永遠の拘束2

 そしてその本気の試合。それは高校一年生の時です。中学からずっと一緒にやってきた一学年上の先輩が、成績不振を理由に両親にバレーを止めるよう言われてました。しかしその試合に勝ったらバレーのことも認めてくれると言って。
 部内の雰囲気はどうしても勝たなくてはいけなくなって。都築くんはそれで普段隠していた本気を全開とまでは行ってない気がしますが、出したのです。

 アタッカーしながらサインを出して、追いつかないときは声に出して叫んでいました。相手もそれを聞いて対応してくるのですが、都築くんはそのサインとまったく違うことをやるのです。味方も欺いて敵も騙す、だからチームメイトもクタクタになってました。

 私は彼が一年生の時は何かと呼びつけられていたので、その試合も見ることが出来たのです。
 一人舞台です。生き生きと輝いてました。いえ、ギラギラと野生の本能を見せたと言ってもいいでしょう。まさしくそれは虎でした。敵だけではなく味方をも食いちぎらんばかりのどう猛な虎。本気の彼は普段より数倍魅力的だったのです。
 でもそれは私の目にそう映っただけで、やはり部内では不評でした。勝ちはしましたが、どうやら無邪気に喜べるものではなく、みんな複雑な顔をしてました。一年生にいいようにあしらわれたのですから、当然と言えば当然なのですが。


 あの時の本気が見られるのなら今日は来た甲斐がありました。
 都築くんは自分で宣言した通り、サインをギリギリまで出しません。皆がどうするんだ、と焦れ始めるまで待ってからサインを出します。自分がボールに触れる直前まで知らん顔を続けるのです。

 ようやくそれに慣れたら今度はサインを早めに出します。そして途中でそれを変えてしまうのです。
 彼の頭の回転の早さがないと出来ないことです。敵陣を見てどのアタックが通るか考え、こちらの最初のサインで動き出したプレーヤーを見て、相手が予想して動いたところの裏をかくためまだ様子を窺っているのです。

 都築くんの頭の中には誰にどんなパスを出したらどうなるかが、もう既にインプットされているのでしょう。サインはギリギリでも正確無比なトスは見事ジャンプした所へ届きます。いえ、どちらかと言えば手を出した所にボールが来ているような‥そんな印象すら受けました。
 高校一年の時はただどう猛な虎でした。しかし成人した彼は、逞しさとしなやかさの相反するものを兼ね備えた、完璧な肉食獣の王に成長していました。
 なんて‥なんて美しいのでしょうか。まばたきを忘れるほど見つめてしまいます。

 またアタックが決まりました。
 あまりにもスパスパ決まるので、打った本人が手を眺めて驚いている始末です。
 そして都築くんも珍しく不思議そうな表情を浮かべました。きっとこれだけの無理な注文をこなしてくれる今のチームに驚いているのでしょう。

「どうだ、都築。お前の大学のチイパッパとは違うだろう」
 監督が得意げに呼びかけると都築くんはニヤリとして頷きました。
「ええ、これほど違うとは思ってもみませんでした」


 ああ、これから彼は全くの別世界に身を置くのでしょう。Vリーグのみならず、全日本、そして世界へも。

 その輝かしさを思い涙が流れました。

 私のことは忘れ去ってしまうであろうことも含めて。しかしこんな男がそばにいては、高みには辿り着けないでしょう。私はあの町であのスポーツクラブでずっと彼の帰りを待ちましょう。


 目の前のことがまるで遠い世界のように思えます。ボーっとして何も考えられなくなっていました。都築くんが入ってるチームが勝ち、公開練習は終わりを告げます。

 都築くんと出会った頃を思い出しました。
 この都築くんは私の務めているスポーツクラブの生徒でした。初めて会ったのは彼が小学三年生で私は大学一年の時でした。アルバイトで入り、最初に担当した子供達の中の一人でした。その頃から身体も大きく、とても利発で二学年上の子たちと同等かそれ以上な感じでした。
 その彼が大きくなるにつれ、私はどんどん惹かれていき、もう子供向けのバレーのコーチはいらない、と言われたとき、私は十五歳の彼に一度だけでいいから付き合って欲しい、と肉体関係を迫りました。その一度を気に入ってもらえたのでしょうか。関係は数を重ねました。

 彼には当然ですがこんな年上の、しかも男なんてまったく興味がなく、ただセックスをするだけの関係が続いてます。彼の興味を引くのは彼の加虐心を煽ったときだけ。そうですね、私達は主従の関係にあるのかもしれません。私は10も年下の都築くんを主として崇めているんでしょう。

 彼なくてはやっていけませんから。

 一応恋人と名が付く相手はいます。でもその相手も都築くんに相手をしろ、と命令されたからです。私は彼に逆らえませんから。もし逆らったらこの関係はあっと言う間に終わってしまいます。
 その相手に酷いことをしている自覚はあります。下条くんはこんな私でも本気で好いてくれるようですし、大事にもしてくれます。どんなに心を痛めても、下条くんの方から離れるよう小細工をしてみても、彼もまた私から去る気はないようです。
 しかし私は誰に悪魔と罵られようとも都築くんに逆らう気はないのです。彼しかこの心を燃やすことは出来ないのです。


 後ろから肩を叩かれました。
 あ、失敗しました。気が付いたらもう周りには誰もいません。コートにも選手は残ってません。都築くんに気付かれることはなかったと安堵しました。

「すいませんでした。すぐに出て行きま‥‥」
 慌てて立ち上がり、謝罪しつつ、お辞儀をして、そして頭を上げました。ですが謝罪は途中で止まってしまいました‥。

 言葉をなくした人形のようにただ口がパクパクと動きます。

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