男かよ!−3(後日談、龍将くん視点)

 昨日は兄貴と龍二を見送って、それから政史をバイクに乗せて家まで送った。飲酒運転だけど、もう酔いは醒めてると思うから。
 2人では話してなかったから、ちょっと上がり込んで、もう少し話して、それから帰ってきた。

 戻ったのはかなり遅かったのに、ドアを開けてみれば部屋は真っ暗。両親はもちろん、美姫ちゃんも兄貴も帰ってなかった。
 美姫ちゃんはあの男の所へ行っていると連絡があったけど、兄貴ってば男だと気付いて正気に戻ることもなく、寝ちゃったんだろうか。
 やっぱ泊まりってこと? ほんともうしょうがないなぁ。

 金曜の晩だったから、龍二はいいとして、俺は土曜も仕事だ。姉弟3人もいるのに一人っきりってのはちょっと寂しい。
 なんて兄貴に言うと「お前は姉貴がいないから寂しいだけだろ」って突っ込まれそうだけど。
 そりゃ美姫ちゃんがいないのは痛いよ。普通に男として。でも俺は美姫ちゃんだけじゃなく、鷹ちゃんだって愛してるから。
 俺には姉弟は絶対で、何物にも代え難いから。忙しいのに3人も子供を産んでくれた母親に、俺はもの凄く感謝している。と言っても俺は一番最後だから、二人なら俺がいないだけなんだけどね。でももしも俺がいなかったら美姫ちゃんが無事に過ごせたかどうか分からないから。俺は美姫ちゃんを守る使命を帯びて産まれてきたのだ。


 次の日の朝。出勤前に電話したけど、兄貴は出ない。まだ寝てるのかな。少しだけ嫌な予感も感じつつ、職場に向かった。
 仕事と言ってもサラリーマンじゃないから結構気まま。倉庫にしまった単車を並べ、毎日決められた台数を磨く。後は突発で修理が入らない限りは暇。先輩たちの話しを聞いたり、自分の単車を心ゆくまで弄ったり出来る。
 今日は整備の予約が一件も入ってなかったので、お昼は2時間くらい遊んできてもいいぞ、と言われ追い出された。

 忙しい時は昼飯抜きで働かなきゃならないけどね。こういうのってどうして分散して来てくれないの? って聞きたくなるくらい重なるんだよねぇ。予約で入ってる整備と突発で入ってきた修理とでごった返したり、どっかで事故ったから迎えに来いって電話が入ったり。

 ちなみに今日追い出されたのはもう一つ理由がある。
 本当はね、一件修理が入ってるんだ。すんごいヘッタクソな女の子が乗ってるんだけど、しょっちゅう立ち転けとかやらかして、プレーキ曲げたり、タンク凹ましたりしてうちへ転がり込む。バイクが可哀想だから「乗るの止めてよ」って言いたくなっちゃうけど、心から単車に乗ることが楽しいみたいでさ。そんな酷いことも言えないし。
 でも女の子なんだから、400なんて止めて250‥ううん、125でもいいんじゃないかな。あの調子じゃいつか怪我すると思うから。バイクは修理出来るけど、人間はそうはいかないよ。特に女の子なんだから、傷が残ったりしたらどうするの。

 それでね、その子が来るんだけど、可愛いんだよ。俺は別に可愛いからって何とも思わないけど。だって美姫ちゃんより可愛かったり、綺麗だったりなんて有り得ないし。
 でも先輩たちは大騒ぎ。グラビアアイドルの誰々に似てるだの、スタイル抜群だのってさ。
 だけどその子が何故だか俺にまとわりついてくるんだよ。俺はまだ18だから4〜5歳は上だと思うんだけど。
 なんかヤバイなって思って。もしかしたら俺が姫龍の族長だって知ってるんじゃないかって思うんだ。だから探りを入れてるんじゃないかって。

 ここの店長さんは中学の頃から通ってるから知ってるんだけど、他の店員さんには内緒にしてる。やっぱ客商売だしさ。変な噂立てられても嫌だし、お店にも迷惑が掛かっちゃうからね。
 とは言ってもバイク屋のメインのお客は族の連中が多かったりするんだけど。
 もちろん俺のチームの奴らもここばっかりだよ。みんなには徹底してるんだけど、その子はどこで嗅ぎ付けたのやら。
 それで俺は逃げられて丁度いいし、先輩たちは1人でもライバルが減るからいいって訳なんだ。
 女の子が1人でバイク屋に通うってのも珍しいしね。大抵は彼氏と一緒だからさ。フリーだってんで、先輩たちは色めき立っちゃって。

