休日の過ごし方2

 こんなに人が多いところで抱き締められて戸惑う。周りのみんなは前の2人に目が行ってるからまだいいけど。と言っても背中側に先輩はいるので仲のいい兄弟くらいにしか見えないだろうか。

 先輩は俺の呼びかけに答えて顔を耳の真横に持ってきた。
「冬哉はケンカが終わらないと動かないんだよな。止めたいんだろ」
 そっそんなに近づいて言わなくても聞こえるよ。先輩の息が耳に掛かって妙に感じてしまう。
「止めてくれるの?」
「冬哉が言うこと聞いたらな。聞くか?」
「うっうん。どうするの」
「冬哉はそのままでいればいい」
 先輩に耳のそばで囁かれて、顔が赤くなってきたのが分かる。なのに先輩はその耳を唇で挟んだ。

「ひゃ、せっ先輩っ」
 俺の顔をますます赤くさせてから先輩は顔を離す。そして龍将の方を向いてあごをしゃくった。
 何するんだろう‥。興味津々で見つめてしまう。


「ねーねー、お兄さんたち。こんな場所でケンカしてると迷惑なんだって分かってる?」
 龍将は、隙を探って睨み合いをしてる2人に向かって話しかける。
 映画館の前のスペースなので歩道を塞いでる訳じゃなかったけど、相当な人が集まっていて渋滞気味だったし、チケットを売ってるおばさんも困っていたようだ。

 龍将は相変わらずの態度だが、この春高校一年になって身長も180センチになっていた。子供が言えば可愛らしい台詞もそこそこの奴が言うと腹立たしくなる。
 その証拠に言われた2人は一変に矛先を変えた。

「なんだと。生意気なガキだな」
「だってそうでしょう。それとも注目を浴びたいためのやらせだった?」
「そんなことのためにこんなことはしねえ」
「だったら止めたら」
「お前に言われるまでもなく、ちゃんと決着が付いたら止める」
「でも付かないじゃない。どっちもどっちなんだから」
 その言葉にカチンときちゃったみたい。

「気にいらねぇな。そんな風に言われちゃ、まるで俺たちが弱えみたいに聞こえるだろうが」
「そんなこと言ってないけど、でも強いとも言ってないか」
 うわ、龍将ってこんなに強気だったの。知らなかった。いくら先輩たちが控えてるからってそんな態度とったら1発くらいは食らいそう。だけど俺、虎王先輩がケンカしてる所って見たことないや。

 あっと言う間に睨み合ってた2人は、今度は龍将に向かった。ただ普通に立っているだけなのに何か迫力がある。虎王先輩のオーラとは違って赤い熱いオーラが漂っている感じがする。これは‥闘気? そして試すように足と手が同時に飛んできた。
「あっ危ない!」
 俺がそう叫んだときには龍将は真横に飛び退いていた。
「ふーん、ちっとはやりそうじゃないか」
 もしかして別に先輩たちがいるからって訳じゃないの? 龍将‥強い?
「だから俺はケンカは止めようって言ってるのに」
「え、俺やってみたい」
 そこへあまりにもお気楽に鷹神が参戦する。
「2対2なら俺たち卑怯者じゃないな」
 そう言ったヒーローを龍将は無視する。
「だ〜か〜ら、兄貴はなんでそうなんでも混ぜっ返したがるの」
「だって楽しそう」
 出て行った鷹神を、狼帝が肩に手を掛け引き戻す。

「なんだ、まだ連れがいるのか」
 そしてそばにいた俺と先輩にも気が付いた。
「5人ね。それだけいたらちょっとはもつかもよ。俺たちコンビ組んだら最強だから」
 ヒーローは女の子がクラリとするような笑顔を浮かべ、ゆっくりと空手の構えをとった。
 先輩に抱き締められてるのも忘れて、ジッと成り行きを見守る。

 先輩の右手は俺の右腕を肘で止め、そして左腕を掴んでいた。左手はその上から右腕を掴んで、まさしく抱き締めていたのだが、いつの間にかその手が離れていたことに気が付いてなかった。
 俺は先輩の右腕を抱えるようにして両手を引っかけていた。身体は先輩の腕から乗り出して前の状況を見つめる。
 そこへ先輩の左手が、長袖Tシャツの裾を捲って入り込んだ。えっ、と思ったときには右胸を摘まれていた。

「や‥ん」
 その刺激に備えてなかった身体はビックリするぐらいに跳ね上がってしまった。
 俺が感じてしまったその瞬間を、ちょうどこちらを向いていたヒーローと敵がバッチリ目撃する。さっきまで注目の的だった人から俺へと視線は移動する。180を超える男6人に囲まれて息が詰まる。周りの視線も痛い。
 なのに先輩の手は止まらない。
「せっ‥先‥輩」
 意識して抑えようとするんだけど、それでも身体は小刻みに震える。見てる人は沢山いるのに!

