対決1

 今回は不覚にも自分のスケジュールの調整ミスで虎王の撮影に付いていけなかった。東京まで行ってのことだったのに。
 もちろんあの人は一人だって何でもそつなくこなしてしまう。私なんかが付いて行った所で一体何の役に立つの? と言われそうだけど、高校時代から虫除けの役目を果たして来た身としては、変な奴を近付けて虎王の身を煩わせたくないと思っても当然でしょう。
 虎王のために買った中古のゴツいジープで駅まで迎えに行く。そこには既に親衛隊の幹部クラスとメンバーが三十人程集まっていた。

「白坂さん、こんにちは」
「隊長、お疲れ様」
 あちらこちらから声が掛かる。
「どう、一般Pはいない?」
「大丈夫だと思います。私達を見て誰が来るのかと、興味津々で一緒に待ってる野次馬はいますけど、情報漏れしてることはなさそうです」
「そう、それで違反者は?」
「敬子たちが押さえてます。今回は一名でしたから可愛いもんでしょう。おまけにどうしても外せない理由があったようですし、大目に見てあげてもいい範囲内かと」
「なに? その外せない理由って」
「今日が誕生日だったようです。それに加えて就職でここを離れることになったようで、虎王様に会うチャンスが最後になってしまって、どうしても一目会いたいと」
「そう、本当なら仕方ないわね。ファンクラブを抜けられるのも得策ではないし」
「はい、四回生ですし、先程向こうに住む予定の大家さんとも連絡が付きましたので、裏は取れてます」

 虎王の親衛隊と口だけで騒いでいた中学の頃とは違い、高校できちんとした組織化を図り、大学の現在は彼がモデルクラブに所属したのを切っ掛けにして有料のファンクラブへと変化していた。
 ファッション誌での人気は本物で、会員数は鰻登りの一途を辿り、現会員数は千名を優に超えている。素人としては破格のファンクラブになっていた。そして私はモデルクラブからマネージャーをやらないかと真剣に勧誘される程、虎王のマネージャーに徹していた。

 もう大学三年生。片手間にやれるほどファンクラブの経営も、マネージャーも容易いものではない。進路をどうするか決めかねていた。
 虎王がそばにいるのを許してくれるなら、会長兼事務員でファンクラブを続けてもいい。給料が出るくらいには儲ける自信もある。なにより自由に虎王のそばにいられることが嬉しい。
 それか同じそばにいるでも、きちんと虎王に付いて行くか。
 彼は間違いなく朝日鋼鉄サンライズに入団する。バイトでやっていたモデルを続けるかどうかは分からない。サンライズ側に止められる可能性だってある。元々虎王はモデルなんてどっちでもよかったんだし。お父さんが半端に男を売るなと言わなければ、やってなかっただろう。
 モデルを止める虎王のそばにきっちりいるには、朝日鋼鉄へ入社して、バレー部のマネージャーを目指すしかない。
 それよりもっと長期で考えるなら、バレーを止めた時にもそばにいることが出来るよう、虎王のお父さんの会社、都築コーポレーションに入社しておいて、社長となるはずの虎王の秘書を目指すのも手だ。


 だけど虎王が望んでない場合、私は彼のそばにはいられない訳で、全然関係ない所へ就職するしかなく、今から活動するのでは遅い。
 ゆっくり話せるチャンスが有れば、それとなく聞いてみなくては、と思ってもう数ヶ月経つ。
 今回外せなかったスケジュールとは会社面接だった。この成績で落ちることはまずないと思うから、結果が来る前に自分自身もハッキリさせておきたかった。
「あっ、麗子。この子がそう。事情は聞いた?」
「敬子、お疲れ様。ええ、聞いたわ。えっと、あなた名前は?」
「はっ、はい。宮崎あかりです。すっすいません。分かっていたんですけど、どうしても最後に、誕生記念になることが欲しくて。友達から無理に聞き出してしまいました。私が頼んだだけなので、罰則は私だけに」
「そう、あかりさんね。会員ナンバーは控えさせてもらいました。普通なら三ヶ月の会報停止処分ですが、今回初めてですし遠くへ離れなくてはならない、と言う気持ちが焦らせたと言うことも分かります。誕生日には特別にサイン入りのカードが配布されてますので、帰宅したら郵便受けを見てみるといいでしょう。それから最後までここで残っていてくれたら、ちょっとだけサービスしますよ」
 あかりさんはホッとした表情を見せ、最後には笑顔を浮かべお礼を言った。

 私の方が一学年下なのにな。隊長なんて立場にいるもんだから、どうしても偉そうな態度になってしまう。またそうでなくてはこのクラブを維持することは難しい。
 ルール厳守も絶対項目の一つなのだ。

