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永遠の太陽、不滅の月3




世界の新しい土壌のために、キョウはまず、神々の世界に住む巨大な蛇を狩った。
白く滑らかな鱗に、羽毛の翼を生やしたイオリとは大違いな化け物だ。キョウの力をもってしても倒すのは容易でなく、目に槍を突き刺したところで大蛇は怒り狂い、キョウの片足を引きちぎってしまう。しかも運悪く毒のある部位が傷口にあたってしまい、二度と治ることがなくなってしまった。
片足のキョウに油断を見せた大蛇の別な目も潰し、その下顎を引き裂いて、トウモロコシに溢れる大地を創り出した。イオリの涙の雨をたらしたので、乾くこともない。
キョウは再び太陽として輝いた。以前にもまして光は強い。それは、人々がキョウに捧げる生け贄に比例していた。
キョウは創造した人間達に知恵を与えたため、自分達で狩をし、トウモロコシの栽培をするようになったが、その一方で欲や闘争心も大きくなり、コロニーでは争いのない日はなく、しばしば戦も起きた。
従って罪科に罰を与える一方で自分も戦士であるキョウには、毎日生け贄が捧げられ、闘争に勝利をもたらすよう請われるのだ。
「太陽神キョウに、若い巫女を捧げます。その御力で我らを常に照らしてください」
「ああ、いいぜ」
そうやって多くの命を手に入れる一方で、キョウは自分に勝てる人間を探してみたり。
素手で自分を倒したものの願いをなんでも叶えると常々公約したのは、神でない身ならば、弟を復活させることができるかもしれないという僅かな希望のためである。自閉してしまったイオリを引きずり出せるほどの力を持った人間は、だが、何百年たっても現れない。
寝室に置かれた翡翠の仮面は、なにも語らない。
キョウは仮面を手にとり、静かに口づけた。
「とっくに目覚めててもおかしくないくらい生気を与えてるのに、ちっとも起きやしないで。
おまえがいないと刺激がなさすぎて、退屈だ」
この世界にイオリに供物を捧げる者は少ない。それが続くとイオリは消滅してしまう…神にとっての死以上の死が到来する。だからキョウが、彼に捧げられた命を分け与えていた。
その行為はキョウ自身にも影響を与え、疲労をもたらすために、必ず休むための夜を必要とし日食もしばしばあった。
最近そうしている時間の長くなった寝台に横たわる。
冷たい顔を指でなぞり、舌で口の隙間を舐める…それもまた日課だった。
「…触りたい」
怒りは見せても牙を見せたことのないイオリの牙を触りたい。そこはおそらく彼の性感をひどく刺激する。今度は自分が蛇になって、二重螺旋の形にもつれあうのもいい。
融けあえなくてもそうやって結びつきたい欲望を、仮面に口づけることでしかぶつけられなくても。
わざと長い時間をかけて仮面に大量の生気を吸わせる。今日こそは。
「………だめか」
急激に弱まり、キョウは力を取り戻すための短い休息をつこうとした。
まだ持っていた仮面が明るさを増し、寝室を風が渦巻いていく。
強い風がかけまわったあと、最後にキョウが見たときと同じ裸の人間の姿で、怒り気味に眉間に皺を寄せたイオリが、隣に横たわっていた。
分け与えられた生気のおかげで強大な力を内包しており、弱ったキョウなど問題にならない神々しさがある。
「イオリ…!」
「俺に生気を分けてなどいるから、こんなに衰弱してしまうんだ。
もう、そんな真似しないでくれ」
「また仮面に逆戻りするつもりかよ。させるか」
口で口を塞ぎ、いつものように舌で舐めまわすと、仮面にはなかった舌があった。口内を荒らしながら、また生気を与えていく。
「やめろ、キョウ!」
イオリが抵抗すると、深く絡んだと思えた舌はあっけなくはずれた。
力の差が顕著に見え始めている。
「しばらく太陽は自主休業するぜ。イオリ、かわりにやっといてくれよ」
「無責任なことを…!」
「前にも思ったけど、この石なんで黒曜石なんだ?」
ピアスのついた耳に、そう吹き込む。イオリの身体が顕著に強張った。
「似合わない…か?」
「俺の好きな石だ」
それだけ言って、ピアスに舌を這わせる。
