来訪者は突然に」の続きです。



そして始まる波乱の日



「なんで、あんたがここに……」

 悪いことというのは重なるものだ。このエリア11では泣きっ面に蜂というのだといつかスザクに教わっていた。
 開いた扉の前にいたのは本日欠席のはずのカレンだった。病欠だったというのに顔色はいい。いや、彼女の顔色が悪くなったところなどほとんど見たことがなかったが。

「カ、カレン、この子と知り合い?」

 ほとんど泣きそうなシャーリーがわなわな震えながらCCを指差して問う。一体この少女は何なのだ。彼がもてることは疾うに知っていたが、見知らぬ誰かに唐突に掻っ攫われるなど聞いていない。酷すぎる。
 しかし動揺しているのはカレンも同じだった。彼女はテロリスト。そしてCCは彼女の属する組織のボスの……ええとなんだろう。愛人ではないと信じているし、側近はカレン自身だ。CCの存在は謎。なぜこんなところにいるのか、彼女に分かるはずもなく。

「え? ええと、知り合いってほどじゃないんだけど、ちょっと見かけたことがあるっていうか」
「その時ルルと一緒にいたっ?」
「……なんで、ルルーシュ君?」

 状況が分からない。
 CCとアッシュフォード学園の関連性は皆無だろうが、ルルーシュとCCはそれ以上に無関係なはずだった。首をかしげると、衝撃的な言葉がミレイから告げられる。

「この子、ルルーシュの恋人なんだって!」
「は……はああ? ……ってげふんげふんげふん」

 思わず元気のよすぎる反応を返してしまい、慌てて病弱を装う。とっくに被った猫は生徒会では剥がれ落ちている気がしないでもないが、その辺はまあ、気にしたら負けだと思ってる。

「そんなことよりカレン、今日の集合は五時だぞ? 間に合うのか」
「あ、しまった。私ちょっと忘れ物を――あ」

 やっぱり知り合いなんじゃないか。そんな視線がカレンに向けられる。
 しまった、常と同じすぎるCCに思わず反応してしまった。

「その、あー……。げふんげふんげふん、ごめんなさい、ちょっと私体調が悪いみたいで……帰りますね!」

 病弱設定万歳。この設定にこれほど感謝したことはないとガッツポーズを取りつつカレンは勢いよく生徒会室から走り去った。どこからどう見ても元気である。CCとルルーシュの関係とやらも気にはなるが、ミーティングに遅れてゼロを失望させるのは嫌だ。

「じゃあ、俺も……」

 半ば呆然とカレンの勢いを見送った生徒会の面々の中、さり気なく逃げようとしたルルーシュの腕ががっちりと掴まれる。
 逃がすものか。恋する乙女シャーリーの目は獲物を見据えるかのように爛々と輝いている。怖い。

「いや、悪いけど本当に用事があるんだ」
「逃げるのっ?」
「ちゃんと今日の俺の仕事は終わらせたぞ? ほら」
「い、いつのまに……」

 この騒動の中、ルルーシュの前に山積みになっていたはずの書類の数々はきれいに分類がなされ、後は生徒会長の判を待つだけの状態となっていた。ルルーシュの本領発揮に驚く彼らに、何故かCCが胸を張る。

「ふん、こいつの本気はまだまだこんなものじゃないぞ。いつもは作戦を」
「いい加減に黙らないか! ほら行くぞ。――では失礼します」
「ちょ、このっ! 髪をつかむな馬鹿!」

 馬鹿とはなんだ。そこのピザ馬鹿のことだ。そんな罵りあいが廊下の向こうへ消えていく。

「仲良し、だね」

 きょとんと呟くニーナ。どんな関係なのかは結局白状しなかったが、これで恋人同士でなければ一体なんだというのだろうか。
 ミレイとリヴァルが神妙に頷き、シャーリーが泣いた。







 黒の騎士団本部、トレーラー。移動式の悪の組織ってちょっと新しいよなと誰かが笑い、正義だろうがと誰かに叩かれていた。
 病弱の彼女は持ち前の運動神経で五分前行動を完遂。ゼロはそれより十分ほど遅れてやってきた。公共交通機関をどう乗りこなせば最速で目的地にたどり着けるかをシュミレートした結果だったが、時には戦略も戦術に負ける。

「そういえば、ルルーシュ」
「なんだ?」

 ミーティング内容は目下邪魔すぎる白兜の対処法と予算会議だ。KMFの性能を良くしなければブリタニア軍には叶わないだろうが何分資金は常に不足している。ゼロのポケットマネーもそろそろ限界だ(ナナリーと平穏に暮らすための預金は別に確保)。
 面倒極まりない会議も終わり、緑茶と茶菓子で人心地付いた時だった。
 性懲りもなくピザを食べながらCCは彼を指差す。

