完璧な男 −1−




スポーツ万能。
中学の時はバスケで全国まで行った。高校では一年の時、テニスでインターハイ優勝。
頭脳明晰。
中学2年の冬から学年トップ。県で一番の高校にトップ入学。2年の現在まで常に首位。
容姿端麗。
180cmを越える長身に、男らしいしっかりとした体。今風に染めた少し茶色がかっている髪に、甘いマスク。
同じ学校に通う女子はもちろん、教師にまで人気があり、近隣の高校でも有名。

牧田 敦彦(まきた あつひこ)は完璧な男だった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――



ズキン。
視界の隅に彼の姿が入った瞬間、胸が痛んだ。
(あっちゃん・・・。)
周りには女の子が2人と、彼の友達が3人。彼を中心に楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
久しぶりに聞いた彼の声は今でも心に痺れるような痛みをもたらした。
楽しそうなその声に誘われるように視線を向けそうになり、慌てて俯いた。
(やっぱり見ないほうがいいよね・・・。)
極力そちらを見ないように、目の前を急いで通り過ぎる。

廊下の角を曲がりきってからほっと溜息を吐いた。緊張に高鳴っていた鼓動も治まってくる。
「元宮、どうかしたか?」
隣にいた人物に心配そうに話し掛けられ、彼、元宮 樹(もとみや いつき)はなんでもないよ、と笑って見せた。
「ならいいけど、急ごうぜ。」
クラスメートで、この半年ずっと一緒に行動している邑井(むらい)に急かされ、樹も足を速めた。

次は化学の時間で、早く行って実験の用意をして置かなければいけない。
化学の教師は普段は穏やかだが、実験に命をかけていると言われるほど実験が大好きで、
実験に少しでも遅れようものなら烈火のごとく怒り出すことで有名なのだ。




「なあ、なんか悩みでもあんの?」
ほぼ実験も終わり、結果をレポートにまとめていると、隣に座っていた邑井が突然そんなことを言い出した。

「え・・・?別に悩みなんかないよ?」
「嘘付け。お前時々、すげぇ暗い顔してんぞ。アイツとなんか関係あんの?」
レポートを書く手を止めず、邑井は淡々とそう言った。
ドキリとし、それを気付かれないよう無理矢理笑顔を作る。
「嘘なんかついてないよ・・・。それにアイツって誰のこと。」
「牧田。牧田敦彦。アイツの近くを通った後にお前はいつも溜息をつく。」

周りを見ると、他のグループも実験が終わりざわついていた。
会話が聞かれていないことを確認してレポートを書く手を速める。
「邑井の気のせいだよ。」
レポート書き終わったのかシャーペンをこつんと机に放り出し、邑井がこちらを向いた。
「元宮。」

だが、そこでタイミングよくチャイムが鳴り響き、樹はちょうど書き上げた自分のレポートを持って立ち上がった。
「あ、チャイムなったね。レポート出してくる。邑井の分も出してくるよ。」
言って邑井の前のレポートをさっと掴み、教卓へレポートを持っていく。
「さ、教室に戻ろ?」
レポートを出し、机に戻ると、邑井の目を見ず、そう告げる。
「ああ。」
邑井もそれだけ言って席をたった。
教室まで戻る時間、今日は帰りにどこによって帰るだとか、そういう話をした。
さっきの話はしたくないとでもいうように、いつもと違い話し続ける樹に、邑井も相槌を打つだけで話を戻そうとはしなかった。





「ただいま」
「あ、おかえり。」
「おかえり、樹ちゃん」
リビングのドアを開けると母親の声ともう一つ、聞きなれた女の人の声が樹を出迎えた。
「ただいま。いらっしゃい、美奈子さん」
美奈子はお隣さんで、樹の母親とはとても仲がよく、日頃からよくお互いの家でお茶をしていた。
「いや〜ん、樹ちゃんはいつ見てもかわいいわ〜。」
言いながら抱きしめられて樹は苦笑した。

昔から可愛がってくれている美奈子は樹が高校2年になった今でも「樹ちゃん」と呼び、
可愛い、可愛いと頭を撫でてくる。
(美奈子さんはいつ見てもパワフル・・・)
とても口には出せないことを心の中で呟く。
「いいわよねぇ、裕子は。樹ちゃんかわいくて。うちの敦彦なんかむさ苦しく育ってくれちゃって。」
溜息をつきながら手にとったクッキーを口に頬張る美奈子に樹の母、裕子がそんなことないわよ、と言い返す。
「樹はもうちょっと逞しくなって欲しかったわ〜。嫌になるくらい私にそっくりだもの」
確かに樹は母親にそっくりで、裕子の若いころの写真を見ると女装した自分が映っているように見える程だ。
「樹ちゃん、また前みたいにうちにも遊びに来てよ。敦彦も樹ちゃんが着てくれなくなってから凹んでるみたいよ。」

美奈子はとても気さくで、樹もとても懐いていたが彼女の息子である敦彦のことを聞かされるのは正直つらかった。
彼のことなど聞きたくなくて、そして同時に喉から手が出るほど聞きたいと心が切望していた。
だが、聞けばその分つらくなることは分かっている。
だから美奈子の言葉にまた今度ね、と言い置いて樹は2階の自分の部屋に戻った。


『敦彦も樹ちゃんが着てくれなくなってから凹んでるみたいよ。』
美奈子の言葉が耳に残っていた。
自分が遊びに行かなくなって敦彦が凹んでる・・・。
そんなこと・・・・・・。
「あるわけ、ないよ・・・。」
ポツリと呟いて樹はベッドに突っ伏した。
あの頃のように戻りたいのは樹のほうだった。
あの頃のように隣に遊びに行き、当然のように敦彦と一緒にいられたら。
そしたらもう二度とあんな事は言わないのに。
敦彦を困らせるようなことは絶対にしないのに。
考えてもどうしようもないことばかりが、心の中で膨れ上がる。
(あっちゃんの側にいたいよ・・・。)
それは叶わぬ夢だと知りながら樹は願わずにいられなかった。





 NEXT  小説TOP

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル