「11時ー!? うそっ、母さんメッチャ心配してる」 連絡を入れずに遅くなるとうちの母さん、酷く心配してあちこち電話掛けまくっちゃう。でもそこはさすがって感じ。虎王先輩から家へ連絡してもらったらしい。 鷹神も送るって言ってくれたけど、龍将はそのまま走りに行くとのことで、彼の大型バイクに跨った。 「ゆっくりでいいからね?」 何度も念を押したのに、家の近くの公園に着いたのはほんの10分後。電車だと一駅だけど、車だと道が遠回りなので20分くらいかかる。それを単車だとはいえ10分で走っちゃうなんて、心臓に悪すぎだよ。 近所中にエンジン音が響き渡るのでサッサと止める。 「もう、スピード出し過ぎだって!」 「えーっ、送ってもらっといてその台詞?」 「うん、送ってくれてありがとう。でもそんなスピードで走ってたらいつか大怪我するよ」 「心配してくれてありがと。でも俺、死ぬときは単車に跨っていたいし、どうせ死ぬなら派手に散りたいから」 ああ、もう。美姫さんも鷹神も心配するはずだよ。 「でも今はとっても慎重に走ったよ。冬哉さん乗せてたからね」 これで!? 「いつもは王ちゃんちまで10分切るもん」 あ、ダメだ。めまいがする。これは正攻法では聞いてもらえそうにない。 「あのね、そんなつまんないことで死んじゃったら美姫さんがどれだけ悲しむと思ってるの? なんで止めなかったんだろうって一生苦しむことになるかもしれないだろ。それに龍将がいなくなったらあ〜んな綺麗な人、男共に狙われたい放題だよ?」 命を粗末にするのは許せなくて一気に畳み掛けた。 「うん、それはよく分かってるんだけどね。俺が居なくなっても美姫ちゃんが結婚するまでは姫龍は解散するつもりないし」 龍将は単車のタンクに貼ってあるチームのステッカーを大事そうに撫でる。 「あのね、俺のことはいいから。鷹ちゃんの心配してあげて?」 目線は上からだけど、懇願されて心が痛む。 「でも鷹神にしたら俺なんかじゃ頼りにならないんじゃないかなあ」 「今、こんなにベッタリ甘えてるのに突き放したりしないでね?」 俺のいらないんじゃないか的発言が気になったのか、語気を荒げてる。 「そんなことしないよ。みくびらないで。正直最初のうちは鷹神も龍将も二人とも怖かったけど、今はこんなに人のこと想えるって分かったから」 そう言うと龍将は少しホッとした顔を見せた。 「でもどうしてあんなにお父さんのこと嫌ってるの?」 「ああ、それ? 根本的なことは同族嫌悪だと思うんだけどね。どっちもプレイボーイだからさ。母さん苦労してるし。けど決定的な出来事があってね」 龍将の真剣な表情につられ、こちらも身を乗り出した。 「さっき話した愛希子さんに見合いの話しを持って行って別れるように言ったのは親父だったの。興信所で兄貴の行動調べててね」 「うそっ」 一瞬酷いって思ったけど、でもお父さんにしてみればまだたったの14歳だもんね。心配して当然なのかな。 「それを知った時の兄貴。凄かったんだから。親父に殴りかかってさあ。親父も今では副社長なんかに収まってるから落ち着いて見えるかもだけど、あの人も戦闘的でさ。ケンカも強かったみたいで」 今なら兄貴が勝つだろうけどね、と溜息を付きつつ話しを続ける。 「リビングがグチャグチャになるくらいの殴り合いして、階下にも響いて警察まで出てきちゃって」 「お、親を殴ったの?」 「うん、でも殴り合いだから両成敗でしょ」 ええーっ、信じらんない。親に手をあげるなんて考えられないんだけど。 「それから兄貴は徹底して無視してるし、親父も諦めた風でね」 でも結婚したいと思ってたほど惚れてた人と引き離されたらやっぱり怒れるかなあ。うちの母さんもずっと、母さんの父さんの実家のことを恨んでるし。 母さんの父さん、要は俺の母方のおじいちゃんなんだけど、名家の跡取り息子でね。母さんの母さん、俺にとってのおばあちゃんとの結婚を許してくれなかったの。それから色々あっておばあちゃんは死ぬほど苦労して母さん育てて過労で死んじゃったんだって。 