不器用な男 −2−
「く・・・・・・・・・・くくっ・・・・・・・・・」
ばきっ
「・・・・・・・・・ってぇな!!殴んなよ!!」
「絶対笑うなって言っただろうが」
「けどよ・・・・・くっ・・・・・・・くくく・・・・・くっ」
ばきっ
「ってぇな!!殴んじゃねぇって言ってんだろ!!」
「笑うなって言ってるだろ!!」
「「・・・・・・・・・・・・・」」
どうにか笑いをおさめた邑井が
「素直に言えば?」
と言うが、敦彦は絶対に頷かない。
「そんなこと出来るはずないだろ。」
「なんでだよ」
「完璧じゃなくなるだろ!!」
何を言ってるんだと敦彦が鬼のような形相をするが、邑井は呆れるだけだ。
「別に完璧である必要はねぇんじゃねーの。」
「は?ばかか、お前は。」
相談に乗ってやってるのにこの態度だ。邑井もさすがにむっとする。
「ばかはお前だろ。」
「なんだと?」
「そうだろうが。完璧な人間なんていねぇんだよ。」
「いなくてもいいんだっ。樹がそう思いさえすれば!!」
ここまで必死だと同情もわくというものだ。
「仕方ねぇな。とりあえずなんか言い訳考えろよ。」
「ああ。」
二人でうんうんと悩んだが結局、何一ついい言い訳など浮かばなかった。
放課後にはやはり勘違いしたままの樹が、勘違いしたままの気遣いで、邑井と敦彦を二人っきりにさせて自分は一人で帰ってしまった。
そんなことが1週間も続くと、2人は疲れ果てた。
お互いそこまで相手のことを好ましく思ってもいないのに、樹の気遣いのせいで四六時中一緒にいるはめになっている。
「元宮は何であんなに一生懸命なんだ・・・?」
邑井がぐったりと呟けば、敦彦も
「樹は意外と頑固だからな・・・・・」
やはりぐったりと言葉を返す。
「それにしても、」
と、邑井が意地悪く笑った。
「なんだよ」
その笑みに敦彦は眉を顰めた。
全くこれっぽっちも望んでいないが、ここ一週間一緒に居続けて邑井がこういう顔をするときは、くだらないことを考えている時だと知ってしまった。
嫌そうな顔の敦彦を見て邑井は嬉しそうに笑った。
「こんなに俺とお前をひっつけようとするって事は、元宮はお前のこと本当に友達だとしか見てねぇんだな」
邑井の方もこの一週間で、この完璧だと言われている男をからかうのはとても楽しいと知ってしまったのだ。
案の定、敦彦は邑井の言葉にショックを受けたようで、黙りこくってしまった。
ここ一週間のストレスを敦彦をからかうことで発散させた邑井は満足げに笑った後、冷たく敦彦に告げた。
「俺はもう我慢できねぇからな。」
どういう意味だ、と敦彦が邑井をにらみつける。
睨まれた邑井は肩をすくめて見せた。
「これ以上考えたっていい言い訳なんか浮かばねぇよ。ホントのこと言っちまえよ。」
敦彦は無言のままだ。
「お前が言わねぇんなら、俺が言ってやるよ」
「なっ!!」
「あっちゃんは自分も可愛い可愛い樹に褒めてもらいたくて、俺の髪型を真似しようとしたんだってーってな。」
「お前っ!!」
敦彦がもう我慢できないとばかりに邑井を殴ろうとした瞬間、邑井が敦彦の後方を見て「あ・・・・」と気まずそうな顔をした。
嫌な予感がしてゆっくり振り向くと、樹が驚きの表情で敦彦を見ていた。
敦彦が邑井を好きなのだという事実が発覚して以来、二人をひっつけようと画策していた樹であったが、一人でいるのが無性に寂しくなってしまった。
(あっちゃんには悪いけど、俺もたまには二人と一緒にいたい)
そう樹が思うのも無理はない。
久しぶりに敦彦か邑井とご飯でも食べようと、屋上に上がってみれば、二人は明らかに仲悪そうに話していた。
(もう、あっちゃん、そんなんじゃダメだよ!!)