 11時には追い出されちゃったから、ついでに兄貴に電話してみる。通信圏外? そんなバカな。家に電話しても誰も出ない‥。
 ついでだから家まで帰ってきたよ。そんなに遠くないしね。単車なら20分くらい。

 部屋を覗いてみればやっぱり帰宅した形跡は無し。何してんだろ。男だったことにショックを受けて、女の子の所へ行ってるのかな。
 昨日あんなにヤりたそうだったのに、ヤれなかったから溜まってるだろうし。
 インスタントラーメンでも食べようかと思ってお湯を沸かしていたら、玄関から物音がした。
 美姫ちゃん? ってすぐに期待しちゃうけど、相手もお休みのはずだから帰ってくる訳ないか。ケンカでもしてれば別だけど。
 あ、でもケンカは期待しないよ。だって美姫ちゃんの悲しそうな顔なんてみたくないもん。

「あれ、龍‥いたんか」
「うん、お昼食べに帰ってきた。兄貴もラーメン食う?」
「おっ、いいね。俺は塩ね」
「はいはい、分かってます」
 なんだかいつも通りの会話なんだけど、心なしか元気がないように思える。この時間で女の子と一戦交えて来たってことはないだろうから、やっぱりムラムラしてるのかな。
 イスにドカッと座り込んだ兄貴は盛大にため息を付いた。
「どうしたの?」
「えっあっ‥まあ‥、なんだ」
 珍しく歯切れが悪い。思い切りオープンな兄貴はまず大抵は隠し事なんてしない。過去にも妊娠騒ぎのことくらいだ。

「あっ、そう言えば龍二、ちゃんと帰してあげた?」
「龍‥じ?」
「そう、龍二」
「龍‥将‥じゃなくて龍二?」
「そう、龍二」
「誰‥? 龍二って」
「だっ誰って。名前も聞いてやらなかったの? さっきまで一緒だったでしょう?」
「えっ、俺が?! どう聞いても男の名前のそいつと?」
「だってラブホへ行ったじゃん、龍二と」
「うっ‥お前‥、俺の一生の汚点のそれを何故知ってる?」
「あ〜あ、やっぱり何にも覚えてないんだね。昨日さ、大学の友達から電話が掛かってきてね。俺が酔いつぶれた兄貴を迎えに行ったの。そしたら兄貴、一緒にいた龍二連れてラブホに行っちゃったの。何にも覚えてないの?」
「お前か! 俺に男をあてがったのは」
「あてがったって酷いな。兄貴が勝手に女の子の代わりにしちゃっただけじゃん」
「代わりにしようと何だろうと、男なんだから止めろよ」
「止めたよ、そりゃもう、必死で。政史なんて凄い心配してたんだから」

「えっ、政史もいたのか」
「いたよ、龍二は政史の可愛がってる後輩なの」
「なに? もしかして政史の恋人‥とか?」
「んなわけないだろ。政史はノーマルなんだから」
「ノーマルって、お前のこと好きなんだろ」
「あっ、兄貴ってたまに変なこと言うね」
「変なコトじゃないだろ。お前、政史にまで気付かない振りしてるんかよ。美姫姉みたいに賢い奴じゃないぞ」
「あいつは‥、ずっと友達だったから。今ね、ちょっと勘違いしてるだけなんだ」
「そうかぁ。あいつは真面目で一直線だぞ」
「そんなことは俺が一番よく知ってるよ」
「だったら、勘違いさせるような態度を取るな」
「そんな態度‥取った覚えはない‥、けど‥何かを求められたら俺は応えるしかない‥と思ってる」
「そんな酷いことするんか」
「酷いって‥、俺はもしもそうなったら絶対裏切らない」
「想ってない所がもう既に裏切ってると思うけど」
「でも、俺は美姫ちゃんと鷹ちゃん以外なら、政史が一番好きだから」
「それは友達としてだろう?」
「あっ、兄貴は知らないから」
 兄貴が大暴れの中学へ入って、俺が無事だと思ったら大間違いなんだから。そりゃ、別にケンカを売られても負けたりはしなかったけどさ。でもクラスでポツンとしてるのは寂しかったんだよね。政史はサッカー部に入って、籍だけはあった兄貴のより酷い噂を聞いていただろうに、それなのに俺に話しかけてくれて、友達になってくれたんだ。兄貴のことは俺のせいじゃないって言って、慰めてくれた。
 俺はあいつだけは裏切れない。