おまけにうちの母さん、もう子供が産めない身体なんだ。俺が生まれたのが奇跡なんだって。母さん、天涯孤独で学歴もないから父さんに釣り合わないって思ってて、自分の取り柄は若いことだけだからって、何人でも子供産むつもりでいたんだって。父さんも子供大好きだから。でも次が全然出来ないから病院行ったらもの凄く出来にくい体質で。不妊治療までしてたらしいけど、病気になっちゃって。子宮摘出したんだって。 俺ね、すっごい兄弟が欲しかったから、母さんが入院してたのを出産のためだとばかり思い込んでて。だって近所の友達はお母さんがいなくなったら赤ちゃん連れて帰ってくるってパターンだったし。お腹も膨らんでないのにね。俺の世話のために田舎から出てきてくれてた、父さんの母さん、つまりは父方のおばあちゃんなんだけど、そのおばあちゃんに「良い子にしてたらママがプレゼントくれるんだよね?」ってずっと言ってたらしくって。病院では父さんに離婚してくれって言ってたのに、母さん。 もう子供が産めないから役に立てない、とか思ってたらしいんだ。もちろん父さんは母さんのこと愛してるから説得して今も離婚せずにいてくれるんだけどね。 だからね、俺ってお見舞いにも行ってなくて。会わせられないって思ったんだろうね。事情を知らない俺は母さんが帰ってきた開口一番「赤ちゃんは?」ってそりゃもうウキウキと嬉しそうに聞いちゃったの。子供って何にも知らない分、ほんと残酷だよね。おばあちゃんは耐えられずに違う部屋へ行っちゃうし、父さんも何にも言えずに固まっちゃうし。 母さん、すぐに俺を抱き締めて「ごめんね」って謝って。よく分からなかったけど、泣いてたから「ママ、泣かないで」って慰めたの。そしたら母さん、少し俺を離して顔を見てこう言ったの。 「とーやちゃん。ママね、とーやちゃんにプレゼントあげられないの。もう弟も妹も産んであげられないの。ダメなママでごめんね。ごめんなさい」 ボロボロと泣きながら謝られて、子供心にもこれは触れてはいけない話題なんだってようやく分かって。 「ううん、弟も妹もいらないから。ママがいてくれたらいい」 そう言ったら父さんにも抱き締められて、二人に抱かれて号泣されたの。詳しいことは小学校の卒業の時に自分史みたいなの書くでしょ? その時に聞いたんだけどね。 どれくらい辛かったかなんて分かんないけど、うちの母さん、それ以来自分のことで泣いてるのは見たことない。父さんの前ではもしかしたら泣いてたのかもはしれないけど。とにかく凄い頑張ってくれてるんだ。そんな背景があるから俺のこと溺愛してるの、二人ともが。 俺自身が胸が張り裂けそうな程辛い思いってしたことないから、少しは理解出来てると思う身内の話しと比べるしかない。 辛い思いってのは簡単には消えないし、楽にはならないよね。だからね、ちょっとは分かる気がするよ。 「あとね許せないのは親父だけじゃなくてね、自分もなんだって」 「自分って、まだなにかあるの?」 後悔だけで充分なのに。 「親父のこと嫌いでも、ちっぽけな反抗心だったわけじゃん。だからね、やっぱりプライド捨てて、頭下げて、マンションの一つでも買ってもらって真面目にやるって約束すれば良かったって。なんでこんなに好きだったのに、それが出来なかったんだろうって。死ぬほど悔やんで自分に怒ってる」 たった14で自分のプライドへし折って、嫌いな相手に頭下げてでも惚れた相手を取れば良かった‥なんて思えるだろうか。 悩んでるレベルが10年早い気がする。 「兄貴ね、楽天家なんだけど、その実後悔ばっかしてるんだよ。ほんとは。だから少し暗いのかもしれない。隠れネクラとでも言ったらいいのか」 なんにも考えてなさそうに見えたのはその場、その今が楽しけりゃいいってことじゃなくて将来を悲観してるから? いや、なんか違うな。自分のことをどうでもいいと思ってるから? うん、こっちの方がピッタリくる。いつ死んでもいい、と思ってる‥ううん、いなくなった方がいいと思ってるみたい。人の歴史に関わらないようにしてるんだ。 