しかし取り敢えずの無事に、安堵の溜息を漏らした俺の態度を冬哉は勘違いする。
「えと、つまんなかった? 水谷と仲が悪かったからちょっとは笑えるかなって思ったんだけど」
「あっ、ああ。違うんだ。熱で身体が怠いだけだ。水谷のことは溜飲が下がったよ。ありがとうな。今度会ったらその話題を振ってみるかな」
「うん、きっと凄い焦るよ。でもあんまり虐めちゃ可哀想だよ。あれから省吾と啓介には会う度に気まずそうな顔してたから。まあ、省吾たちとも争わなくなったからよかったけどね」
 人類皆兄弟、って言うくらい博愛主義の冬哉にすらよく思われてないなんてよっぽどヤな奴だったんだな。
「それに女の子虐めることもなくなったしね」
 ああそうか‥。冬哉は自分の方が遙かに可愛らしいくせに、驚くほどフェミニストだったな。白馬の王子様を待ってるタイプに見えるお袋さんにかなり厳しくしつけられたと言うか、吹き込まれたのだろう。
 女の子に手を出す人間だけは悪に分類されるようだ。

 冬哉の母親は凄く可愛らしいタイプで、俺たちの親だと思えば若いし、また実際の年齢よりも若く見える。冬哉と並んで歩いていればカップルと間違えそうな程。俺はその外見と普段のブリブリしたような話し方で、うちの母親と同じようにお嬢様で苦労知らずだと思い込んでいた。
 つい最近聞いたのだが、本当に苦労の連続で色々とあったらしい。見かけからは想像できないハードな人生。聞いてみないと分からないものだ。だからより冬哉が可愛くて仕方ないようだ。
 まあ、うちの母親だって社長夫人と言う立場上、苦労はあったらしいが。だけどうちの母親はそれを苦労だとは思わないと言うか、気付かない幸せなタイプ。どこかにあるいい点を見付け、なんでもよかったわねぇ、と言ってしまう。自分の辞書に不幸という言葉がない所なんかは虎王が受け継いでいる。と言っても一番問題になるだろう、金はあるし、家族全員健康だから本当の不幸は来てないだろうけど。
 冬哉の母親は逆に不幸な出来事をバネに力強く生き抜くタイプ。どんなに底にいても必ず幸せになるんだと上を目指す。その強さが冬哉にも根底に流れているんだろうと思う。冬哉も今は幸福だから分からないけど、きっとどんなにどん底へ落ちることになっても上を向いてると思うから。

 話しが逸脱したが、水谷は先生たちからも要注意のレッテルを貼られていた。なのに冬哉は5年生になったとき、学級委員を先生から任命されたのだ。
 俺は当然だが自分が立候補し、やるものだと思っていたので、最初は冬哉のことを先生にひいきされてるヤな奴と思って気に入らなかったのだ。だがその訳はすぐに分かり、納得し、あっさりと冬哉の虜になっていた。
 ここでもまた先生の行動が理解できてしまった。水谷は冬哉の言うことを聞くから。だから余計に先生は冬哉に学級委員をやって欲しかったのだろう。
 それで他の子を虐めることが出来なくなって、そのうっぷんを俺にぶつけてきてたわけか。俺ならケンカで済む。例えやられているのが俺でも、横幅は負けていても身長が互角な俺ならイジメにはならない。
 あいつも少しは頭を使っていたと言うことか。

 それにしてもこんなに誰かに守ってもらわなきゃいけないようなタイプなのに、こんなに影響力がある冬哉は凄い。優柔不断のくせに一本芯が通っていて、その芯を決して曲げない冬哉は偉い。
 俺なんてあっさりと砕かれて、冬哉を抱かずにいられない始末なのに‥。
 俺は生まれてから虎王の次に凄いと思った人物の顔をもう一度しっかりと眺めた。

「えと、次の話しする?」
「いや、もういい」
 どんな話しを聞いても体調が悪い今は落ち込むことが避けられそうになかった。おまけにそれこそ肝を冷やすことも、ほじくり返せば返すほど出て来そうで怖かったのだ。
「それじゃあどうする。何がしたい? なんか欲しいものある?」
 冬哉は目を輝かせて次の指示を待つ。何かしてあげたい、と言う一生懸命さは伝わってくるし、気持ちは非常に嬉しいのだが、今の本当の望みは俺が寝付くまで静かにそばにいて欲しい、と言うことだけだ。
 だが弱ってるこの状態では冬哉が帰ってしまうこともまた痛手には違いなかったので、何かすることはないかと考える。しかし時間が経つにつれ、夜が近づくにつれ、俺の熱は上昇し、咳は酷くなる一方だった。

