイオンの判断だろ? だが、イオンは導師なんだから、下に立つ者の為に自分の身を誰よりも大切にしなくちゃ駄目だ」
「はい」
「それに、本当は俺が……イオンに傷ついてもらいたくないんだよな」
入ったルークは、頬を赤らめてそっぽを向いた。
純白で真っ直ぐなルークの気性は、ある意味世俗にまみれておらず酷く眩しくイオンには移る。
誰かが見れば、世間知らずな理想論者と言うかもしれない。でも、その姿を見て癒される――救われる人間も、少なからずいるのだ。
「ありがとう……ルーク……」
そして、導師という地位にいるからこそ、こうしてはっきり忠告をしてくれない者達の中、唯一イオンにはっきりと告げてくれるルークの存在は、イオンには希少で貴重だった。

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