永遠の拘束1

 それは桜が咲き誇る4月4日のことでした。私は誕生日の言い訳を背に、ここまで来てしまいました‥。

 見つかったらまず間違いなく怒られるでしょう。そう、彼は感情を露わにして怒ることはないですが、ゾッとするくらい冷えた目で一瞥して無視するのです。
 その冷たい目も身体が燃え上がるほど魅力的ではあるのですが、その後何ヶ月も連絡一つ取らせてくれないのはとても辛いのです。

 私には彼が全てなのに。

 月に一度くらいはエサをもらわねば、例え玩具だって壊れてしまいます。いえ、彼にはそんなことはお見通しなのです。分かっていてするのですから怒っているということになるのですが。


【朝日鋼鉄−サンライズ 公開練習会場 】

 見つけた看板には、この体育館で朝日鋼鉄のバレーチームが練習していることが書かれています。
 とうとうここまで来てしまいました‥。
 何度も止めようとして、それでも足はこの体育館へ向かってしまいました。
 まだなお中に入ることがためらわれます。

 しばらく入り口で躊躇していると、次々に若い女の子が入っていきます。
 私を見て同じように忍び笑いを繰り返す女の子たち。笑われるほど私は変なのでしょうか。いい歳をした男がこんな所へ来たらおかしいのでしょうか。少しひがんでしまいます。もし‥私が女ならもっと堂々としていられるのに。

 でもその理由はわりとすぐに分かりました。
「あの‥、待ち合わせですか?」
 中から出てきた子に声を掛けられました。
「いっいえ。そうではありません」
「え、ならどうしていつまでもそこに‥。あ、あのすいません。出しゃばってしまって。もう練習は始まってます。1時間もそうしていらっしゃるからどうしたのかと思って」
「え、1時間も経ってますか」
 慌てて腕時計を見れば、なるほど既に2時を過ぎています。練習開始時刻です。

「ええ、思い詰めたような顔をして」
 にこりとされて頬が熱くなりました。私は彼女にすっぽかされた可哀想な男として笑われていた訳ですか。見た目は何故だか若く見られ、学生に間違われることも未だにあり、OLさんのようなこの彼女からは年下に見られているのかもしれません。

「見知らぬ私なんかに気を遣って下さってありがとうございます。彼女は来ませんでしたが、バレーは大好きなので見学していきますね」
 その女の子に笑顔を返し、丁寧にお辞儀をして、それから意を決して中に足を向けました。すると‥。
「あのっ、彼女が来ないのなら私と一緒に見学しませんか」
 ああ、なんて優しい子なのでしょうか。一人で見るには寂しすぎると思ってくれたのですね。こんな子には嘘を付かない方が良かったですね。

「慰めてくれたんですね。どうもありがとうございます。でも一人で大丈夫ですから」
 はっきりと断ると少しシュンとしてしまったようです。心の中でもう一度すいませんと謝ってから中に入りました。


 中からは懐かしいとも思える試合の緊張感が伝わってきました。

 これは‥。

 女の子が沢山来ているのが納得できました。チーム内で試合をしていたのです。逆に言えば試合形式じゃないとこれほどの客は呼べないんでしょう。しかし試合なら彼が練習しているのを見ることは出来ないかもしれませんね。少しガッカリしました。
 入り口の人混みをかき分け、正面の観覧席まで来ました。なるべく目立たないよう後ろの方に腰掛けます。前の方にはしっかりと追っかけがいます。

 この朝日鋼鉄サンライズは来年度のVリーグ入りを目指していて、実力も人気も急上昇中なのです。そんなところに目を止められるなんて‥。まるで我がことのように誇らしげになってしまいます。
 落ち着いて眼鏡をかけ、どこにいるのか捜そうとしたその瞬間。

「こらぁっ都築。お前社会人をなめとるのかっ! 本気ださんかぁっ」
 監督の怒鳴り声が聞こえ、なんと都築くんのあの綺麗な顔を張り倒したのです。

 体育館中にその音は響き、それから女の子の悲鳴が響き渡りました。そして耳を塞ぎたくなるようなブーイングが沸き起こります。

 都築くん、やはりこちらへ来ても人気が高いようです。そりゃあの顔でチラッとでも見られたら、心臓が止まりそうになります。そしてあの身体を見たら、今度は確実に3秒は心臓が止まることでしょう。
 人間、美しいものには弱いのです。

 見つけた途端のこの騒ぎに驚きながらも、状況を把握します。

 テスト生として呼ばれただけなのに、既にこんな試合に出してもらえるなんて‥。しかもちゃんとセッターとして登場してます。
 監督自ら都築くんに声を掛けた、と言うことでしたが、それだけ彼の才能を認めているのでしょう。

 都築くんは中学も高校もバレーが有名な所へは進学しませんでした。そして大学も一番近くの国立、そう決めて入学してしまいました。だから今まで彼についてこれる人間がおらず、一人だけ本気を出しても浮いてしまうので五分か六分の力しか出せませんでした。
 しかも188センチある身長はアタッカー向き。跳躍力、滞空時間、一瞬の冷静な判断力、それがまたアタックの決定率を引き上げてしまって。大学ではたまにセッターもしてますが、どうしても得点力として期待されてしまうようです。

 彼の本来の力が生きるのはセッターなのに。あの天才とも言える情報収集、そして処理能力はセッターにて使うべきなのです。
 しかしそれはそれだけのアタッカーがいないと全然目立ちません。だから今まで積極的な勧誘を受けたことがなく、大きな舞台へは出たことがありませんでした。

 私は殴ったことよりも、彼の才能に気付いてくれたことを喜んでしまいます。


 けれども最近まで現役で活躍していた宇治田監督。そのアタックは人間を吹き飛ばすほど重いと言われており‥。その監督の遠慮のない張り手はかなり痛そうでしたのに、都築くんは一瞬顔を横に向けただけでその後は変わりありません。いえ‥もしかしたら喜んでいるんでしょうか。
 ニヤリと口の片端が上がったようにも見えました‥。

「先輩方‥すいません。俺のサイン、遅いですよ」
 都築くんはコートの前から他の5人に向けて、目一杯悪巧みの顔をしてそう言い放ちました。彼を取り巻く空気が一瞬にして変わりました。


 ゾクリ‥としました。私までも緊張してしまいます。一度だけ見た都築くんの本気の試合。あの本気の都築くんが再度見られるのです。

 バレーを愛する彼は仲間と楽しくやれたらいい、そう思っているので力をセーブし、接戦を楽しみ、熱戦に身を置きます。もちろん怒鳴ったりも熱くなった振りもしますが、皆と同じに楽しめることが楽しいのです。小さい頃、誰も彼についてこれなくなり、孤立してしまってからそうする術を覚えてしまいました。

 ある意味、才能が有りすぎるのも辛いものだと思いました。私のようにどれだけバレーが好きでも、身長がなくて諦めた人間は山ほどいるのです。そこそこ身長があっても今度は才能がなくては一握りの中には入れません。
 だけど都築くんのように全てを兼ね備えていても難しいことがあるのです。

 ただ都築くんは自ら地方レベルでとどまっていたような気がします。これほどバレーが好きだと思わせておいて、その実そのバレーですら捨て去りそうな気配が少しだけありました。そうでなくては何故高みを目指さないのか説明がつきませんでした。

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