うちの母さんもあれ以来辛いなんて微塵も感じさせないけど、それは一生懸命幸せになろうとしているから。同じ辛さを感じさせないでもこんなに違うなんて。 「鷹神にだって幸せになる権利はあるのに」 「そうでしょ、そう思うでしょ。冬哉さん、やっぱ分かってくれて嬉しいなぁ。でもそう思うなら兄貴のものになってね」 龍将は再度それを懇願するとバイクのエンジンを掛けた。 轟音を夜空に響かせ、風のように消えてしまった。 本当に俺が付き合ったら鷹神は幸せになるんだろうか。 ほんとのほんとにそうなら幸せにしてあげたい‥とは思うけど。 けど‥、やっぱ違うよね。鷹神は俺に恋してるわけじゃないもん。そこそこの安らぎはあげられるかもしれないけど、幸せとは違うと思うから。 それならどうすればいいんだろう。 都築家の超頭の良い人たちが考えたって解決策が見つかってないのに、俺の頭で考えつくことなんてたかがしれてる。せいぜい次の相手を探すってことくらいだ。あれだけの数の女の子と付き合って、なおまだナンパを繰り返す鷹神が新しい恋が出来ないのは見てて分かるよね。 あっ、でもそれなら鷹神も新しい恋がしたいってことなんじゃ‥。それなら時間に癒してもらうしかないのかな。 ブツブツと考えながら家に帰ったので難しい顔をしちゃってたんだろう。父さんと母さんが何かあったのかと心配してくれる。 ふと鷹神とお父さんのことを思い出して、自分の父さんに抱きついた。 「父さん、大好きだからね」 「やっぱり、なにかあったのかい?」 「やだ、冬哉くん。母さんは? お母さんは好きじゃないの?」 心配してくれる父さんと、嫉妬する母さん。幸せをしみじみと感じてしまう。 「もちろん母さんも大好きだよ。愛してる」 そう言って母さんも抱き締めて、それから少しだけ説明する。 「友達がね、父親と仲良くないんだって。なんか悲しいなぁって」 「そうなのかい。それは親御さんは辛いね」 「でも男の子なら反抗期かもしれないわよ。冬哉くんにはないみたいだけど」 「反抗期!?」 「そう、反抗期。男の子なら普通はあるものよ」 「母さん、ありがと!」 そっかぁ。反抗期かぁ。俺が経験してないから気付かなかったけど、それかもしれないよね。それじゃあやっぱり時間が経つのをまつしかないってことかな。父親のことはそれでいいとして、あとは恋心かあ。 そう言えば龍将から聞いた心のテーマソング。ちょっと聴かなきゃ。 母さんからCDを借りると部屋へと引っ込んだ。 うちの母さん、ジ○ニーズ大好きでね。CDやDVDも結構持ってるし、近所の奥さん連中とコンサートなんかも行ってるんだよね。大体、俺をそこへ入れようと思ってたからダンスも習わせてたくらいで。でも虎王先輩に東京へ行ったっきりになって帰ってこないって言われて断念したんだって。DVD見た後、必ず「うちの冬哉くんの方が絶対可愛いのにぃ」って言うのが口癖。まったく、アイドルと比べてどうするんだっての。 それでアルバムがあったから探したら、例の曲も入ってたんだ。 その歌詞は当事者の少年よりも大人の男を選んだ女性が描かれていた。けれど若い頃の苦い思い出という感じで、一つの恋が終わって次を始めなきゃ、って覚悟も見える気がする。人によって解釈は色々だとは思うけど。 それでも他の男と行ってしまうシーンは涙が滲んだ。鷹神はそんな場面と遭遇はしてないと思うけど、でも重ねてしまうのは分かる気がする。 失恋の歌だけど、一応は前を向かなきゃって姿が伺えるのに、鷹神はそこまでは切り替えられないのだろうか。思い出にはまだできないのだろうか。 変に心の奥に仕舞い込んでいるから踏ん切りがつかないんじゃないかな。思い切り歌って、振り切ることはできないだろうか。 失恋してすぐなら辛いばっかりだろうけど、もう3年も経ってるんだし、そろそろ区切りをつけてもいい気がしてきた。 うん、俺が恋人になるのは無理だけど、もしかしたら出来ることがあるかもしれない。なんたって俺は先輩なんだし。一つの案を思い付いたので実行する。 |