敦彦が幸せになるためならばと、自分の恋心を押さえ込んだのだ。
これで敦彦には幸せになってもらわないと、自分も報われない。
樹は二人の会話を、ちょっと悪いけど盗み聞きさせてもらって、後で敦彦にアドバイスしようと思った。
そうして聞こえて来たのが邑井の言葉だったのだ。
『あっちゃんは自分も可愛い可愛い樹に褒めてもらいたくて、俺の髪型を真似しようとしたんだってーってな。』
どういうことだろうか。
邑井と目が合い、次に敦彦がゆっくりと振り返った。
樹に気付いた敦彦は気まずそうに、俯いたり樹をちらっとみたりを繰り返しながら、言葉を捜しているようだった。
「あっちゃん・・・・・・?」
声をかけると敦彦は渋々といった様子で顔を上げ樹を正面から見た。
その時の敦彦は、いつもの自信溢れる表情とは違い、困ったように眉を下げていた。
「だから、その、あれだよ。」
「・・・・・・・?」
「誤解で、樹が・・・・・。前に樹が言ったから・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・?」
敦彦は口の中でもごもごと何やら言っているが、要領を得ない。
見かねた邑井が横から口を挟んだ。
「何もごもご言ってんだよ。お前が恥らってみせても可愛くねぇっての。」
言ってから樹のほうを見て、こいつさぁ、と敦彦を指さして笑った。
「2週間くらい前、俺が髪切った時、元宮がすげぇ褒めてくれただろ?それが『あっちゃん』は悔しかったんだと。」
驚いて敦彦を見ると、邑井を睨んでいた。
「んで、『あっちゃん』は可愛い幼馴染の樹くんに自分も褒めて欲しくて、髪を切ろうと思ったわけだ」
樹は唖然と敦彦を見つめた。敦彦は邑井を睨みながらも居心地悪そうにしている。
「でも、どういう髪型だと元宮に褒めてもらえるか、わからない。だから俺の写真持ってって、同じ髪形にしてもらおうと思ってたんだと。」
健気だねぇ、あっちゃんは。と邑井が笑うと、敦彦が我慢ならないと邑井の頭をはたいた。
「お前にあっちゃんなんて言われたくない。」
怒っているが、顔が赤いのはもしかしたら怒りのせいではないかもしれない。
「あっちゃん、本当なの?」
「ん」
敦彦はばつが悪そうに小さく頷いた。
「あっちゃんも俺に褒めて欲しかったの?」
「ん。」
少しの沈黙の後、やはり気まずそうに小さく頷くだけだったが、樹は嬉しくて笑ってしまった。
「じゃあ、邑井のこと好きじゃ・・・・・」
「ないっ!!」
敦彦はこれには大きな声で答えた。
「なんだ・・・・・・。」
なんだ。
勘違いだった。
あっちゃん、俺に褒めて欲しいんだ・・・・・。
褒めてもらうために、邑井と同じ髪型にしようとしたんだ・・・・・。
なんだ。
なぁんだっ。
こみ上げてくる喜びに樹が満面の笑みを浮かべると敦彦も、照れたようにではあったが、笑顔を見せた。
「俺、あっちゃんの髪型も好きだよ。あっちゃんに凄く似合ってるし、かっこいいよ」
樹の言葉にやに下がった敦彦を見て邑井はふん、と溜息をついた。
「結局バカップルなんじゃねぇか」
これでは巻き込まれ損だ。
だがふと、思いついて邑井は樹のほうを見て、ニヤリと笑って言った。
「なぁ、俺は?」
「え?」
「俺の髪型は、もう似合うって言ってくれねぇの?」
「そんなことないよ!!邑井も凄く似合ってるし、かっこいいと思うよ」
笑顔で言った元宮は、まぁ確かに可愛かったし、何より元宮の後ろで複雑そうな顔をしてる男の顔が面白かったので、これで迷惑料としておいてやるか。
邑井はもう一度ニヤリと笑って見せた。
視界の端で完璧だと言われている男が心底嫌そうな顔をしているのが目に入った。
おわり