 例えば今日のようにどこかから帰ってくる場合。迎えに出ていいのはその日の担当ナンバーの子たちだけだ。また該当ナンバーの子にしか連絡はいかない。どこで何をしている、どの雑誌の何号に載るか、試合の日程なんかは会報で知ることが出来るが、こんな細かい予定はトップシークレットとして扱っている。全ての予定を把握しているのは、私を含め幹部の数人。この幹部は中学時代からの虎王のファンで、筋金入り。情報が漏れることは考えられないのだった。
 もちろん虎王自身からとか、周りの友達から、モデルクラブからとどこからでも入手しようと思えば出来る。だけどメンバーの場合、そう言った所からの情報で勝手に行動すると、罰則が付くのが通常だった。常習犯は退会にもなった。
 それほど虎王の人気は高く、本人の意志を無視し、周りがフィーバーしていた。

 話が付いた所に携帯が鳴った。みれば発信元は虎王だった。
「はい、白坂です」
『ああ、あと五分程で到着する。どうだ? そっちは』
「大丈夫。安心して降りてきて」
『わかった。十五番で降りる』
 私の言葉で虎王だと推測した周りの人間は色めき立った。
「都築さんよ」
「虎王様のお帰りよ」
「あー、久し振りに都築くんのお顔が拝める〜」
 同級生から、下級生から、近所のお姉さんから、遠方の超ファンまで集まった人間は様々だ。虎王の呼び方も色々で聞いていると面白い。
 私は虎王から呼び捨てでいいぞ、と言われ中学からずっとこの呼び方でいる。でも本心は私も様でも付けて呼びたいくらいに虎王は次元が違う所の人間だった。

 私を先頭に入場券でホームに入る。女の子の異様な団体にみんなが道を開けてくれる。だって数だけならそんなに大したことないかもしれないけど、みんながみんな、幹部以外はどこにお見合いに行くの? ってくらい気合いが入りまくった姿だったから。切ない女心は私だってよく分かる。
 でも切ないのは女だけじゃなく、男も一緒なのよね。このお迎えの団体には男の子だって混じることがある。いわゆるゲイでネコと呼ばれるタイプの子だ。ゲイの子たちからも抱かれたい男の上位に支持されているのだ。
 生虎王を見るだけなら大学に来ればいつでも見れる。しかし話したり、触れたりをファンクラブを通さずにすると、酷い目に会う。酷いと言っても暴力をふるったりするんじゃないのよ? 虎王が好きなんだから、一番効くことと言えば分かるでしょ。虎王と話すことが出来無くなっちゃうのよね。違反者と言っておけば虎王は頭から無視しちゃうしね。
 しかしこのお迎えに参加すれば運がいい時はお土産付きで握手してもらえるのだ。みんな順番を心待ちにしていた。

 虎王の指示通り、十五番乗り場で待つと特急が停車し、本人が降りてきた。その場に立っただけで周辺の雰囲気がガラリと変わる。こういう時は待っていた私たちをガッカリさせないようスターオーラを漲らせて登場する。オーラを自分で操作出来るなんて嘘だと思うかもしれないけど、彼にはそれが出来るのだ。もちろん私にだって見える訳じゃないわよ。なんてのか、余所を向いていてもハッと振り向いてしまうような雰囲気を醸し出しているのだ。

 ホーム内での出来事や回想シーン。中略


 それからホームを出ると駅前で写真撮影会。その時だけは写真も撮りたい放題。もちろん自分も一緒に収まってもいい。みんなこの撮影会が一番楽しみなのだ。
 こんなことをしているので電車が着いてから一時間は帰れないのが常であった。
 本来違反者であるあかりさんにも同様のサービスをしてもらって、引っ越し先でも活動を続けることを約束させた。

 ようやく全てが終了し、虎王は私の車の助手席に乗った。何度後部座席に乗ってくれとお願いしても、それは聞いてくれない。いつもお願いや希望は叶えてくれるのに。助手席が一番危ないって言ってるのに。
 虎王は私と二人きりになるといつもムスッとする。そして誰も近付けない、拒絶してるような揺らめくオーラで包まれる。
 機嫌が悪いのかと勘違いしそうだが、本来は物静かな男で、滅多に笑ったりはしない。孤独な独裁者と言えばピッタリくるこの姿が真の虎王なのだ。静かに、ひたすらに、沈黙の中でゆらりと立ち上る青い炎を身に纏い、そこにはない遥か彼方を見つめている、そんな男なのだ。
 我々下々の者は迂闊に近寄れない高貴さで、他人を拒絶する。そのオーラの中に気楽に飛び込めるのは彼の弟の狼帝くんと、彼が可愛がっている冬哉くんだけ。
 きっと一番一緒に居る時間が長いと思われる私だってそんなことは出来ない。やるならその炎に焼かれ、大火傷を負うことを覚悟しなくてはならない。
「なんだ」
 と、不機嫌に返されたら、それだけで息が止まるから。

