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永遠の太陽、不滅の月2




キョウの目覚めを待たず、イオリは次の世界を創った。
この世界にイオリは人間と、彼らの食物となる豆を、そして風を与えた。キョウと同様に、みずから太陽として人々を照らした。
イオリは風の神である。緑色の羽毛の翼を持った白い蛇…異形の神に、人々はつかえた。
「白い神よ。我らに恵みをくれたあなたに、勇ましい戦士の命を捧げます」
「生け贄は不用だ」
そういえば、キョウは戦士の命を好んでいたなと兄の顔を思い出そうとし、それが困難なことにひどくショックを受けた。知らずに忘れていたのだろうか? あの出来事を。
忘れたわけではない。戒めた傷が、いまもこうして時々痛むではないか———
イオリがピアスに手をやったのを、神官が不思議そうに問う。
「お怪我をされているのですか」
「いや、これは…。昔のことを、忘れないためのものだ。
傷がふさがってしまうから石を通している」
黒曜石のピアスなんて、彼が見たら「似合わない」と言うに決まっているが、戒めの色だからいいのだ。
神官は心得たように、うなずいてくれた。
「神にも悲しいことがおありなのですね。
…これからはあなた様が望まない限り、生け贄はさしあげないこととします。
しかし供物は是非とも必要でしょうから、どんなものなら受け取ってもらえますか?」
「蛇の血を」
イオリが蛇神ということで、人々は蛇を殺さないよう、特別視していた。
だがそれでは蛇が増える一方になってしまうので、暗に「蛇を殺して良い」という許可をあたえたのである。
イオリにとって嬉しい誤算であることに、蛇の血は美味で、彼の口に合った。
もう日課となった血にうっとりと舌を這わせたところで、懐かしい声が彼を呼んだ。
「俺にあんなこと言っておいて、てめーがそのザマじゃあ、見てらんねーぜ?」
右手に投槍機を、左手には槍と鏡盾を持った戦士だ。その顔はイオリの兄、キョウ以外ではありえない精悍で美しい顔をしている。
「キ、キョウ…?」
「あれからもう何年経ってると思ってるんだよ、イオリ。
供物欲しさに火もやらずに連中に祈らせてるんだから、俺とどれほど違うっていうんだよ」
「う…」
キョウに言われた通り、人々がこまめに差し出してくれる供物をいつしか心待ちにするようになっていた。最初に世界を創ったキョウと同じく、怠惰に年月を消費するだけ。
あちこち翡翠で飾られたイオリの寝所に、遠慮なくキョウが入り込む。
「贅沢な造りしてるじゃねえの。おまえが造らせたのか?」
「…彼らが勝手に造った…」
「ふうん」
寝台で食事しようとしていたイオリの器が取り上げられた。
自分の供物とはまったく異なる物体に、キョウが眉をしかめる。
「…これ、何?」
「血だ。蛇の」
「蛇っ!? 蛇の血って白いのか? こういうのも共食いって言うの?」
イオリが不機嫌そうにキョウを睨む。
「自覚はあるわけね。でも、自分は蛇より偉いと思ってないか?
そりゃとんでもない勘違いだな。鏡見てみろ」
「カガミ?」
「姿をありのまま映すものだ。こんなふうに」
キョウが鏡を自分の差し向いにかかげた。本物のキョウの他に、もうひとりキョウがいる。
双児よりも瓜二つな。
イオリはおそるおそる、鏡をのぞきこんだ。
「…!」
人とは程遠い、ましてキョウとは兄弟といっても信じて貰えないイオリの姿があった。
生気のない目、歯のない口、鱗に覆われた身体…手も足もないかわりに、エメラルド色の羽毛に飾られた翼が一対。羽を除けば、蛇としかいいようのない生物だ。舌すら、先が二股に割れている。
美しい兄の黒い目に、似ても似つかない弟の姿を見せていると思うと、いたたまれなくて目を逸らした。
「おまえが夢中になるくらいだし、蛇の血ってよっぽど美味しいのかねえ…」
器から指先にすくっておもしろそうにながめたキョウが、舌先で味見をする。が、味らしきものはなく、旨味など感じない。
「やっぱ蛇だと味覚が違うのかな。イオリ、舐めてみろよ」
眼前に差し出された指を舐めるまいと思っても、誘惑には抗えず、細い舌が最初はちろちろ警戒気味に、すぐに指に巻きつけるように舐め出した。
キョウが指で口内をくすぐっても牙も出ず、最後の晩餐を味わうように、長い時間そうしていた。
がしゃん、という大きな音をたてて、投槍機がはずされる。
その右手で、腹の鱗を上部から下部へ撫で下ろしながら、キョウが嬉しそうに命令した。
「変化しろよ。前みたいな獣じゃなく、人間の姿に」
最近では神官と会うときしかしなくなっている姿へ、すんなりと形を変える。
