「乙女の肖像」事件 −6−
ぱちんっ
小さく音がしたと思うと、突如灯かりがついた。
「久しぶり、タロちゃん。また会えるような気がしてた。」
暗闇から連れ出され、まだ灯かりに慣れず目を瞬かせる小林少年の前に一人の男が立っている。
黒いタキシードに、黒いシルクハット、そして黒いマント。
1つだけ違う所と言えば、あの日はサングラスを掛けていたが、今日は顔の半分を負おうマスクをつけていた。
目元が隠されていて表情は分からないが、紛れもなく、あの満月の夜に会った男。
彼は間違いなくバロンであった。
「な、なんで・・・。」
別に何かに対しての質問ではない。しかし、驚きに支配されている小林少年の口からはそんな言葉しか出てこない。
「また、会いたかった・・・。この間は時間がなかったけど・・・。」
バロンはいいながらぐっと小林少年の腰を引き寄せる。
「タロちゃん・・・。」
囁きながらバロンの顔がドンドン近づいてくるが、小林少年は硬直したままだ。
「あっ」
思った時にはもう遅く、小林少年の口をしっかりとバロンの口が塞いでいた。
はじめはそっと重ねるだけだった唇が深く重ね合わされ、かと思うと今度は唇の上を舌でぺろりと舐められる。
その感覚に震え、薄く口を開いてしまうと、そのまま舌が口の中にまで侵入を果たす。
「・・・んっ」
舌で上顎を舐められ、鼻にかかった甘えるような声が出て驚く。
しかし、その声に気をよくしたのか舌は更に侵入してきて、小林少年のそれに絡み付いてきた。
強く抱きしめられて逃げることも出来ず、小林少年はされるがままだ。
くちゅくちゅと、唾液が混ざり合う音が部屋に響く。
口の端からはどちらのかも分からぬ、唾液がつうっと零れ落ちた。
そうしてやっと、口が解放される。だが悪戯な唇は小林少年からこぼれた唾液を追うように首筋にまで口付けてきた。
そうっと舐められた後にきつく吸い上げられ、背中に電気が走った。
「んあ・・・っ」
自分の声かと疑いたくなるような声がでて、小林少年は涙目になった。
それに気付いたバロンが首筋を解放し、もう一度軽く口にキスをした。
はっと我に帰り、慌ててバロンから離れようとするが腰が抜けてしまっていた。
「そんなに感じてくれたの・・・?」
クスリと笑われて、顔が真っ赤になったのがわかった。
「なんで、こんな・・・」
目を潤ませながら見上げてくる小林少年にバロンは甘く微笑んだ。
「この間の満月の夜からタロちゃんのことが頭から離れなかった。泥棒の心を盗むなんてタロちゃんは大泥棒だね。」
婉曲な告白に小林少年は更に顔を赤くした。
「タロちゃんは・・・?」
「・・・え?」
「タロちゃんは俺のことどう思ってる?」
「どうって・・・・」
そんなことを急に言われても・・・・と口ごもる小林少年に
「じゃあ、次はタロちゃんの心を盗もうか。」
そう言ってもう一度抱きしめ、唇を重ねた瞬間。
ばたーん!!
部屋の扉が勢いよく開いた。
「見つけたぞ、バロン!!」
扉の向こうに立っているのは明智刑事だった。
「・・・・・・・・・!!こ、小林君っ!!」
バロンの腕に抱きしめられ、唇を奪われている小林少年を見て明智刑事が驚愕の声を上げる。
わざとゆっくり小林少年から唇をはなしたバロンが口の端をにいっと上げて明智刑事と対峙する。
「刑事さんのおでましか・・・。ふっ、残念ながら乙女の肖像は頂いた。」
そう言って、乙女の肖像が入っているだろう筒を見せつける。
だが、明智刑事の目は乙女の肖像より、小林少年に向けられていた。
「小林君、大丈夫かいっ!?さあ、こっちへおいで・・・!!」
小林少年に手をのばす明智刑事に仮面の下でバロンが眉をひそめた。
(この刑事、タロちゃんとどういう関係だ・・・?)
「明智刑事・・・。」
ふらっと腕の中から抜け出そうとした小林少年を慌ててもう一度腕の中に捕らえてしまう。
「バロン!!小林君をはなせっ!!」
明智刑事の叫びにバロンがフンと鼻を鳴らす。
(この野郎・・・。俺のタロちゃんに惚れてやがるな・・・。)
その態度に明智刑事も眼光を鋭くさせる。
(バロンめ・・・。小林君をどうするつもりだ・・・。)
数秒の静寂が一同を襲った。
しかし。
「明智さん、バロンはそこですか!?」
「警視!?」
他の刑事がこちらに気付いたようで、バタバタとたくさんの足音が部屋に迫ってきた。
「ちっ」
「もう逃げられんぞ、バロン!!」
じりじりと詰め寄る明智刑事にバロンがニヤリと笑った。
「仕方ない、今日のところはここまでだ。乙女の肖像は頂いてく。」
そう言って窓際に小林少年を抱えたまま移動する。
「なにをする気だ!?」
意気込む明智刑事に一瞥をくれ・・・
「乙女の肖像は確かに頂いた。」
ガラリと窓を開け小林少年を抱きしめる。
「じゃあな、タロちゃん。また次の満月に・・・。」
言い置いてひらりと窓から身を躍らせた。
小林少年が驚き下を覗き込むと近くの屋根にひらりと飛び移り消え去っていくのが見えた。
「バロン・・・」
なんだったのだろうか。次の満月にまた会ってしまうのだろうか・・・。
それは嬉しいような、怖いような、複雑な気がした。
「小林君!!大丈夫かいっ!?」
急いで駆け寄ってきた明智刑事は周りの刑事に指示を出しながら、小林少年をそっと抱きしめた。
「もう、大丈夫だよ・・・。私が守ってあげるからね・・・。」
結局、警察はバロンを捕まえることが出来なかった。
その場に居合わせてしまったので、また事情聴取を受け、全てが終わった時にはもう空が白くなりかけていた。
「明智刑事」
呼ぶと明智刑事が振り返る。
「バロンが・・・また次の満月にって・・・。」
その言葉に顔を顰め、明智刑事は小林少年を腕に閉じ込めた。
「小林君・・・。バロンにはもう会わないように注意しないとね。あんなやつに私の小林君が・・・。」
呟いて小林少年の顔を覗き込む。
そして。
そっと重ねるだけのキスをした。
「明智刑事・・・?」
「その・・・。バロンはまた君に会いにきそうな気がするんだ。だからその時は私が小林君を守る。いいね・・・?」
その顔があまりに真摯だったので、キスのことを問い詰めることも出来ず、小林少年はただ小さく頷いた。
END
□■あとがき■□
花泥棒の出会い編、「乙女の肖像」事件はいかがだったでしょうか。読み返すと「なんじゃこりゃ」という部分がとても多いのですが、今私にかける最大限がこれなので仕方ないかなと思ってます。もっと精進します、ハイ。
このまま3人は泥沼の三角関係に突き進むのです(嘘)いや、そうなるかもですが。
あ、名前の設定ですがベタですみません(汗)思いつかないんですよね、名前・・・。
怪盗+少年+探偵といえばもう。明智さんは探偵じゃないし怪盗の名前も二十面相じゃないですけどね。