ケセドニアについた時点で、ルークはガイに、イオン救出命令を出した。
丁度良くアッシュから、頭痛込みの呼出し命令が来たのだ。
駄目押しに「ここまでこれるか、お坊ちゃん」との一言があり、最初は自分で赴き捕獲→調教しようと思ったのだが、あまりの怒りにその気が失せた。
最初は一人では無理、と首を振ったガイであったが、無事イオンを救出プラスアッシュを捕獲してきたら、一日言うことをなんでも聞いてやる、というルークの言葉に目を輝かせ、嬉々として砂漠の中を走り去っていった。
果たして、呼び出し先のザオ遺跡の場所を知っているのだろうか?
知らなくても勘でどうにかしそうな勢いであったが……。
「本当に忠実な犬を持っていて、便利ですねぇ」
「ジェイドだって持ってるだろ、犬? それともジェイドの方が皇帝の犬か?」
「忠実な僕、ということに関しては私は犬ですね。首輪もついていますし」
「軍服か。本当、誰から見ても直ぐに判断出来る首輪だな」
「でしょう? 便利ですよ、軍服。その形状とラインによって、犬の忠実さ具合が判る。中には、振りをしている者もいますが」
「なかなか身につまされる話だな」
ルークはうっすら笑って、隠していた鞭を舐める。
「それで? ルーク様の忠実な犬は、彼だけですか?」
「まさか! 表だって犬と認めているのが奴だけ、ということだ。ファブレの名を舐めるなよ? 歴史上からは既に記録は消えているが、ファブレは元々旧聖家の末裔だ」
「成る程、あのイスパニアの支配時代の、ですか」
「そう。なんで、世界中に犬がいるさ。だが、彼らは表立ってはそれを名乗らないだけだ」
事実が闇の中に消えたから、名乗らせないし名乗らないだけのことで、今も連綿と続く聖家の末裔は、その家臣共に隠れて過ごす。
じっと裏で息を潜め、いざという時には聖家の主を守り尽くす。
「ならば、何が起ころうと安心ですね」
「というのが、まぁ、落とし穴というか……」
無意識にだろう、見事な鞭捌きで方々を破壊しながら、ルークは唸りを上げる。
「聖家の末裔の家臣が、何事にも対処出来る程に優秀かと聞かれると、またこれは別でな……」
「別……ですか……」
「国が存在していた時代ならまだしも、こう遠く離れた家臣にはとでもではないが教育が施せないだろ? どこまで使えるのか、使ってみないと判らない、というか……」
全く……、とルークは吐息する。
「一人だけ確実に使える人間がいるんだが、連絡を取るにも一苦労で……」
「連絡手段に問題があるとか?」
「というか、俺が身元を明かして接触すると、そいつは反逆罪の汚名をきそうでな……」
「……マルクトの軍人ですか」
「そういうこと」
瞬時にジェイドは、知りうる限りの情報を洗い出し、選別をする。
「まさかと思いますが……」
「判ったのか?」
感心したようにルークが言うのに、いや、それはありえない、とジェイドは首を振る。
あまり、信じたくはない。
「いえ、実際にお会いして、結果を知りたいと思います」
「賢明だな。見る目が変わるぞ? あれは凄い猫かぶりだ」
にやりと笑うルークがとても楽しそうで、ジェイドはうんざりした表情になる。
全く、何故自分の周りには、こんな破天荒な人物達が集まるのだろうか?
自分のことを棚に上げて思うのは、そんなことだ。
「では、アクゼリュスへ直行しますが?」
「問題ない。準備も万端だ!」
ルークがガイから受け取った巨大な荷物。
とてもではないが、ルークには持ちきれないだろうと思っていたその荷物を、軽々とかついで、ルークはにっこにっこ笑って頷く。
一体どこにそんな力が?
「馬車でも使いますか?」
「いや? マラソン」
「……はい?」
「だから、マラソンしていく」
「……どこの熱血スポーツ少年ですか」
「だって、見たいだろ?」
「何が、ですか?」
「どこまであの軍人さんが頑張れるのか?」
「あー……」
ジェイドが振り向いたそこには、彼らが望んででもいないのに同行を要求された、神託の盾騎士団情報部所属の女軍人。
バチカルへ自らルークを送ると同行し、結局捕まったのだが、大詠師モースの後見を受けているとかで、案外と直ぐに出獄した、自称ユリアの子孫。
少し離れたところに一人で立たされている彼女は、柔和なルークの微笑みに騙されて、全身を荒縄で縛られている状態。
所謂、亀甲縛りされていて、実に悪目立ちしている。
離れていて良かった。
「彼女が嫌いですか?」
「嫌い、だね」
「非礼だから、ですか?」
「いや? 俺は公爵子息っても、そんなにお上品な人間じゃない。ファブレなんて、穢れてなんぼの家なんだから、そんなことにいちいち目くじら立ててたら、公爵家なんてやってられないさ。けどな、俺は人によって態度や言動や思想を変える、差別的思考の持ち主が大嫌いなんだ」
「成る程」
確かにティアは、人によってその態度や言動、その思想までを臨機応変に変えてくる。
ティアにとってはこれは礼儀の分類であり、極当たり前の常識として行なっていることなのだろう。
だが、やられたほうはたまったものではないのだ。
ころころ変わる言い分。誰かの意見に反対したと思ったら、別の人間の同じ主張には同意する。
とてもではないが、信用出来ない。
「俺ら貴族ってのは、それなりに危険な毎日を生きている。誰が信用出来るか誰が信用出来ないか、慎重に判断しなくちゃならない」
「だから、差別思考の持ち主は、困る?」
「困るのもあるが、嫌いなんだ。差別思考の持ち主は、何時だって態度がころころ変わって判断がつきにくい。俺らが最も忌み嫌う存在だ」
「成る程……」
まったくもって、ルークは貴族向き思考の持ち主だ。いっそ見事なくらいに。
だが、逆に言うと、ルークのような人間は、扱いに困る。
どこまでも芯が通っているだけに、王にしたら御しにくい存在でもあるのだろう。
成る程、その所為で、本来ならありえないアクゼリュスの親善大使に選ばれたのかもしれない。
瘴気障害にかかってくれたらバンバンザイ。とでもいうところか。
「あなたも、もうちょっと柔らかくなれば良いと思いますよ?」
マルクトの皇帝程度に。
「十分柔らかいと思うぞ? なにしろ十五の頃から銜えた男の数は……」
「そっちじゃありませんっ!」
「あー、ヴァンも銜えちまったから、あんなに馴れ馴れしくなったのか?」
「……ヴァンも、ですか?」
「いやぁ、なんかねちっこい目で見るもんだから、一発したいものかと思ってなぁ……」
「節操ないですね」
「ファブレに節操を求める方がどうかしてる。母上くらいだろ? 生涯父上一人とか言いながら健全生活送ってるのは」
「そうなんですか?」
「替りに、息子を使って妙な小説書いてるけどな」
「…………………………」
「結構儲かるらしいぜ? 名前変えてるけど、めちゃ売れっ子。ジェイドも顔だけは綺麗だからなぁ。もう既に母上の文章上で、誰かを絡まされてるかもしれないな」
「……………………………………」
ジェイドは、キムラスカの終わりが見えた気がした。