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緊張で手が震えて上手くキーが入らない。それでもなんとかしてトラックを発進させた。少し行ったところに公園があるのだ。どこにいても目立つ彼はそこがいつもの逃げ場らしかった。 ナンパが成功したのかどうかは疑問だったが、彼はやらせてくれたら付き合ってもいいと言ったのだった。熱に浮かされていた私は普通なら低俗すぎて相手にもしないような条件を呑んでいた。 公園で野外セックス? なんてどっちが低俗か分からないことを考えて、緊張でガチガチになっていた私はまた笑われてしまった。笑うと言っても都築くんは「アハハ」なんて声に出して笑う訳じゃない。口の片端をちょっと上げてニヤッとするのだ。またそれが堪らなく決まっていて悔しいくらいだった。 「こんな所ではしない。安心していい。でもそっちの条件を聞く前にこっちの条件を言う」 条件? いつの間にそんな取引になってしまったのだろうか。 「あんたが俺の後輩の童貞を切ってくれたら俺もあんたの相手をしてやる。それからその内容によってはあんたの条件も聞いてやる」 「ちっ違う子のセックスの相手をするの?」 「ああ、無理にとは言わない。ハッキリ言ってそれくらいの頼みで俺と肉体関係が持てるなら喜んで、って女は腐るほどいる」 「じゃあ何で私に?」 「俺を笑わせた女はそうはいない。それに冬哉の好みっぽいからな。しかも丈夫そうだ」 「こっ子供を産む訳じゃないでしょう」 つい声が大きくなってしまった。セックスするのに関係ないじゃない。確かに体の丈夫さには自信があったけれど。 「どうする?」 考え込んでしまった私を見てもう一言付け加えた。 「冬哉は可愛いぞ。高校2年の16歳だ。こんな若い男と寝れるのはこれから一生無いかもしれんぞ。そっちからしてみれば随分おいしい話だろうが」 そっそんなこと言われても、私は風俗嬢じゃない。それを生業としてるわけじゃないのだ。それに男の経験が豊富なわけでもないからセックスに自信がなかった。 「私‥、上手‥じゃないよ?」 「ああ、それは別にいい。あんまりセックス慣れしてる奴はこっちがご免被る。俺が冬哉には教えてやるから。じゃあそっちの条件を言ってみろ。大抵のことは聞いてやるから。その前に名前を聞いておこうか」 まっ待って。そんなにポンポンと話を進めていかないでよ。俺が教えるってもしかして3Pになるの〜? 頭がパニくってるのに都築くんは容赦がない。 「頭の悪い奴は男でも女でも好きじゃない。聞かれたことはすぐに答える」 「はっはい。名前はです」 「か、分かった。それで? 俺に何がして欲しいんだ」 名前を呼び捨てにされて心臓が高鳴る。ニヤリと微笑しながら悪巧みのように聞かれると、隠しておきたい嫌な心が引き出される。 「彼氏になって欲しいの」 「ふーん、もっと面白いことかと思ったのに案外つまらん話だな」 どうして。こんな必死で言い募ったことがつまんないの? 「私、都築くんのことが好きです。仕事であの大学に行くようになって、つまんなかった仕事に楽しみを与えてくれて、だから彼女にして欲しかった。彼氏になって欲しかった」 「別をあたりな」 都築くんはそう言うとあっさりと立ち上がった。 「待って! 付き合ってくれるって言ったじゃない」 「そう、付き合ってやるとは言った。どこへでも、なんにでも、どんな茶番にでも付き合ってやる。そういう意味だ」 なんとかして引き止めなくっちゃ。私の頭はフル回転する。 「分かった。1ヶ月間彼氏になって」 「一ヶ月? 長すぎるな」 「じゃあ半月。‥分かった10日でもいいから」 「10日なら理由によりのってやろう」 りっ理由? 彼氏になって貰うのに理由までいるの? 「理由‥」 「そうだ。何故今日俺に声を掛けた。いつものように見ているだけじゃいかなくなった理由があるんだろう?」 「いっいつも?」 「その目立つ服装でいたら体育館ではすぐ分かる。バレー部の間じゃけっこう有名だぞ」 ひぇ〜〜。滅茶苦茶恥ずかしい。いい年こいて、なんて言われてたんだろうか。 「だから理由があるんだろう?」 今度はからかってる雰囲気も消え、何も感情が読みとれない表情になる。こんな冷たい顔は初めて見る。でもそれが何故か心地いい。 