※ここからルークのイメージが崩れていきます。
「は? 俺……いや、私がですか?」
ぽかん、とルークは国王に対峙していた。
周りもぽかん、である。
「失礼ながら、インゴベルト陛下。その命令は、本気……でしょうか?」
思わずジェイドも聞いてしまったくらいだ。
いや、ジェイドならずともナタリアだって聞きたかったくらいだ。
だが、インゴベルトはどこに問題がある? とでも言いたげに周囲を見回し、頷いた。
「ルークなら申し分ないだろう。身分もわきまえておるし、判断力行動力、その他どれをとっても問題ない」
いや、表から見ればそうだけど……と思ったのは、ナタリアだった。
確かにルークは、記憶を失って以来勤勉に時を過ごし、今では記憶を失う前となんら遜色のない貴族の青年へと成長した。いや、まだ少年だろうか……。
だが、ルークには外に知られてはならない秘密――というか、欠点があるのだ。
それを、王は判っていない。
今ルークが告げられたのは、マルクトからの親書によって願い出られた、アクゼリュスへの救助要請の件について、である。
和平の一環としてのこの派遣に、王はルークを親善大使として任命し、救助隊と共にアクゼリュスへ赴けと、そう言っているのだ。
とんでもない命令であった。
「しかし陛下、俺――いえ、私には外交の経験もなく、公務一つすら負ったことはございませんが、その私で今回の要職が勤まりますかどうか……」
いや、絶対に勤まらないことは判りきっている。
「ルークが行くことに意味があるのだ。実はこの件、予言に詠まれておってな」
「予言?」
「そうじゃ」
怪訝な表情を浮かべるルークに気付いた風もなく、国王は傍らにキムラスカの貴族のように立つローレライ教団大詠師に視線を送る。
大詠師は何を勘違いしたのか、実に偉そうに前に出ると、よりにもよってその場に居合わせたティアを呼び寄せ、どこに隠していたのか、譜石を詠むように、と告げた。
ルークは舌打ちして、言われるがままに詠むティアを睨みつける。
まるで他国の王城内部とは思っていないらしい、ローレライ教団の傍若無人振りに、いっそ殺意がもれ出でそうだ。
「ルーク様」
ジェイドにたしなめられ、かろうじて殺気を消すが、目つきが悪くなるのは止められない。
「……馬鹿な行動と馬鹿な奴らに吐き気がしそうだ」
「私もです。愚痴なら後でお付き合いしますから、今はこらえてください」
「……判ってる……」
大体にして、何故この場にティアがいるのか、理解出来ない。
ティアはファブレ家に忍び込んだ賊である。本来なら、帰国後直ぐに首を切られても不思議はない程だ。なのにティアは、五体満足のままこの場に立っている。
譜石を詠み終えたティアが下がり、どうだ、とばかりに国王がルークを見るが、ルークはさらりと「聞いていませんでした。申し訳ありません」と流してみせた。
これぞ不敬であったが、ティアが許されるくらいであるから、ルークも咎められることはあるまい。
案の定、父の厳しい視線が向いただけで、ルークの件は不問とされた。
「とこで、ヴァン=グランツ謡将の件だが……」
「ああ、直ぐに処刑として下さい」
「……は?」
誰もが驚きの目で見るのに、ルークのほうが驚く。
「何故そこで驚かれるのですか?」
「いや……そなたはヴァンを慕っておったのではないのか?」
「慕う? 貴族の俺に、礼の一つも取れぬ馬鹿者を、ですか? どこの節穴がそんなことを言っているのですか? 不敬で投獄してください」
ジェイドが隣でくすりと笑うのに、ルークはこそりとその脇を突付いた。
「グランツ謡将のことは、剣の師匠としては尊敬しています。ですが、人間的に尊敬できるところはどこにもありません。このバチカルへ戻る道中ですら、私に命令はする、導師イオンには不敬の数々。ティア=グランツと共に旅してくる最中、何度も思ったことですが、ローレライ教団は礼儀作法について教えてはいないのですか? それともキムラスカにしろマルクトにしろ、予言の徒であるからには、ローレライ教団の誰もにこちらがへりくだるのが当然だと?」
ねぇ、大詠師殿? と名指せば、モースは顔を真っ赤にする。
