「なんだお前、こんな所まで何しに来てる」 頭がパニックを引き起こし、相手の言うことが理解できません。 「笹原」 自分の名前を呼ばれていることは分かりますが、返事が出来ません。 「おい、返事くらい出来ないのか」 何故‥なぜあなたがここに。顔を見たら冷たい目で睨まれると思っていました。 「もしかしたら隠れているつもりだったのか? こんなに目立つ所に座っておいて」 そうなのです。ついつい間近で見たくて、一つ、もう一つ、と席を替わっているうちにいつの間にかかなり前に来てしまったのです。 「英樹」 下の名前で呼ばれてようやく動くことが出来ました。 都築くんです。本人が目の前にいたのです。私は汗でベタ付いたユニフォームに顔を埋めました。私達の関係ではちょっと違反ですが、我慢できなかったのです。 「なんだその態度は」 都築くんははっきりしない態度や口に出来ないことが嫌いです。嫌われたくないので余計に焦り、上手く言葉が出てきません。 「あ、あの‥これを」 まるで女子高生のように、レモンの蜂蜜漬けの入ったタッパーを取り出しました。 「二十歳の誕生日おめでとうございます」 それはもしも見つかったときの言い訳用に誕生日プレゼントとして持っていました。 都築くんはそれまで無表情であった顔に、いつものニヤリとした笑みを浮かべました。 「ふ〜ん、こんなことしてどうして欲しいんだ」 私の希望を聞いてくれるなんて。嬉しくて心臓が踊ります。 「こっ今晩、会ってくれませんか」 タッパーのフタを開け、レモンを一枚摘むとそれを食べます。もう一枚取り出すと舌を伸ばし、その上に乗せます。そして二枚を食べ終えると、蜂蜜の付いた親指をわざとらしく舐めます。それから人差し指を私の顔の前に突き出しました。 私はすぐにその指を口に含みました。蜂蜜の甘みとレモンの酸味とがすぐになくなり、そのあとには都築くんの味が残ります。そして彼の指は私の舌を弄びます。それだけでも凄く感じてしまいました。 その動きは私を煽っているとしか思えません。なのに指を抜くと‥。 「合宿中だから夜は抜け出せれない」 そうですよね、そういう人です。分かっていても騙される自分が少し悔しいです。そして大胆にも誘ってしまった私は身の置き所がなくなってしまいます。 「すっすいません。怒られるかとは思ったのですが、どうしても二十歳の誕生日に君の顔が見たくて来てしまいました。今から帰ります。合宿も後10日ほどですか‥、頑張って下さいね」 「今すぐ帰るのか」 「ええ、もう用事は済みましたので」 未練がましいことも嫌いなので、なるべくあっさりと引き上げようとしました。 「それは残念だな。今から夜のミーティングまでは時間があったのに」 どうしてこの人はこんなに意地悪なのでしょうか。ニヤニヤを浮かべたまま私の反応を待ってます。 「よっ夜までこっちにいます」 「だからどうしたい?」 「だっ抱いて下さい」 「お前のその中に、俺が欲しいのか」 ジゴロのように相手を骨抜きにするその手管。本当にあなたはただの大学生ですか。 その台詞だけで腰が砕けそうになりました。 「ずっと‥ずっと、いつでも私はあなたが欲しいです」 必死で縋り付く私で遊ぶ酷い男、それが都築虎王。 どこでもキングになりうる男、それが都築虎王。 そして私が愛して止まない男、それが都築虎王。 都築くんと出会えたこの幸せを誰が分かってくれるのでしょうか。 「隣にあるだろ、ホテル。そこで待ってろ、スイート取ってもいいぞ。それともそこら辺を散歩でもするか?」 「ホッホテル行きます。一番高い部屋を取ります。もっもちろん私が払います」 「お前の給料なら2ヶ月分が飛ぶぞ?」 都築くんといると、私の方が年上だと言うことを忘れそうになります。 「分かってます」 「自分が抱かれるのに金払う奴も珍しいな。まあここは俺に任せろ、金のことで無理をするな。その代わりどこかでロープ買ってこい。久しぶりにあちこち縛ってやるから」 都築くんは私の頬をピタピタと叩くと、ニヤリとした顔のままで去って行きました。 その叩かれた顔は真っ赤に染まっていたことでしょう。 よほど先ほどのプレーに手応えを感じたのでしょう。これほど上機嫌の都築くんを見たのは久しぶりです。嬉しいです、そのおかげで私まで幸せになれそうです。 都築くんはかなり大きな会社の跡取り息子で、社長令息なのです。バレーで活躍したら、その後はきっと社長としても辣腕をふるうことでしょう。 だからお金に関しては一般庶民がどう頑張っても適うはずがなく、誕生日プレゼントも悩みました。でもお金を掛けても彼には無用の長物となりそうで。レモンの蜂蜜漬けは唯一好きだと言っていた食べ物なのです。 彼には好き嫌いがありません。それは子供の良い子の意味ではなく、さして好きな物もなければ嫌いな物もないと言うことなのです。栄養になればなんでもいいのです。少し寂しい感じがしますが、執着心というものがまったく皆無なのです。そもそも彼の口から「好き」と言う単語はそれ以外に聞いたことがないのです。 そんな執着心を持たない彼が私とは五年も関係をもってくれてます。私はそれだけで充分満足なのです。 あ、早くロープを買ってこなくてはなりません。都築くんは待たされることも嫌いですから。 アダルトショップをタクシーの運転手に行き先として告げる恥ずかしさも感じず、私の身体は火照り始めていました。 ロープ=拘束 私は拘束されればされるほど感じてしまう変態なのです。そんな私の性質を分かっているあなたに拘束されるのは、本望と言ってもいいかもしれません。 ウキウキと赤いロープを握りしめて、ホテルのフロントでスイートを頼む私を、周りの人間がなんと思ったことでしょう。 でもそんな些細なことは今の私にはなんの関係もありません。 早く‥ただ願うのはこのロープであなたに縛られること。縛られて身動きが取れない私にあなたを下さい。 このいやらしい身体にあなたの立派なモノをぶち込んで下さい。 いえ、それが叶わなくてもただ縛られるだけでも幸せかもしれません。 私はあなたに永遠に拘束されていたいのです。 身も‥ 心も‥ 終わり
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