「ねえ、俺のことはいいから。龍二、ちゃんと帰してあげたの?」
「いや、俺が先に出てきたから」
「先に? 1人で?」
「ちゃんと延長料金は払ってきたよ」
「そう言う問題じゃなくて。なんでちゃんと一緒に出てこないの」
「そんなこと言ったって、まだ身体が怠そうだったし」
「ちょっと待って。身体が怠いってどういうコト?」
 まさかじゃないけど‥、変なコトしてないだろうね。
「そりゃしかたないだろ。俺のモノ喰らって、平気なのは冬哉先輩くらいだよ。あそこも王ちゃんで慣らされてるから」
「くっ喰らってって‥。もしかしてヤっちゃったの!!」
「ああ、もう、一生の不覚。男に手を出すなんて‥」
 もう一度ため息を付く兄貴の胸ぐらを掴んで殴り飛ばす。
「なにすんだよ」
 壁際まで飛ばされた兄貴は、ムッとして俺を睨む。
「俺は政史に約束したんだよ。大丈夫だからって。どう言い訳すればいいんだよ」
「えっ、政史に?」
「そう、男だから絶対手を出さないから大丈夫って」
「そりゃさ、俺だって正気なら出してないけど、酔っぱらってたから覚えてないんだよ。冬哉先輩だと思ってヤっちゃった‥んだと思う」
「もう、兄貴のバカ! 節操なし! ケダモノ!」
「ケダモノって実の兄をつかまえて、酷いなぁ」
 とにかく龍二の無事を確認しないと政史に会わす顔がない。携帯の番号も知らないし、これはホテルに行ってみるしかない。

 慌てて家を出掛けた俺を兄貴は呼び止める。
「龍将! ちょっと待てよ」
 今更何を言い訳するつもりなのか。
「俺の塩は?」
 ガクリ‥。相変わらず兄貴は惚けたことを言う。
「自分で作って!」
 兄貴だって政史には弱いくせに。不真面目な兄貴は真面目な政史に色々言われるのが痛いんだよね。俺のことを庇ってくれてるのは知ってるし。

 ホテルまでバイクを飛ばすと、受付で聞いてみる。それらしい男はまだ出てきてないっていうので、前で待ってみた。延長しても12時までには出てこないといけないからもう少しだったし。10分くらい待つと龍二が出てきた。
「総長!」
 俺を見ると嬉しそうに寄ってくる。
「龍二‥。悪い。ごめんな」
 頭を下げて謝ると、不思議そうにどうしたのかと聞いてくる。
「大丈夫だって言ったのに、こんなことになっちゃって‥」
「こんなことって‥、鷹神に抱かれたこと?」
 あれ、鷹神って呼び捨て? 先輩って言ってなかったっけ。
「うん。兄貴がまさか男にも手を出すとは思ってなかった」
「う‥ん、違うんだ。鷹神は総長の言う通り、ベッドを見るなり寝ちゃったの。でもね、俺が迫って起こしたんだ。そしたら性欲の方が勝ったみたいでね、ちゃんと抱いてくれた」
「お前‥男が相手でもよかったの?」
「うん、俺はどっちも好き。でもカラオケであの声に落とされたんだと思う。凄いイイ声だったから。総長、気にしてわざわざ迎えに来てくれたんスか?」
「落とされたって、もしかして兄貴に惚れちゃった‥とか?」
「うん、すんごい惚れました! 責任感じてくれたんなら、鷹神の携帯番号教えて下さい」
 あ〜あ、兄貴‥男まで引っ掛けてどうすんだよ。仕方ないから番号は教えてやって、家まで送っていった。でもこれで少しは大人しくなるかな。
 政史には言い訳しないといけないけど、兄貴にはいい薬かも。
 慌てる兄貴を想像してニヤついてしまう俺だった。

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