休日の過ごし方3

「おおお〜っ、冬哉。本当に来てくれたんだな」
「あったり前じゃん。俺たち友達だろ」
 感激して省吾(しょうご)は勢いよく抱きついてきた。そのままほっぺたにキスをする。
「冬哉、もうファーストキスは済ませたか」
「え‥うっうん‥一応」
「え〜っ、誰とやったんだよ。彼女が出来たなんてひと言も聞いてないぞ」
 まっまさか男としかキスしたこと無いなんて言えるはずもなく黙り込む。

「なら遠慮しなくていいな」
 省吾はそう言うと抱き付いたままで俺の口に口を合わせてきた。ブチューッと。
「う‥うーぅ」
 唇を固く結んで抵抗する。引き剥がすのに足掻こうとした瞬間、省吾と俺は狼帝に首根っこを押さえられてベリッと離された。
「省吾っ、まだこんなことしてるんだ」
「いいじゃねぇか。キスくらい減るもんじゃないし。でも一応ファーストキスが済むまで待ってやったんだから」
 ニコニコとしてちっとも悪びれてない。別に冗談のキスはいいんだけど、それより俺は狼帝が怖かった。何故かこういうのを狼帝に見られることがいけないことのような気がして。

「お、都築も来てくれたんだ」
 今度は狼帝に抱き付くとやっぱり頬にキスした。
「なんだよその顔は。冬哉にキスしたこと怒ってるのか。まったくヤキモチ妬きなんだから。都築にもしてやるって」
 そう言って狼帝にもキスしようとした。だけど狼帝にアゴを押さえられて止められる。


 省吾は小学校からの幼なじみで狼帝の次に仲がいい。小学校の頃は狼帝よりも仲がよかった。だけど高校に入ってからは学校が遠くてあまり会ってなかった。身長は178センチ。とっても細身で筋肉は余りついてない。
 昔っからキス魔で、だれかれ構わずキスしまくる。と言ってもする相手は男だけなのだ。別に男が好きって訳じゃないんだけど、女の子相手には照れちゃって出来ない。純情なんだかそうじゃないのか分かんない変な奴なのだ。


「いいだろ、キスくらいさせてくれたって」
「俺相手じゃシャレにならんだろうが」
「シャレにならんって言っても都築は一筋だから一緒じゃん」
「え、一筋って‥狼帝好きな子いるの?」
 俺の言葉に狼帝は明らかに狼狽えた。うそ‥。こんなに親友のつもりでいたのに、省吾が知ってるのに、俺には教えてくれないんだ。

「あ、聞くの忘れてた。都築はファーストキスは済ませたのか」
 抱き締めようとする省吾と、押し退けようとする狼帝とは、結構本気で押し合いしてる。
「す‥ませた」
「ええっ、誰と?」
 狼帝は俺の方をチラッと確認してそのあと目を逸らせた。あ、俺としたんだった。あれが狼帝にはファーストキスだったんだ。女の子を周りに置いていたことがないから、きっとそれは本当なのだろう。そしてそれからもキスしたことはないのだろうか。

「なんだ。もしかしたら都築の相手って冬哉なのか」
 ひぇっ、バッばれてる‥。
 狼帝と2人で苦笑いを浮かべる。
 薄ら笑いを浮かべたままで踏ん張ってる省吾と、断固拒否の体勢の狼帝と、あと数センチの所で固まっていた。
 なっなんか‥笑えてきちゃった。でも狼帝は本当に嫌がってるみたいだから、助けてあげなくっちゃ。

「そう言う省吾は愛ちゃんとキスしたの」
「なっなっ‥なんてこと言うんだよ」
 焦った隙に狼帝が省吾の腕を振り解いた。
「だって中学3年から3年目だろ。どうなんだよ」
「え‥ちゃんと‥したよ」
「まったく‥女の子だとそんなに照れくさいくせに男相手だとなんでキスしたいのさ。愛ちゃん怒らないの?」
「あはは、それはもう諦められてる」
「今日も来てるんだろ」
「うん、一番前を友達と陣取ってる」
「なら俺たちも客席の方へ行くから。目一杯応援してるからね。頑張れ」
「おうっ、任せとけ」
 省吾は素肌に皮のベストって格好で手を振った。細めのアゴはとがり、身体はあばらが浮いてみえた。ビジュアル系バンドって言ってもピッタシの容貌だ。ジャンルはヘビメタなんだけどね。

「狼帝、さっき省吾が一筋って言ってたけど、狼帝の好きな子を省吾が知ってて、俺だけ知らないのって凄く気分悪い。一体いつから?」
「小学校から」
「そっそんなに前からなの。なんで俺に言ってくれなかったのさ」
「あいつが勝手に察しただけで俺が教えた訳じゃない」
「ええっ、じゃあ俺も知ってる子なの。教えてよ」
「冬哉にだけは教えてやらない」
「なっなんで」
「その辺の男に簡単にキスさせてるような奴には絶対教えてやらない」
「それとこれと何の関係があるんだよ」
「冬哉は省吾だけが俺の好きな奴を知ってるから気分が悪かったんだろう? 俺だって冬哉が省吾とだけキスしてるのみたら凄く気分が悪い」
「え、ごっごめん」
 なんか変な気がしたけど、とっさに謝っていた。狼帝は2人で来た控え室を出てすぐの廊下で、俺を壁に張り付けにした。両手とも狼帝の手で掴まれて動けない。