 だけどこの時はその炎が少し弱い気がした。
 珍しい‥。この男に弱点はない。それは全てに自信があると言うことではなく、全てに無頓着だから。普通の人間があれこれ感情的になるのは人からどう思われるかが気になるから。それは対世間でも、対恋人でも同じだ。
 だが虎王は一切気にならない。
 ただ自分の評判が落ちると家族に迷惑が掛かるとは思ってる。特に弟の狼帝くんには迷惑を掛けたくないようで、非の打ち所がない兄でいたいと思っている。放っておけばいつでも争いの真ん中にいてしまうのを防ぐために、ファンクラブなんていう、彼にとってはそれこそどうでもいいことに付き合ってくれているのだ。

 しかしそれを私に任せてくれたと言うことは、それなりに信頼されていると言うことで、私は虎王が少しでも不安に思うことがあるなら、例えこの身が焼け焦げようとも聞き出して、取り除かなきゃいけない。

「ねえ、向こうで何かあったの?」
「ああ、別に何という程のことではないが、どうしたものかと思って。麗子、お前に聞いてみようと思っていた所だった」
 焦げる心配は杞憂に終わり、普通に会話してくれる。私に聞くなんて、よっぽどのことがあったのだろうか。
「なっなに‥どうしたの? もしかしたら大変なことなの?」
「いや、大したことではないと思うが、挑戦された。俺としては別に受けなくても構わないが、逃げたと吹聴されると周りの人間にどれほどのダメージがあるか、そのダメージの大きさを考えてから返事をしようと思って」
「珍しいわね。その場で叩きのめさないなんて」
「ああ、相手にするのも疲れる奴だったんだ。お前は覚えてないか? 前田美良(まえだ みよし)。自分でヨッシーなどと言ってるお調子者だ。何を言っても堪えないから相手にするだけ無駄だと思ってな」
「挑戦って一体何を?」
「どちらの方が女にもてるか」

 それを聞いて思わず吹き出してしまった。前田美良、確かに覚えてる。強烈なインパクトで忘れようと思っても無理だろう。私の、私たちの虎王の足元にでも及ぶと思っていたら大間違いだが、ビジュアルだけみれば実はそんなに悪くない。虎王が今所属してるモデルクラブでも、虎王が入る前はナンバーワンの売れっ子だった。今では人気という点では虎王に抜かれているのだが、仕事の件数ではまだ向こうの方が多い。
 だけどそれは当たり前でしょう。だって虎王は大学生だし、本業は疎かにしてないし、モデルはあくまでバイトであって本気でやっている訳じゃない。おまけに気合いの入ったバイトでもなくて、バレーが一番なのだから。
 そんなことちょっと考えたら分かりそうなのに。いや、それでも、だからこそ決着が付けたいのだろうか。
 自分が一番だと思ってるナルシストには、片手間のバイトで二位にまで迫ってきた虎王が疎ましい存在であることは、容易に想像出来た。

「どうしてそんな話しになったの?」
「来期からのメンズビーの専属モデルにしたいとオファーがあったんだが、断った。それは知ってるだろう?」
「うん」
 専属なんてなってしまったら、毎週のように上京しなきゃならなくなるから。
「その後に続きがあってな。俺がダメなら‥と、後釜に前田が選ばれたんだが、あいつはそれを知らなくて。その仕事が取れたことを自慢してたんだ。鬱陶しいからほっておいたら、社長が来て俺の仕事だったと明かしてしまって。自分に来た仕事だと思っていただけにショックだったんだろうな。おまけに俺にまで自慢してしまったから、他のスタッフやモデルの手前、引っ込みが付かなくなって、それなら一般の女の子に決めてもらおうじゃないか、だと。その時は適当に相づち打って帰ってきたんだが、電車の中であいつのホームページ見たら早速俺と対決する、と書いてあった」
 虎王は自分の携帯を取り出すと、そのページを表示させ赤信号で停まった隙に見せる。
 社長にでも聞いたのか、知らないはずのアドレスへメールが送られてきて、ご丁寧にサイトアドレスが載っていたらしい。
 そこには対決の方法まで書いてあった。なんとホストをして、どちらが指名が多いか競うと言うものであった。
 自分の方が有名だと分かってる奴の作戦だ。悔しい。
「ここまでされて受けなかったら逃げたと大騒ぎするだろう。しかしやると言ってもホストじゃな。どっちも自分を落とすだけって感じだろ。特に狼帝が反対しそうだしな」
 こんなに悔しいと思うのに、虎王は何とも思わないんだろうか。いえ、自分の方が上だって火を見るよりも明らかだと分かっているから?
 どちらにしても虎王が逃げたなんて評判を立てられちゃたまったもんじゃないわ。
「ダメよ! 絶対逃げたなんて思われたくないわ! 狼帝くんには私から話すわ。あなたが言うとなんでも反対しそうだし」
「そうだな。俺の言うことなんか聞く耳もたんって突っ張ってるからな」
 狼帝くんの態度を思い出したのか、ニヤリとした。虎王はいつも微妙なラインで彼をからかっている。それに細やかに反応する狼帝くんが可愛くて仕方ないのだ。