同情でも情けでもおもしろ半分でもなく、そしてきっと自分には関係ないと思ってるのが何を言っても許されると思わせてくれる。 「今度‥、創立50周年のパーティがあるの。同伴オッケーだからみんな彼氏を連れてくるって張り切っちゃって。そんで私の大ッ嫌いな奴が彼の顔見るの楽しみ〜、とか言うから居もしないのについつい、楽しみにしててね、って言っちゃったの」 そいつは私の同期で、私が入りたかった企画でちゃんと栄養士してるのだ。会う度に「逞しくなったわね」とか思いっきり嫌味を言ってくるのだ。だから売り言葉に買い言葉でそんな啖呵を切ってしまったのだった。 そうか、だから私は都築くんを思わず追いかけてしまったんだ。そうだったのか。 自分の気持ちにいまさらながら気が付く。そしてそれを見越している都築くんの凄さに寒いくらいのものを感じてしまった。 「なんだ、ちゃんと面白いことがあるじゃないか。俺の目は狂ってなかったな。さっき外したかと思って少しガッカリしたところだったぞ。良し、そこで恋人すればいいんだな」 「でっでも、まるで取って付けたようにだとばれそうだし。だからちゃんと彼氏になって欲しかった」 「それはいつだ」 「来週の日曜日」 「今から暇か」 「夕方までは」 「俺も今日は空いている。だから今から自分のことを全て話せ。俺は一度聞いたら大抵のことは覚えている」 もちろん覚える気がないと頭には入らないがな、と付け加えた都築くんはとても年下には思えなくて。どうしてなんだろう。私の方が確実に人生長く生きてるはずなのに。人との関わり合いだって、社会人経験だって。学生とじゃかなりの開きがあってもいいのに。 これは生きてる年数じゃなくてやはり性格なのだろうか。私みたいに悩んだり悔やんだりしないで老成しちゃったのだろうか。 そして都築くんに質問されるがままにありとあらゆることを答えていた。初恋、ファーストキス、初体験、昔の彼のこと、その彼とのエッチの仕方、果ては仕事のことからその不満点、実は栄養士になりたかったことまで。 「今の仕事は面白くないのか」 「えっ、面白く‥ないかな」 「どこが」 「力仕事だし‥」 「体使うことは嫌いなのか。俺にはそうは見えんが。あとは」 「トラックの運ちゃんだよ」 「格好いいじゃないか。不満か」 「うっううん、運転好きなの」 「他には」 「こんな格好して‥」 「俺にはがその姿でどこへでも歩いていく姿は誇らしげに見えたがな」 なんか、なんかおかしい。私、この格好を恥ずかしいと思ったのはさっき都築くんに話しかけたときが初めてだった。 別にトラックの運転も配達も嫌いじゃない。ううん、むしろ好きかもしれない。体を動かすことは好きだし、運転も好き、いろんな人と会えるのも楽しい。なぜ自ら女の枠に嵌めてしまったのだろう。男女の区別を取り払ってしまえば何も悩むことはなかったのだ。 「でも栄養士したかった‥」 「じゃあ会社変わるとか、それよりも自分の会社でも配置転換とか人事部へ届けたりしたのか。俺の親父がよく悩んでるぞ。好きなところへ行かしてやりたいんだがなって」 私‥、なんにも努力してなかった。就職は難しいって決めつけてた。今の会社へだって一度だって変わりたいって言ったことなかった。 まだ夢は叶うかもしれないんだ。学生を羨む必要なんてなかったんだ。私だってまだまだ希望を持っていていいんだ。落ち込むのは全ての希望が絶たれたときでいいんだ。 なんか、なんか話してるだけで、人に話すだけでこんなに心が洗われるなんて。自然と涙が零れていた。 「。ほら、目を閉じろ」 何? 目をつぶると溜まっていた涙がポタポタッと落ちる。頬を拭こうと思った手を掴まれた。そして顎にも手が掛かる。 えっ? そう思って目を開いたときには虎王くんは視点が合わない距離にいた。キスされて頭が芯から痺れる。ゆっくりとした舌の動きに膣がギュッと締まる。 ウソ‥、19歳の少年に、キスだけで私感じてる? 「さて、お楽しみはまた今度だ」 ボーッとしてこんにゃくにでもなった気分だった。 「この俺がここまでしてやったんだから、冬哉にはいい思いさせてやってくれよ。きっちりとこの分は支払って貰うからな」 背中が寒気でゾクッとするほど悪人の笑い方だった。 でも私はさっきのキスで深く考えることが出来なかった。 ここで‥、ここで引き返せばこんなことにはならなかったのに。 後悔しても、虎王くんの虜になってしまった私には既に遅かったのだ‥。 |