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四ツ目変




結局、八神屋では四ツ目屋がどんな店か、詳しくは調べられなかった。
知っているそぶりの人間はいるのだが、「あそこは旦那さんが行くような店じゃありません」とか「八神屋には縁のない場所です」とはぐらかされてしまう。
一通りの裏稼業にも通じているはずの八神屋が、足下のいかがわしい店も知らないとは変ではないかと庵が詰め寄って、ようやく一人が場所を教えてくれた。
直接目にしなくては、表と裏、どちらのコネクションをつくればいいのかわからないので、初見はいつも客を装う。自分の容姿が目立つことを自覚しているので、笠や手拭いで顔を隠すのも怠らない。それでも気になるときは、今日のように遊び人風に女物の簪などさして、派手に花開かせる柄の着物を着崩して纏い、莫連姿でわざと悪目立ちする。
そうやって遊び馴れた男として町をゆけば、誰も八神屋の主人とは思わないのだ。
四ツ目屋は米沢町にあった。
目印は、黒地に四ツ目結び紋の看板。店の名は表に出されず、ただそれだけ。
通りを幾人もの人が行き過ぎるというのに、誰もそこへ入る気配がない。
様子を窺ってから入るつもりだったのに当てがはずれ、しかたなく庵は長く垂らされた暖簾をくぐった。
店内は薄暗く、品物も見当たらない。老人がひとり、文机で帳面を捲っていただけだ。
庵がなにか声をかけるより早く、老人は上がるようにと手で導く。
わけがわからなかったが、とりあえず草履を脱ぎ、奥の座敷へと案内する老人についていった。
その部屋はすべての襖が閉め切られ、小さな引き出しがたくさんついた箪笥と積まれた小箱で占められている。
「どうぞ、こちらへ。旦那さんがお使いになるんですか。それともお内儀が」
「使う? …いや、妻が」
なんのことだかわからないが、とりあえず話を合わせようと適当に答える。
枯れた老人が納得顔で頷いたことでこの返事で良かったらしいと安堵したのもつかのま、箱のひとつが差し出された。
「水牛の角を削り出したものです」
そこにあったのは———張型だった。女性の自慰用に作られたその形はリアルで、驚きのあまりうっかり箱を取り落としてしまう。
そこにいたって老人はやっと不審に思ったのか。
「旦那さんのお探しの品は、この店にはないとお見受けしますが」
「すまん。違うんだ。ここは四ツ目屋なのだろう?
その…、草薙京という男にきいてきたのだが…」
心証を悪くしたくなかったので、庵はとっさに草薙の名を出した。
途端に老人の愁眉は開かれ、態度も柔らかく変化する。
「ああ、京さんの。伺っております。
お二階に御案内するようにきいてますんで、どうぞ」
庵のいらえも聞かずに、老人はさっさと廊下への襖を開けた。
下調べだけのつもりで来たのだから会うつもりは毛頭なかったが、笑い物とはいえ商品を落としてしまった負い目で、しかたなく後を追う。
廊下の行き止まりに、江戸の住宅事情をしのばせる急な階段が据えられており、老人はそこで軽くおじぎをして店へと戻っていった。二階へはひとりで行けということと承知した。
きしきしと鳴る階段に足をかけ、上りきったところにある襖の奥に気を送る。
人がいた。身に刻んだ彼の気を、ぴりぴりと感じて、なぜか喉が渇きを訴え唾液で潤す。
庵は襖を静かに開けた。
黒い瞳が、庵の目を穴のあくほど強く射る。
「待ちくたびれたぜ」
昼のうちから寝乱れた姿で、京と、見知らぬ女が足を絡ませ横たわっていた。
喉は、より干上がって、庵を内部から焙り出していた。



