完璧な男 −9−
その悲痛な叫びに敦彦は涙を流す樹を見た。
樹はぼろぼろと涙を流し、震えながら怯えたように敦彦を見ていた。
その姿に敦彦は顔をくしゃりと歪めた。
そしてゆっくりと樹を解放した。
泣きじゃくる樹に布団を掛けてゆっくりと頭を撫でる。
「悪い・・・・・。樹、ごめんな・・・・・。くそっ・・・樹・・・・・本当にごめん・・・」
それからどれくらい時間がたっただろうか。
頭を撫でる手が優しさを取り戻してることに気付き樹は敦彦をゆっくり見上げた。
敦彦の方が悲しそうに見えた。
「あっちゃん・・・、本当に邑井とはそういうんじゃないよ。」
「・・・・・・・・・・」
「信じてくれないかもしれないけど、邑井は友達だから。」
「もういい・・・。」
頑な敦彦に樹は今が最後のチャンスな気がして、自分の想い―もちろん敦彦への想いは言えないが―を伝えようと思った。
「あっちゃん・・・。あっちゃんが俺のことゲイだって嫌いになるのは仕方ないと思う。」
「・・・・・・・・・・・何言って・・・」
「聞いて。あっちゃんがそういうの嫌いだってことは知ってるよ。でも俺も別にそうなりたくてなった訳じゃないよ。こういうのはおかしいんじゃないかとか、親に何ていえばいいんだろうとか、凄く悩んでるよ。」
「樹・・・・・・」
「でも無理なんだ。俺は男しか好きになれないみたい。だから、あっちゃんが俺のこと嫌いなのは仕方ないんだ。」
敦彦は樹の話を真剣に聞いてくれている。
それを確認し、樹は言葉を続けた。
「でも仕方ないと思うのに、やっぱりあっちゃんに嫌われるのはつらい。ずっと友達でいたいよ」
「・・・・・・・・いつき・・それは・・・」
「うん、無理だよね。わかってるよ。でもそれが俺の気持なんだ。」
やっと言えた。
別に敦彦に自分の想いを押し付けるつもりはない。ただ自分の気持を知っておいて欲しかっただけだ。
受け入れてもらえないのは悲しいけど、でもそれは仕方ないことだと諦めるしかない。
ただ自分の気持を伝えられただけで随分と心が軽くなったような気がする。
「それと、邑井はほんとにそういうんじゃないからね。あの日のことは本当に単なる事故って言うか・・・」
痴漢にあった事は出来れば言いたくなかったが、邑井のためにも言うしかない。
そう決心して樹はあの日のことを話した。
「ほんとか・・・・・?」
「うん、男が痴漢に会うなんて信じられないかもしれないけど・・・」
「いや・・・お前なら・・・・・・・・・」
「それに邑井ってすごい、いいやつなんだよ。俺がゲイだって分かっても友達でいてくれてる。」
「なんだよ・・・・・、それなら俺だって別に・・・!!」
「あ、違うよ!!ごめん、別にあっちゃんがどうとかそういうんじゃなくて・・・・。とにかく俺のことは仕方ないけど、邑井はいいやつだから。だから邑井のこと嫌う必要なんかないよ。」
仲良くなって欲しいとまでは言えないが、自分のせいで邑井まで誰かに嫌われるなんていやだ。
敦彦なら分かってくれる。そう思った。
だが敦彦が注意を向けたのは「俺のことは仕方ないけど」の部分だった。
「あのな・・・言っとくけど俺は別に樹のこと嫌ってないからな。」
「え・・・・・・」
「樹が俺のこと嫌ってるんだろ・・・・・。」
「違うよ!!だって・・・・・・・あっちゃんが俺のこと避けたんじゃない」
「それはお前だろ!?話し掛けようとしても目逸らすし、俺の側を通る時はいつも走ってくだろ。」
敦彦は樹に気付いてくれていたのだ。それだけで樹は嬉しくなった。
「あっちゃん、俺に気付いてくれてたんだ・・・。」
「当たり前だろ!!お前が移動教室だってわかってるから・・・・・」
「え?」
「いや。とにかく、樹が俺を避けるから俺は・・・・・」
「だってあっちゃん、中学入ってから、俺が泊まりに来たら迷惑そうにしたよね・・・?」
小学生までは泊まりにくれば一緒の布団で寝てさえいたのに、中学にあがってからは布団は別になり、
泊まりに来ることさえ嫌がられた。それがショックで樹は敦彦に嫌われていると思ったのだ。
「仕方ないだろっ!?お前、俺の前で普通に着替えたりとか・・・一緒の布団で寝たりしようとするし・・・」
「ほら、やっぱり俺のこと気持ち悪いって・・・」
「そうじゃなくてっ、・・・・・・・・俺だって成長するんだ、いろいろと・・・・・」
最後の方はもごもごと小さい声になり樹には聞こえなかった。
「とにかく俺は樹のことを嫌ってなんかないからな。むしろ、むしろ樹のことは・・・俺は、好きだからな!!」
やけになったように叫んだ後、敦彦は照れ隠しかそっぽをむいてしまった。
だが樹は敦彦が照れたとき、そっぽを向いてしまう癖を覚えている。
きっと本当にそう思ってくれているのだろう。
「あっちゃん・・・・・・ありがとう。俺もあっちゃんのこと好きだよ」
樹の言葉に敦彦がこっちを向く。
「ほんとか・・・・・・?」
「うん、当たり前だよ。あっちゃんみたいに完璧な人を好きにならない人なんていないよ。」
「樹・・・・・。樹だって・・・・・樹みたいに優しくて、かわいいやつ好きにならないやつなんていないぞ」
「あっちゃん・・・・・・。」
「樹・・・・・・・・・」
「おはよう、邑井!!」
後ろから声を掛けられた邑井はその声の主の隣に学校の有名人を発見して驚いた。
その有名人、牧田敦彦は元宮樹に促され、邑井に軽く挨拶をしてきた。
「よぉ」
あからさまに嫌々言っているのが伝わってくるのだが、隣の元宮は満足そうだった。
その元宮を見て牧田も学校じゃお目にかかれないような笑顔を見せた。
「何、お前らひっついたの?」
やっとか、という意味をこめて言った邑井に帰ってきたのは、元宮の否定だった。
「違うよ!!もう、やめてよ。あっちゃんはそういうの嫌いなんだから!!ね?」
元宮が見上げると牧田は焦ったように口ごもる。
「え・・・・?いや、別に・・・」
「無理しなくていいよ!!また友達でいてくれるだけで俺は嬉しいから。」
元宮はにこにこっと笑って見せると牧田の腕を引っ張っていった。
「邑井も急がないと遅刻するよ」
3歩進んだ後、振り返ってそう進言までしてくれた。
元宮の耳には入らなかったらしいが牧田が「友達・・・・・・・・・・・・・・・・?」と呟いたのは邑井の耳には入っていた。
しかも「何、お前らひっついたの?」と聞いたときも元宮の声に掻き消されたが、邑井の目は牧田の口が「ああ、まぁな」と動いたのを見逃さなかった。
邑井の性格からして、付き合うことになった場合、邑井には隠さないだろう。
と言うことは・・・・・・・。
考えて邑井は人の悪い笑みを浮かべて、つぶやいた。
「まあ、あの完璧な男が振り回されてるのを見るのも悪くねぇな。」
取りあえずは意思のすれ違いに気付いた牧田がどういう行動をとるのか観察でもしようと、邑井は急いで2人を追いかけた。
おわり
□■あとがき■□
やっとおわりました♪結局ひっついてないんですけどね(爆)
また近々敦彦視点のショートを予定しております。予定は未定ですが・・・・。
ご感想など頂けると、大変嬉しいです。
それではこれを読んでくださって本当にありがとうございました。
<2003.1.14>