 虎王のホスト姿を思い浮かべて顔が緩む。何をしても格好いいけどホストなんて最高にセクシー。悔しいだけじゃなくて、やって欲しいと言う乙女心も全開な私だった。

 ファンクラブ全会員1256名をもってすれば大抵のことは調べられる。だが今回はホストという、乙女の夢を最高に叶えてくれそうで、それでいてベールに包まれた秘境にみんなが浮き足立っていた。
 そんな中、私の方へもチラリと連絡はあったが、ほとんど事後報告に近かったことが。お金持ちのお嬢様たちでツアーを組み、なんとそのホストクラブへ行って来たと言うのだ。

 対決の詳細は挑戦を受けると返事をしてから送られてきた。

 場所は名古屋。東京ではこちらに不利だろうという、一見公平さを提案したかのようなその場所は、よくよく調べてみたら前田の出身地。シティボーイを気取っているのでどうやらトップシークレットだったらしいが、ファンの間では公然の秘密だった。
 おまけに今回の舞台に選ばれたその店は、前田がモデルをとして喰っていけるまでの間、バイトしていたらしいのだ。
 なにやら圧倒的に不利。そこへもって決して今のファンは呼ばないことをルールの一つとしてあげていた。
 そんなの‥、源氏名で昔のお客にお誘いのメールでも打てば、今の前田とは関係無しにお客さんは来そうだし、こっちだけキャッチでってかなり酷い条件じゃないだろうか。
 虎王は必要があればルールなんて守らないし、手段を選ばないタイプの男だ。だけどこんな卑怯な手を使う奴、絶対圧倒的不利の中で勝ちを収め、根底から自信を剥奪してやり、徹底的に叩きのめしたくなる。
 自分に有利なようにヘルプはOKと言うことだったので、それを逆手に取ってやる。どれだけでもナンバーワンを連れてくるがいい。このキングにケンカを売ったこと、一生涯、墓場の中まで後悔させてやる。

 決戦の日まで一週間。やることは大量にある。私たち虎王親衛隊はかつてないくらい興奮して、そして活動を始めた。

 お店の方の計画は思い切って他の子に任せた。だってホストクラブなんて行ったこともなければ、名古屋だって詳しくない。それならば短い時間でゼロから知識を入れるよりも、少しでも知ってる子がやった方が効率がいいと判断したのだ。捜せばいるもんでファンクラブの中にも名古屋出身の子は五名ほどいた。東京よりは名古屋の方がずっと近い。そう思えばおかしな数字ではない。
 その五人のうち作戦部に入ってくれるという二名と、多少なりともホストクラブの経験がある二名、そして幹部から一名の合計五名で動いてもらった。
 キャッチにいいポイントとか、それ以前にチラシを配っておくとか、出来ることは惜しみなくやってもらった。

 そして私はホスト側の準備。全くの素人では話しにならないので売れっ子ホストに心得を教えてもらうようにする。
 虎王は下条先輩の親戚が経営してるホストクラブの人と話が出来るよう、渡りを付けてきた。
 う〜ん、下条先輩。本当に味方に付けておいて正解だったな。実は下条先輩は虎王のことを勝手に逆恨みして嫌っていたのだ。代議士のお祖父さんと虎王のお父さんは古くからの知り合いだそうで、利発でなんでも出来て破格に頭のいい虎王と比べられては不愉快な思いをしていたらしい。
 企業社長と代議士なんてベッタリの癒着がありそうなので、これも公にはされていなかったが、けれど一企業がどうこう言う前に、下条先輩の親戚はヤクザと言うことの方が問題な気がするけど。まあ、身内で色んな部門を受け持って発展してきた一族なのでそういう黒い部分も持ってないと仕方なかったのかも知れない。本来は金融業で表は明るく銀行をやっていて、裏ではサラ金もやっているらしい。

 虎王が本物に心得を教えてもらえば鬼に金棒で、なんの心配もすることはないでしょう。なんせ今だってホストしてるようなものだしね。女の子を喜ばせるためにいつも最大限の努力をしてくれてるのだから。

 それから私は私にしか出来ないことを実行に移す。

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