「ほらな? お前の方が馬鹿だろう」
「……は?」

 アッシュフォード学園での一連の会話を根に持っていたらしい。お前は馬鹿だ。お前こそ。そんなやりとりを衆目を気にせずやってきた。おそらく明日には“副会長、彼女と学園にて痴話喧嘩!”の報が学園中に響き渡っているだろうが今の彼らには知る由もない。
 意味が分からないと首をかしげる彼に、何やら視線が突き刺さる。何か問題でも発生したか。思考を巡らせる彼の元へ、ずかずかとカレンがやってきた。

「CCと、恋人なんだって?」
「……何の、話だ?」
「シャーリーがかわいそうね」
「…………な、何の、話だ?」

 なぜ正体がバレてるっぽいんだ。挙動不審になる彼に、CCがにやりと笑う。へ、ん、じ。しまった、常と同じすぎるCCに思わず反応してしまっていた。馬鹿といわれた腹いせにとかそんな馬鹿な。
 愕然とするルルーシュに、状況が理解できていない幹部の突き刺さる視線が絶賛増量中。痛い。説明を求めるにもカレンは抱いてしまった確信に「こいつがゼロ……こいつが……なんでよりによって……」と何やら打ち萎れている。
 一体ルルーシュとは? 扇が彼らに声をかけようとしたとき、余ったピザを口の中に放り込んだCCが彼の仮面に手をかけた。ピザの油分で指紋がべったりと付着する。

「ち、ちょっと待て、CC。何をする気だ」
「いいじゃないか、カレンにはもうバレた。それに、前々から思っていたんだ」
「なんだ」
「こいつらはお前に色々な責を押し付けすぎだ。作戦はお前任せ、使いすぎた資金もお前任せ。お前は寝る時間もない」
「……別に私は平気だが?」
「嘘をつくな。もっとお前は、お前自身のための時間を作るべきだ」

 その言葉に思い当たる節がありすぎる幹部たちの視線が落ちる。だってゼロに任せてればどうにかなるんだもん。
 だが、それと仮面を外すこととの因果関係が分からない。必死に仮面を抑えるゼロの手がプルプルし始めた。彼に持久力はない。

「ふん。お前の素顔、年齢を知って、これまでと同じ態度でいる馬鹿なんていないさ」
「それはなめられるということと同義だと思うが?」
「なめる? お前のこれまでの功績を無視して? そんなに馬鹿なのか、こいつらは。それにこれは私のためでもある」

 “馬鹿”に妙なアクセントが付けられる。根に持ちすぎ、とカレンが呟いた。
 しかし意にも介さずCCは演説を続ける。彼は騎士団のために、時にはどうということのない雑用のためにトレーラーに通わざるを得ない場合もあった。それは幹部たちをもゼロさえいれば何でも解決できるのだと思いこみ頼り切っている証拠で。
 そしてゼロにCCも付いてくる。別段共に移動しなければならない義理などないのだが、彼は危なっかし過ぎるのだ。そして、ゼロのフォローをする団員はいない。カレンはゼロを守るが、ゼロの指示に従う以上のことはできない。CCがいなければ切り抜けられはしなかっただろう危機が一体何度あったことか!

「そこに大問題があるんだ」
「……問題、だと?」
「ああ。――ここではピザの宅配が受け取れないではないか!」
「け、結局そこに落ち着くのかっ?」
「日本死せどもピザは死なずっ!」

 オールハイルピザ! 彼の隙をついてCCが仮面をすぽんと抜く。そう、全てはピザのために。ついでにポケットマネーの浪費を抑えればその分ピザに回せる。CCとしてはトレーラーに宅配を頼んでも全然構わないのだが、それをしないだけの良識は持ち合わせている。ピザのためにゼロの秘密を暴きはするが。
 趣味の悪い仮面から現れた素顔に幹部たちは息をのんだ。本当にルルーシュだった、と魂ごと息を吐く騎士も一人はいたが。
 ゼロの正体はまだ子供。カレンと知り合いだということを考えると、もしかしたらまだ学生であるのかもしれない。

「CC……貴様……」
「というわけでゼロの正体はぴっちぴちの学生だ。参ったか」
「何が参っただ馬鹿!」
「……まだ私のことを馬鹿というか。馬鹿と言ったほうが馬鹿なんだぞ。カバに謝れ」

 馬鹿だこいつら。幹部たちは子供にすべてを任せていた罪悪感よりも上回る、こんな奴らに頼り切っていたという敗北感に落ち込んだ。

「ゼロ……その、君はまだ子供、だろう? なんでこんなことを」
「色々あるんだ」
「そ、そうか。色々あるのか」

 ここぞとばかりにゼロのゼロたる動機を聞きこもうとした扇だったが、軽くあしらわれた。まあゼロが子供だろうと大人だろうと、テロリストになどなるのだったら色々あるだろう。眼前で繰り広げられる小学生並みの幼稚なやりとりに、ゼロが学生だからと反発するだけの気力も失われた。
 しかし、これで誤魔化されない人間も一人。確かに以前ルルーシュ=ゼロ? とか思ったことには思ったが、どうしても信じたくない。