「貴様、言わせておけば」
「ほら、それも不敬ですよね? 私はキムラスカ・ランバルディア王国ファブレ公爵が一子、ルーク=フォン=ファブレ。誰に対しての物言いですかっ!」
厳しい声で問えば、モースは悔しげに顔を歪めた。
結局ヴァンは先遣隊と共に、陸路で先にアクゼリュスへと発つことになった。
本当なら共に船旅なはずだったが、ルークが嫌がったのだ。
「誰があの髭と同道したいものか」
これがルークの言い分である。
「ルーク様。仮面が外れていますよ」
「外れもする。こんな理不尽があって良いものか。俺の役目はマルクトの和平の使者を陛下に会わせるまでだろう?」
「そうなんですけどねぇ……」
ジェイドも溜息を吐く。
まさか予言が絡むとは思わなかった……というのがジェイドの感想だ。
「第一アクゼリュスには瘴気が満ちているんだろ? 奴らは俺を瘴気まみれにして殺す気か?」
「その可能性はなきにしも、ですね。あなたは何か重要な役目の為に、成人までという期間を設けられて閉じ込められてきた。そうですね?」
「ああ……」
「理由は一度誘拐された記録があるから」
「そうだ」
「ですが、一度誘拐されたことがある人間でも、屋敷から一歩も出るな、なんてことは、ありえないんですよ」
「だろーな。俺もそう思う」
だが、その非常識を押してもルークを閉じ込めておきたかったのは、確かにルークの身の安全を図る為もあるのだろうが、むしろ、いなくなってもらっては困るから、と取れないこともない。
「予言か……」
ティアが詠んでいた予言を、ルークは話半分も聞いていなかったが……もしかしたら、あれに何か秘密があるのかもしれない。
とは言え、あれだけの人がいる場面で、全てを晒すような馬鹿はしないだろうが。
「あ、とこでイオンは?」
「ああ。本当ならば、本日中にダアトに帰還なさる予定でした」
「でした? ってことは?」
「誘拐されて行方不明だそうです」
「…………………………………………」
「おかしいですよねぇ、側には導師守護役がいたのに、何故誘拐なんてされるのでしょうか? しかも何故か私に報告にきたアニスは、肌はつやつやですっきりした顔をしていましたよ?」
「……要するに、護衛は怠慢だったと?」
「そのようですね」
にーっこり、と笑うジェイドに、ルークは多少眉をひそめはしたが……だがむしろ……。
「何やってんだ、あの導師守護役はぁっ!!!!!!!」
ぱしーん!
どこに隠していたのか、ルークの手に握られるのは、鞭。
「おや、とうとう出ましたか。ルーク様三大神器の一つ、鞭、でしたね」
「荒縄の方が得意だぞ? 俺は縛るのも縛られるのも好きだ。父上はどちらかというと……」
「……ファブレ家のただれた性生活は結構です」
「なんだよ、面白いのに……にしても、イオン……俺の癒しが……………………」
「おやぁ? ルーク様は清楚な可愛らしい方が好みですか」
「うーん。美形も好きなんだけどさ。ほら、イオン見てると、俺も純情可憐だった頃を思い出して、なのか良いんだよなぁ、こう、ほっとするし」
「……あなたにも純情可憐な頃があったんですね」
「おう。俺は可愛かったぜ、きっと」
「仮定形をつける時点で、既にそれはガセですよ」
「ぶー」
起用な手つきで鞭をしまったルークは、暫く考えた後に、呟いた。
「ガイに助けに行かせるか」
「……一人で、ですか?」
「死ぬ気になりゃ、やれるだろ? だって俺は行けないし?」
「ですね」
「で、問題の導師守護役は?」
「港からけり落としておきましたけど?」
「うわー、鬼畜ぅ」
「本当にね、何故軟禁中のキムラスカのご子息が、ケセドニアの某店に現れるのか……」
「人違いだろ?」
「だと、良かったんですけどねぇ……。でもルーク様、有名ですよ?」
「何が?」
「キムラスカの至宝と呼ばれているそうですね」
「……」
「確か、麗しき女王様でしたっけ? 名前は……」
「悪かった! ジェイドは鬼畜じゃない!」
「判れば良いんです。陛下もルーク様と会えるのを楽しみにしてますよ」
「同好の士なんて、嫌いだ……」
ルークは呟いて、さりげなくジェイドの腰を蹴った。