 俺を凝視してる2人に向かって先輩は言った。きっとニヤリとして。
「羨ましいだろ」
 たったその一言で何故か2人ともが真っ赤になった。そして同時に叫んだ。
「こっこんなとこで何してるんだ」
「なっなんでそう思うんだよ」
「こんな色っぽい顔をさせたいって思わないか」
 それと同時に強く先端を潰された。
「く‥っ」
 どんなに堪えても身体が反応してしまうのが恥ずかしくて顔を伏せる。なのに先輩は俺の顔を下から掴んで2人に見せる。その顔の頬に先輩は横からキスをする。
「こんな風に可愛がってやるとか。ケンカしてるよりよっぽどいいだろう」

「せ‥んぱい」
 恥ずかしさと照れ臭さで顔が火照る。胸にも刺激が走りっぱなしだ。俺がジタバタしていると敵役の人が動いた。
「おい、行くぞ」
「どこへ」
「おめえが言ってた方でいい」
「なんだよ、決着付いてないぞ」
「分かんねえのか、ばれてんだよ。これ以上見せつけられてたまるか。それともラブホでも行くか」
「バッバカヤロ」

 最後はお互いにしか聞き取れないくらい小さな声で話すとチケットを買って、ヒーローを半ば引きずるようにして映画館の中に入りかけた。そこへ龍将が声を掛けて止める。
「倒れるまでやるんだったの?」
「そんなことはしねえ。寸止めが決まったら終わりだからな。そっちこそなんで分かった」
 龍将に答えつつ虎王先輩に顔を向けた。
「俺は昨日の対戦相手のK大生だ。態度見てたら分かって当然だろ」
「ちっ、大学の奴らだって気が付いてないのにおめえ鋭すぎ」
 敵役の人はそう捨て台詞を残していった。
 それと同時に野次馬もちりぢりになる。


「もう、先輩ったら、こんなところで変なことするのやめてよ」
 まだ俺は先輩に抱き締められていた。
「冬哉が止めて欲しいって言ったんだろう」
 こんな風に止めてなんて言ってないもん。
「こんな所じゃなかったらいいんだ?」
「違うところでやって欲しい、って言ってるみたいだよ」
 ちょっと拗ねた俺の文句を、鷹神と龍将が揚げ足を取って突っ込んでくる。
 すると先輩は右手もシャツの中に入れてきた。両手を交差して抱えられると両胸が同時に摘まれた。

「あっ‥ぁんっ」
 くりくりと動かされて身体がだんだん折れ曲がってくる。
「冬哉先輩ってほんとに見られると萌えるよね。メチャクチャ感じてるでしょう」
「ちっ違う‥」
 恥ずかしくて仕方ないのに、身体は見事に反応してしまうのだ。証明するかのように鷹神は俺の股間を触る。
「カチカチになってるけど」
 や‥だ。そんなところまで触られたら立てなくなっちゃう。
「冬哉‥。お前は本当に好きだな。いい加減にしておかないと遅刻するぞ」
 俺がやってって言った訳じゃないのに〜。でも狼帝のその一言でようやく解放してもらえたのだった。

「あの人達、本気みたいだったのに、しかもあのスピードで寸止めなんて出来るのかな」
「スピードがあるときは相手が絶対防御できるって分かってるときなんだよ。それだけ信頼してるって言うか相手のことを知り尽くしてるって言うか」
 そう説明すると龍将は蹴る真似をした。
「俺、やっつけようと思ってしか蹴り出したことないから今度試してみよう」
「俺で試すなよ」
「兄貴じゃ手応え無い」
「なんだよ、そんな寂しいこと言うなよ。試されるのは失敗したらイヤだけど、俺たちだって信頼してるだろ」
「そ、相手の実力が分かってるから。絶対避けられないって」
「ちぇっ」
 言いたいことを言って龍将は笑った。鷹神はちょっとだけ面白くなさそうな顔し、やっぱりそれから笑った。
 ほんとこの2人って仲いいんだ。でも話しだけ聞いてると龍将ってケンカ強いんだろうか。全然そんな風には見えないのに。

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