キョウの指をくわえたまま、自然と寝台に寝転ぶ。
弟を見るキョウの目が、ほくそ笑む。
「気がきいてるな」
イオリは服を着た姿に変化しなかった。
誘うようにキョウの前に肌をさらけだしたことなど、これが初めてのことだった。
「おまえはここに、噛みついたよな」
罪をむしかえすように、指で自分の喉をこするキョウ。いまは、傷ひとつありはしない。
兄は、イオリに罰を下すつもりなのだ。
正義と復讐の守神であるキョウは、供物をほとんど受けていないために、いまの力は大きくはない。イオリが望むなら、キョウを再び封印もできよう。
だが、イオリの心のわだかまりはあれからずっと続いている。好いている兄を殺した自分を、罰してもらいたがっている。
知らぬ間にキョウの服も失せて、彼は慎重に鏡盾を降ろした。また器から血をすくい、自分の喉へと塗る。
「もう一度食いちぎるか、イオリ?」
差し出された、喉。
そこにもイオリは指と同じく丁寧に舌を這わせ、もっと吸いつこうとキョウの頭ごと引き寄せる。キョウは弟の腰を抱き、露になったイオリの中心部に形をもたせる動きをした。
震える眉根で訴える。
口から出た言葉は、矛盾しすぎていた。
「だめだイツトリ…俺に触れては」
「まだ俺に食いついておきながら、勝手な言い種だ。
されたいのかされたくないのか、どっちだ」
意地悪く、イオリの意思をただしてくる。
最初からイオリの答が出されるまで待つつもりもないキョウが、弟の耳に通された黒曜石のピアスを口に含みながら、彼を堅い寝台に押し倒した。抵抗は羽毛ほど軽く、平衡を保とうとする腕がキョウの肩にまわる。
それでもまだイオリの理性が拒絶の言葉を吐いた。
「俺はこの世界の太陽なのだぞ、キョウ。民の前でおまえに屈するわけにはいかないのだ」
「曙光の主殿は見られるのがおいやか。なら、夜を呼ぶか。
太陽にも休息の時間は必要だろう?」
キョウが言うと同時に、世界は急に暗くなり、闇が白い太陽を押し隠してしまう。
「あっ…」
視界のきかなくなったなかで、怒濤のようにキョウが侵入してきた。
大きく抉るだけではすまず、抜いてはまた突く動作に、すぐにイオリはわけもわからず熱くなっていった。これまでになくキョウを近しく感じることに、理性は薄れ、強烈な感覚に没頭していく。
「ああ、キョウ。あ……っ、あ………」
「ほら、こうしてるとどんな風も嵐も、俺達を離せないぜ。
世界が終わるまで、こうしててやろうか」
「キョウ…ッ、アァ…」
夜は永遠に去らない。混濁する意識の中で、夜ある限りキョウがこうしてくれるのだという思考だけがイオリにあった。抑制の箍がはずれて、声をあげるほど風が強くなっていることにもまったく気づかず、2人だけの時間に没頭する。
太陽が昇らず暴風が吹き荒れる世界では、イオリの機嫌を損ねたと思ってたくさんの供物を捧げるのに、すべては無視されてしまう。
好きなようにイオリを貪りながら「見ろよ」とキョウが促した。
「もうこの世界も終わりだな」
はっとイオリが目を開け、外の風景を横目で見る。
長く日を見なかったせいで病が流行し、風で建物が半壊してしまった都市。この結果をもたらしたのは太陽神であり風神であるイオリ以外にない。
目から、大粒の涙がこぼれた。
「イオリ?」
次から次へと落ちていく流れに、キョウが何事かと問う。
涙は風に運ばれ、世界に降り注ぎ、雨となった。物静かに降る雨は、創造した世界の末路を哀れんでのもの。
ゆるやかにキョウに突き上げられ、また吐息と涙をこぼしたイオリが、拒むように首を振った。
「どうした」
珍しく心配そうな兄の問いにもイオリはただ首を振りながら涙を流し。
たったいままでキョウの腕の中で喘いでいた艶かしい身体は、美しい光沢をもった翡翠の仮面に変化していた。茫然と仮面に触れる指先が、かすかに震える。
「バ…バカヤロウ…!」
神は自殺しないが、イオリはみずからを封印してしまったのだ。これでもう、キョウに封印を解くことはできない。
太陽を完全に失って、世界は崩壊していく。
だがキョウは残された人々に死を与えなかった。
「俺はまた世界を創る。イオリが創ったてめーらにも生きる権利くらいはやってもいいが、俺の気が済まねえ。だから、猿として生きやがれ!」
イオリであった仮面を胸元にかかえると、冷えた大地とは異なる世界を創るために、キョウは立ち上がった。




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WRITTEN BY 姉崎桂馬






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