「だったら俺だってキスしていいだろう」
「でっでも俺たち友達だろ」
「省吾とだって友達だろ」
 なんか頭がおかしくなってきた。省吾とキスしたから狼帝ともキスしなきゃいけないんだろうか。考えがまとまらないうちに狼帝の顔が迫ってきた。
「まっ待って。やっぱ何か変だよ。狼帝は省吾とキスしなかったじゃない」
「省吾とはしたくなかったけど冬哉とはしたい、それだけだ。なんか変か」
「でも俺たち友達だろ」
「省吾とだって友達だ」

 ああ〜、ダメだ。堂々巡りで答えが出ない。狼帝はきっと俺が省吾に感じた嫉妬を同じように感じているだけなのだろう。でもやっぱり親友とキスするってのはちょっと違う気がする。省吾は誰にでもするから挨拶だって言い切れるけど、狼帝は俺にしかしないからどこかおかしいのだ。
「狼帝はどうして俺とキスしたいの」
「冬哉が可愛いから」
「じゃあ狼帝も可愛いと思った相手には、省吾みたいに誰でもキスするの?」
「ああ、可愛いと思ったらな」
「男でも?」
「男でも」

 なっ何かおかしい気がするけど、狼帝の言うことは筋が通っていて間違いがなさそうに思えてきた。俺と同じように嫉妬したんなら狼帝だけに嫌な思いをさせたらいけない‥のかな。
「あ、じゃあ狼帝の好きな子は教えてくれるの? 狼帝とキスしたら狼帝が嫌な思いをしたことは少しは紛れるんだよね? でも俺だって一人だけ仲間外れにされて嫌な思いをしたんだよ」
 俺の顔から5センチくらいの所にいた狼帝はかがんでいた背を伸ばした。

「それは教えられない。なぜなら一生この想いを告げるつもりもないし叶うこともないからだ。冬哉に言ったら何とかしようと思うだろ? それが出来ない相手なんだ」
 そっそんな‥。狼帝がそんな辛い恋をしてるなんて夢にも思わなかった。どうして省吾が気が付いたのに、俺は気付いてあげられなかったんだろう。鼻の奥がキュンとして涙が出そうになった。
「ほんとにどうにもならないの? 俺じゃ力になってあげられないの?」
「ああ、もし冬哉に力になってもらったら、俺は同情されて哀れまれてると思って凄く悲しいと思う」

 俺の顔を真剣に見つめる狼帝の瞳に嘘はなかった。元々狼帝は嘘が付けるタイプではないけど。
「そ‥っか。気付いてもあげられなかったし、狼帝の力にもなれないんだね。ずっと友達のつもりでいたのに、こんなんじゃ親友の看板も降ろさなきゃ」
「冬哉、それは違う。確かに冬哉は色恋沙汰にはうとい。でもそれは冬哉が冬哉であるための証だ。もしすぐに気が付くような相手なら俺は冬哉のそばにはいられない。だから俺はそのままの冬哉が好きだ。これでも親友でいられないか」
 狼帝に好きって言ってもらえてちょっと気持ちが軽くなった。気が付かれてない方が気持ちが楽な事ってあるよね。

「うん、分かった。俺は鈍感だけどでも狼帝のことを思ってるのは俺も一緒だからね」
 一生懸命に狼帝を思ってることをアピールする。すると狼帝はフッと優しい顔をして伸ばした背をまたかがめた。
「冬哉‥」
 狼帝の顔が迫ってくる。その表情はとても愛おしいものを見るような切なさを感じさせ、一瞬我を忘れそうになった。けれど‥。

「いやっ」
 俺は咄嗟に狼帝から顔を背けていた。
 冗談で済まされなさそうな真剣な雰囲気が怖かったのだ。

 狼帝とは2回もキスしてる仲だ。今更どってことなさそうなんだけど、エッチの最中とかゲームでしちゃったとかとは全然違ってるように思えて。

 そもそも男ばっかりでもキスくらいは冗談でする。別にそれは珍しいことじゃない。省吾みたいな奴もいることだし。もちろんする奴は男が好きな訳じゃなく女の子が好きだ。それでもファーストキスを男としちゃってる可哀想な奴は俺を含めて結構いる。
 だから狼帝が省吾みたいに軽い気持ちなら、俺だってこんなに拒んだりしなかったのに。でもいつも真剣な狼帝が軽い気持ちでなんてある訳もなくて、俺は戸惑ってしまうのだ。

 俺に拒まれた狼帝はムッとした顔をして一人で歩き出した。

 えっ、狼帝‥怒ってるの?

 狼帝が俺に怒るなんて、それもまた珍しいことで今度は俺が狼狽える。勉強を教えてもらってるときはよく怒られるけど、こんなことでマジに怒ってるなんて。
「狼帝」
 慌てて後を追いかけた。

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