転がった徳利も、使った桜紙も、そして女も抱き寄せたまま、京は庵から視線をはずさなかった。欲を宿す黒い瞳が直視する。
「表の用件で来てくれたのかい。それとも裏の顔を見せてくれるのかい」
京に会うつもりはなかったのに、なぜこうして対面しているのか、不思議だ。
不敵な男の命を刈りとる意気も、先日より多少薄れている…というのは気のせいか。
「無論貴様は殺す。しかし貴様以外の人間を頼まれもしないのに殺してやるほど親切ではない」
「この女か。だって四ツ目屋のジイサンが…」
「そういえば京、貴様、なんてところに人を呼びつけるんだ!」
確かにあやしい、胡散臭い店ではある。だが性具淫具を商っているとは予想もしていなかった庵は、そのショックを怒りに変えて京にぶつけた。
さすがに京も、少し呆れたような可笑しいような表情だ。
「…もしかしてなんの店か、知らないできたのか?」
「…………知っていたら当分米沢町には近寄らなかった」
渋々と京の言いたいことを認める。
女の耳に京がなにごとか囁くと、彼女は不満そうに頷き着物を羽織って、用済みの桜紙や徳利を片付けて部屋を出ていった。
「四ツ目屋のジイサンに店番頼まれてたときにあの客が来てさ。
張型見せてるうちに、やっぱり生身がいいわぁ、なんて言われちゃってよ。
店には損なことさせちまったな」
「何故俺にそんなことを言う」
「言いたかったからに決まってんだろ。嫌なら聞かなきゃいいじゃねーか」
ぞんざいな口調に馴れた今でも、本当に旗本かと疑うような喋り方だ。
八神屋を訪れたときはそれでも侍らしく髪を油で整え、袴に大小差していたというのに、今日はまた一段と崩れている。息には少しだけだがアルコール臭がまじり、小紋の袖を通しただけで帯もしていない。動けば裸体が白日にさらされてしまうような格好だ。
庵は、布切れの下にある京の硬直時の大きさを思い出して、頬に朱を佩いた。
「顔、赤いけど」
「う、うるさい!」
京に指摘されてまた色味を増したかもしれない。
にじりよってきた京が、強張る腕を引き、力任せに彼を引きずり寄せた。
熱をもつ頬に手を添え、何度も聞かされた「とっておき」の声で囁かれる。
「もしかして嫉妬してくれた?」
「どう飛躍すればそうなる!?」
「違うのか。嫉妬してくれれば脈アリって思ったんだけどな」
おどけた口調を装って、目には真剣な光が庵に射かけられた。どうにも役者に向かない男だ。
それから京は、四ツ目屋は自分の素性を知らないことを告げる。
賭場で負けていた四ツ目屋に融通してやったのが縁で、逢い引き用の二階部屋を、京にはタダで貸してくれているというわけだ。さっきの老人は従業員である。
「庵の性格なら、今ここで俺に仕掛けて、関係ない人間まで巻きこんだりしないだろうけど」
「…………わかった。表に出ろ。すぐに冥土送りにしてやる」
「極楽浄土まで一緒に連れてってくれるなら大歓迎だがな」
どす。
ありったけの力を肘にこめ、京のみぞおちに叩きこんだ。
接近し過ぎた距離では避けようもない。捻りを加えるサービスぶりに、京は地獄の亡者めいた苦鳴を漏らした。
「いい声だ」
「鬼か、おめえは…!」
京は苦しそうに身体を折ると見せかけ、素早く庵の帯を掴んで逃げられないように固定し、別な手で大柄物の裾を割って、太股をこじあけにかかった。粋な薄着で、襦袢の下から贅肉のかけらもない長い脚が露出した。
男がなにをしたがっているか瞬時に悟って、髪にさした簪を引き抜く。
「放せ、京!」
「……………。
抱かないよ。でも少しだけ俺の好きにさせろ。
それも嫌なら、そいつで俺を突き刺せ」
京の顔から笑いが失せ、強い力を持った真摯な目線で庵をうかがう。
極上の墨より上質な色艶をもつ京の瞳。
そこから発せられる見えない強い光に魅入られる。
日を厭う色の太股を、指が一本、滑り降りた。
産毛の流れに沿って、もう一度。
背筋をかけあがる震えに庵は眉根を寄せる。
庵が彼を信用するか、試しているのだ。
長い沈黙の時間の末、先端を尖らせた簪を、ざす、と畳に刺し落とす。
京が体重をかけるまま、庵は畳に身を横たえていた。



強張る肌を、唇と舌が縦横に這い回る。
くすぐったさに喉をくぐもらせるのは、一方でより強い刺激を求めるのを耐えるためでもあった。
京は「抱かない」と宣言した通り、性感を煽る手技を施してこない。ただ熱に憂える唇で、庵の全身に触れてきた。
人に言えない場所まで接吻されれば、庵を弄ぶ意味で抱きたがっているわけではないとわかる。
時折庵は熱をもつ切ないためいきをこぼした。
すると応えるように京が口付けを与え、二人は熱を共有する。くりかえし。
数えるのも愚かな数の接吻を終えて、なにかを決心した庵が、つとめて冷静な声で言った。
この馴れ合いに、本能がシグナルを発している。
「京。後悔しないなら、いい仕事がある。貴様に相応しいものだ」
「庵の側以外で働く気はないぜ」
「俺の裏稼業、今度大仕事をするのだが、『人足』が足りなくてな。
貴様の腕なら雇って損はない…」
庵の裏稼業は、暗殺を請け負い、殺し屋を雇って成功を見届けることになっている。八神屋の主人は事件との関わりを避けるために、直接手をくだすことは稀だが、腕はもちろん一流だ。
「もちろん俺にも報酬はあるんだよな」
「人数が多ければ分け前は減るが、な」
旗本である京は、報酬額には興味はなかった。もともと不自由なく暮らせる身分である。
金の受け取りはあっさり拒否した。
「金はいらない。
そのかわり、庵が欲しい…」
深い瞳の奥底は、一瞬だが情欲に彩られた。
しかし、強い視線はすぐにそらされた。
「無理を言った。今のは忘れてくれ」
苦しそうに喘いだのもつかのま、本心を押し隠して京は引き下がった。
それに対して、庵はこくりと喉を鳴らし、自分でも大胆に、了承した。
どんな要求をされるか、予想していて提案したのだから。
「…いいだろう。ただし前金はなし。成功報酬のみだ」




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四ツ目屋…実在した性具屋さん(爆) 通販もしてたようです。ちなみに店の様子は文中とは全然違います。小説に登場させる意味はほとんどありませんが、ちょっと紹介したかったので。
張型…レズ用のもあった。女性の破瓜に使ったりもした。他に四ツ目屋のヒット商品といえば長命丸。こちらは男性用(笑)
笑い物…淫具の上品な言い方。質実剛健なおじさんが平身低頭して「笑い物を扱っております」と生真面目に自己紹介する姿の方が笑えます。




WRITTEN BY 姉崎桂馬
初めて四ツ目屋の名前を知った時は結構びっくりでした(存在がというより、内容が…)
時代モノには濡れ場がつきもの!という私の偏見と、なんとしても四ツ目屋シーンをいれたくて書いてしまったこの章は、本当はまさにポルノに仕立てたかったのです。
書いてる本人が二目と見ないわけにもいきませんので、あがいただけで終わってしまいましたが。






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