「寒い‥」
「こんなにお布団があってもまだ寒いの? 分かった。ちょっと待っててね」
 冬哉はバタバタと階段を下りると母親と何か話してる。寒気を堪えつつも、それでもうとうとと仕掛けた頃、階下が賑やかになった。
 ぼやけた頭で認識はするが、変わらずにうつらうつらとしていた。このまま寝られれば楽になる。冬哉に会いたいくせに、もう来てくれない方がいい、などと矛盾したことを考える。
 どれほどの時間が経ったかは分からないが、それでもようやく寝ていたのだと思う。ハッと気付いて目を開くと、部屋には冬哉と虎王がいた。
「気が付いたか。ちょっと測ってみろ」
 差し出された体温計で熱を測ればなんと39度4分。
「かなり高いな。どうだ、まだ寒いか?」
 少しは収まった気もするが、まだ寒気は取れない。そう返事をすれば虎王は薬を出す。
「取り敢えず頓服で熱を下げる。まだ上がりそうだからな。それから‥」
 まずは素直に出された薬を飲んだ。それから起こされてパジャマを脱がされる。
 熱が上がってる最中なので汗は少しもかいていない。しかし俺には抵抗する気力がない。上半身が裸になると虎王は脇に冷却シートを貼った。
「冷たい!」
 その冷たさに驚いて飛び上がる。
「一番効果的だ。少し我慢しろ」
 両脇に貼るとパジャマも元通りに着せてもらった。しかし今度は下を脱がされる。
「なっ、なにする?」
「一発抜けばその分、熱も下がるぞ。冬哉にでも扱いてもらったら、そく出るだろう?」
「ちょっ、ちょっと待て‥」
 焦る俺を尻目に、トランクスの足側から手を入れると‥そのギリギリの所にも冷却シートが貼られた。
「うわっ」
「ここもな、よく効くんだ」
 ニヤリとした虎王はこんな時でも俺をからかって遊んでいる。本当に憎たらしい奴だ。これももう一つ貼り終えるとパジャマを返してもらえた。布団が剥がされて、おまけに冷たいものが貼られて、寒気は一段と酷くなった。端から見ても分かるほど身体が震えている。

 すると冬哉が足元に何か置いた。
「湯たんぽだよ。俺んちから持ってきたんだ」
 わざわざこれを取りに行ってくれたのか‥。腰まで布団が掛けられるとその暖かさが身に染みる。そのまま倒れようとしたら虎王が背中を手で支えて止める。
 そしてパジャマの上から何かを貼られた。背中にいくつか貼り付けると、そのまま倒される。キチンと寝る形になってから目だけでなんだと問い掛けた。
「ああ、貼るタイプのカイロだ。首の付け根とかよく効くらしいぞ」
 虎王の言う通り、少し経つとホカホカしてきて寒気は全くなくなった。頭や脇は冷えてきて気持ちがいい。これであと咳さえ止まればかなり楽になりそうだった。
「どうだ?」
「だいぶ‥、いい。あとは‥この、咳が‥」
 咳き込んで上手く喋れないほどひっきりなしに出てくる。
「ショウガ湯なんか飲むといいかもな」
 虎王が呟くようにそう言うと冬哉は下へ走り去った。

「本当にして欲しいことがあれば聞いてやるぞ」
 冬哉がいたら言えないことがあると思っている。確かにあると言えばあるが、しかし‥だ。
 冬哉だけならともかく、虎王までそばにいたんじゃ休まるどころか、イライラが募る。
 だが俺のことを心配してくれてると分かっているだけに何も言えない。
「なんだ、こんな時くらい冬哉に奉仕してもらえばよかったのに」
「と‥うやは、好きで‥こんな‥こと、してる‥わけじゃ、ない」
 喉が痛くて話したくないのに、それでもこれだけは言っておかねばと必死で話す。
「お前‥冬哉に、‥そんなこと、させてる‥のか?」
「抱いていれば分かるだろう。冬哉が自分から動いたことがあるか? まあ、動く暇もなければ動く手もない時の方が多いがな」
 そう‥だよな。虎王はそんなことがさせたい訳じゃない。こいつは人に何かをさせるより、人に何かをする方が好きだから。

 冬哉がショウガ湯を持ってきてくれて、それを飲む。身体の芯から温まって、本当に今なら熟睡できると思った。
 しかしそれは冬哉が許してくれない。いつもイヤになるくらい人の気持ちや気分を察する虎王も分かってくれない。変わらずに何かして欲しいことはないかと聞く冬哉に虎王が答える。
「狼帝が喜ぶことがしてやりたいんだろ。それならここで自慰でもしてやったらどうだ? 冬哉がしてるところを見れば、一発で元気が出るぞ」
 一体全体どうしたらそんな案が出てくるのか。俺は自分で抱けないもどかしさでおかしくなってしまう。
「そっ、そんなの‥、一人でなんて出来ない」
 冬哉も虎王の言うことなんか真に受けるなよ。
「それじゃ俺が手伝ってやろう」
 そこで俺の堪忍袋は切れた。プッツリと。