勝手に漏れ出た溜息が、以前の秘め事を思い出させた。
「元の姿に戻れよ」
「しかし…、あ、あの姿は醜い…」
戸惑うイオリに、以前鏡に彼を映してやったことに思い当たる。
「俺も蛇になるさ。2人とも蛇なら、美しいも醜いもないだろ」
「キョウはだめだ。その姿が一番いい」
「無茶を言ってくれる」
とはいえキョウの顔は嬉しそうに笑っていた。キョウのそんな無邪気な笑顔を見るのはどれくらいぶりだろうと考えながら、イオリは身体を変化させた。
表面は堅いのに柔らかくうねっていく肉体の、鱗のパターンを指で追いかける。
「牙は出せるか?」
気は進まないながらもイオリが従うと、尖った巨大な牙が出された。
牙の裏側をキョウは指でかすかにくすぐる。
会えなかった時間、想像の世界でしたように。
「ここって感じるのか、イオリ?」
「うっ…」
大きく口を開けたために喋ることはできない。伸縮をくりかえして、キョウの身体に尻尾の先まで絡めていく。
鱗のこすれる感覚が、キョウにとっても心地いい。
牙をいじるのはやめずに、イオリの身体のあちこちを手で弄んでは、反応の顕著な場所を探る。
「鱗とかって気持ちイイか?」
「ああ。キョウ、こっちを、もっと…」
特殊な感覚を備える舌が、キョウの指に巻きつき、喉の奥へと誘う。
喉の粘膜に指があたると、より奥へと引き込まれ、胴体はさらにキョウを強く締めつけた。体表より遥かに強い感覚があるようで、イオリの息は荒く、翼が震えて擦過音をたてる。
決して嫌がってはいない。長い二股の舌が、キョウの手を愛撫し続けている。
呑もうとする力に逆らってそろりと腕を抜くと、名残りを惜しむ消化液がたらりと落ちた。
濡れた手でイオリの頤をたどりながら、蕩けた瞳でキョウが言う。
「今度は俺のいいところを呑んでくれるか」
服もアクセサリも、腕の一振りで消え去り、イオリの眼前に象徴がそそりたつ。
義足の繋ぎ目とそれとを同時に見て、知らず、息をつめた。
「この足はどうしたというのだ」
「腹減って食っちまった」
キョウは不便な顔も見せず笑う。
「…二度とそんな真似をしてみろ。キョウを丸呑みにしてくれる」
「どうぞ」
味を確認するように舌先が僅かに触れ、それから裂けよとばかり口を大きくあけて、牙があたらないよう慎重に呑んでいく。
喉の強い筋肉が収縮し、蠕動すると、ちぎられそうな痛感とまごう快感がキョウに伝わる。欲する感覚に自分を預けてしまうと、もはや離れることなど考えられなくなってしまう。
異形の麻薬。
「ウ…イイ、ぜ……」
イオリの牙が袋をかすめるのもまた快い。舌が根元を這いずり回るのも、刺激のアクセントとなる。自制など考えずキョウは快楽の底を見た。精はすべてイオリへと飲みこまれていく。呼吸器官はどうなっているのか、むせることはない。
キョウの身体を全身で締めつけるイオリに慈しむように触れ、長い溜息の後、目を閉じる。
「もっと……触っていたいけど、俺、ちょっと休むわ……」
「キョウ? なにを言ってる」
「一人じゃ寂しいか? ペットくらいなら出してやれるぜ…」
「冗談はやめろ」
「留守のあいだ、可愛がってくれたら、おまえの願いを1個叶えてやるよ」
言い終えるとキョウの姿は灰になり、灰は動いて黒と黄色に飾られた一頭の雄々しいジャガーとなった。ジャガーからはキョウの波動は感じられず、疲れているのか寝入ってしまった。
「…冗談は…やめろ…」
蛇はジャガーを抱きながら、羽を震わせたが、彼はもう目覚めない。
イオリの音にならない叫びが、炎となる。風にあおられて、あちこちに飛び散った。
太陽以外の熱源が世界を焼き、次第に炎は天にまで届いて疑似太陽となり、大地はひび割れた。
灼熱の地獄が幾日も続いて。
限界を迎えた世界は太陽を見ることなく、三度滅んだ。





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WRITTEN BY 姉崎桂馬






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