「……なんで、あんたがゼロなのよ」
「カレン」
「だってあの時、シャワールームで……」
「あれは録音だ」

 カレンは唇を噛んで俯いた。
 そうだ、CCだっているのだから、誰かが電話をかけて録音した音声を流すだけでトリックは成り立つ。どうしてそこに思い至らなかったのだろうか。そもそも、あのタイミングで学園にゼロから電話という不自然さを疑わなかった自分が情けない。
 でもでもこんな男を今まで信用して守ってただなんて。うじうじするカレンに、CCがにやりと笑う。

「なんだルルーシュ。カレンのシャワー、覗いたのか」
「は?」
「……っていうか、そうよね。男のあんたがわざわざ服を届けに来るとかおかしいわよね?」
「いやそれは疑いを晴らすために仕方なく」
「仕方なくっ? 仕方なく覗いたって言うのっ?」
「べ、別に覗いてはいないだろう!」
「でも見たわよね? 私の、わ、私の……っ!」

 また何かおかしな流れに。しかしゼロ(ルルーシュ? 最早どっちでもいいのか、これ)はカレンのどこを見たのだろうか。黒の騎士団には男が多く、自然と視線は彼女の胸部に移動する。うん、大きい。

「落ち着けカレン。こう考えればいい」
「なによ、CC」
「シャワーを覗いたのはゼロだ。お前の敬愛する、な。ゼロに見られたのだと思えばいいだろう」
「なるほどゼロになら、……って! 同一人物じゃない!」
「ピザーラとピザハットくらいは違うだろう。ちなみに私はどっちも好きだ」
「あんたはピザならなんだっていいんでしょ」

 それは違う。CCは大仰に嘆いてみせる。ピザをなんだと思っているんだ。
 チーズとトマトソース、この絶妙なる調和。そしてそれに絡みつく具と、よく焼けた生地。これがなければピザとは言えない。

「本当、ピザ馬鹿ね。太るわよ」
「奴だって、ルルーシュという存在とゼロ、この二つがなければピザにはなれない」
「……俺はピザにはならないが」

 蚊帳の外に追いやられたルルーシュが憮然とする。たとえ親愛なる妹に二の腕ぷにぷにーと言われようが、このスタイルは維持する。ちょっと筋肉は欲しいが。
 だが、ふざけてはいるがCCの言いたいことも理解できた。彼を構成するものはルルーシュとゼロ、二つの存在だ。カレンの抱くルルーシュに対する嫌悪感も、ゼロに対する敬愛もどちらも本物なのだ。

「ゼロになら見られていいということは、そういうことだ。よかったなルルーシュ」
「何がだ」
「お前のためにカレンはシャワーを浴びてきてくれるそうだ」
「言ってない! 私そんなこと言ってない!」
「だからあれは不可抗力だと言っただろう。興味もない!」
「き、興味もない、って……」

 というかそういえばCCとルルーシュが恋人疑惑とかなんとか学園で囁かれていた。あれってどういうことなんだろう。つまりそういうことなのだろうか。ゼロがルルーシュなら納得できるって言うかなんか今さら落ち込んできた。ゼロとCCは愛人だとかそんなこともどっかの頭の足りない馬鹿玉城が騒いでいたし。
 忙しいなあ、カレンは。項垂れる彼女を見守る目は生暖い。

「ふむ。カレンが全裸、私は普段同じベットで寝ている。イーブンだな。来い」
「は?」
「一緒にシャワーだ。これで私が一歩リード!」
「な、何がだCC! おいこら脂っこい手で触るな!」
「ちょちょちょ、シャワー!? って何よ同じベットって! 待ちなさいCC!」

 ずんずんと引っ張られていくゼロ。慌てて追いかけるカレン。間違いなくこの状況を楽しんでカレンをからかって遊んでいるのだろうCC。
 遠ざかっていく彼らの声に呆然と騎士団幹部たちはため息をついた。何が何だか分からない。
 そういえば仮面かぶらないでゼロの衣装のまま外に出て行ってしまったけれど、大丈夫なのだろうか。……絶対大丈夫じゃない。机の上に忘れ去られた仮面だけが虚しく彼らを受け止めていた。



(ゼロがあんなに子供……美形……尻に引かれ……。ど、どれに衝撃を受ければいいんだ)










リクエストはルル(ゼロ)C←カレ……えーと。
明らかに沿えてませんでしたごめんなさい><

20080718








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