 がばっと起き上がって、掠れた声で怒鳴る。
「やりたいんならお前の部屋でやれ! 自分が風邪引いたことを思い出してみろ!」
 二人ともハッとして考え込んだ。ようやく俺の言ったことが伝わったかと思ったら‥。

「えと‥、ごめん、狼帝。そう言えば俺‥、風邪で寝込んだことってないや」
 ガーン。そう言えば冬哉は小学校六年間、中学校三年間、そして高校の今まで、無遅刻、無早退、無欠席の皆勤賞。この華奢な身体のどこにそんなパワーがあるのかと不思議なくらい丈夫だった‥。
「そう言えば俺も寝込んだことはないな‥」
 滅多に見ることがない虎王の驚いた顔。そうだ‥、虎王だってまともに風邪なんて引いたことがなかった。ただこいつは冬哉と違って適当なことを言ってサボってはいるから欠席や遅刻、早退はしているが。

 ちっ畜生。バカみたいに風邪引いてるのは俺だけかよ。
 あっ、それで‥。
「だからお前らこう言うときにどうしてくれたら一番嬉しいかってのが分からないんだな」
 おお、そうか。と言わんばかりに手を打つ虎王。
「いいか、よく聞け。こう言うときは、そっと寝かしておいて欲しいんだ! 分かったら出て行ってくれ!」
 ドアを指さし、声にならない声で叫んでいた。冬哉はビックリして「ごめん、気付かなくて」と謝りつつ出て行った。そして虎王も勉強になったと言いながら出て行った。

 どうせなら下へ行って話せばいいのに、隣の虎王の部屋じゃ話してることが丸聞こえだ。
「狼帝に悪いことしちゃった。てっきり暇だとばかり思って」
「ああ、俺も眠くもないのにベッドにいるのはつまらんと思っていた。怪我とは違ってたんだよな」
「狼帝、うるさいといけないし、あの、先輩。俺んちへ来ない?」
「だが、本当に何か欲しいときのためにそばにいてやらないと」
 それでまだ近くでいたのか。
「でっ、でも、それならおばさんに頼んで‥」
「なんだ、冬哉は狼帝が寝込んでいて出来ないって言うのに」
「せっ、先輩が悪いんじゃん。手伝ってやるなんて言うから! 俺、ずっと我慢してたのに」
 試験勉強で忙しくて、そう言えば一週間くらいしてなかったな。

「だっ、だから‥、して? ちょうど今ならうちの母さんも出掛けていていないし」
「分かった、分かった。そうガッツくな。狼帝一人置いていけないから、ここで冬哉だけ抜いてやる。それで我慢しろ」
 思い切りムカツいて、虎王側の壁を力一杯叩いた。
「バカヤロー! どこへでも行け」

 少し経つと虎王が顔を出した。
「一時間ほど出てくる。まあ、お前は風邪が治ったら目一杯泣かせてやるんだな。悔しかったら早く風邪を治すこと。それからこれからはもっと早く寝るようにしろ」
 クッソー。俺は虎王と違って勉強せずとも一番を取ったりは出来ないんだよ。冬哉ともきちんと会いたいし。必然的に睡眠時間を減らすしかなくて。こんな風に無理がたたって冬のシーズン中は一度は風邪をこじらせているのだった。

 【虎王に追いつきたい】は、いつからか【虎王を追い越したい】に変わっていた。
 虎王の成績を超えることがまずは目に見える結果で手応えだった。
 校内で一番は当然として、全国で五十位以内が通常。そして一位か二位を取ることが目標だ。
 虎王は校内では常に二位だった。一位は生徒会長も務めていた白坂先輩。虎王の虫除けで親衛隊長だ。この関係を見てもわざと二位にいたとしか思えない。成績には無頓着だったから。
 しかし、誰かと賭けをしたその時だけは全力で取り組んだらしい全国模試の結果。奴は当たり前のように三位を獲得。日本は広い。こいつの上を行く奴が二人もいるなんて、と驚いたことを思い出す。だが、よくよく話しを聞いてみれば、十位以内に入ったらよかったようで、本人は全力投球などとしおらしいことを言っていたが、怪しいものだ。
 一位になんかなったら面倒臭いことになるのは目に見えてるからな。

 最後に顔を出したときに虎王が置いていった咳止めシロップを飲んで、俺は眠りについたのだった。
 しかし、夢の中で虎王に喘がされている冬哉が大暴れして、熟睡できたかどうか分からない状態だった。
 ダメだ。やっぱり抜かないといられない。
 冬哉が戻ってきたら一回お願いしようと決意する俺だった。

「一回くらいは冬哉も風邪を引いてみたらいいんだ」

 そう、自分に言い訳をして。

―終わり―

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