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汝、悩むことを禁ぜよ




現代日本に真の闇はない。
ここでは夜だというのに、水と炎と光とが乱舞して幻想世界を形成していた。
微少な飛沫が、僅かな光源を各々反射し、自然と人工が織り成す刹那のシャンデリア。
幻想でないのは。
技がかわされるほど増す肉体の痛み。
秘めやかに息を呑む。
ライトアップされた噴水のイリュージョン効果に、血色の髪は明るく照らされ、この世のものではないように見えた。
雫を含んで誘う髪も服も、今この場には相応しいものではない。
彼の長い指先は、京の肌を探るどころか下の肉まで抉ろうと振り下ろされ。
弾む息の合間に漏れるのは、艶かしい喘ぎではなく京の死を欲するばかり。
「死ねッ」
冷たい色の炎を拳に纏い、京の左脇をくぐり、肋骨へのダメージを狙う。当たれば、衝撃波が心臓をとらえて、京は短く苦しんで死ぬことになる。
庵のくりだす技と炎が与える威力は、他の誰よりも京が一番よく知っていた。
酸素をとりこみ、一層燃え盛る青の焔。
終末の前に華々しく輝くウォルフ・ライエの色から。
最も危険な短波が発する色へ。
面差しをゆらり、変化させ。
京がそれを許すはずはなく、赤々とした業火で庵の拳を受け止めた。
相殺される一瞬に、高温に熱されたひとかけらが散りばめられ、漂ってはかなく消える。
噴水がつかのま光を反射して、火の粉が舞いちったかのような風情に、京は目を細めた。
「夜の公園で二人きりなんだからさ、もちょっとロマンティックになれねえ?」
「拳以外の言葉を、貴様と交わすつもりはない」
言うが速いか、リーチのある脚を利用し威力あるハイキックが京の頭に飛ぶ。水たちが名残り惜しんで、彼の脚の軌跡を追い掛ける。願い虚しく、描かれる放物線。
簡単にとはいえないが腕一本でガードした京にも、その攻撃は容易く見抜けた。
危険率の高いハイキックの成功率は低く、庵も多用しない。京のガードを分散させるのが目的であり、京の両手が塞がったとみるや、素早く後退して間合いを仕切り直す。
間合いは、格闘でもっとも重要といっていい。
距離が近いほど攻撃は正確になる。相手との距離が離れていれば当然安全であるが、自分から攻撃もできない。
攻撃と防御がもっとも自分に有利になり、相手に不利になる場所を測るのは、よほど経験をつんでいないと身につかないものなのだ。
文字どおり目に見えない死線上で庵が次の攻撃のモーションに入る。
上空から狙い撃ちにされると察した京は、いそいで踏み切った。
まったく同時に、手中に炎を喚んで。
異なる構えから、もっともモーメントが高くなるポイントを本能で見切って。
打ちだす一瞬に恍惚と酔いながら……
ザザァッ。
地面から脚が離れると同時に、またも噴水があがる。
赤い炎と青い炎に反応して水分が瞬時に蒸発する音が、近くで聞こえたような気が。
ここは噴水のど真ん中だということを両者は思い出したが、手遅れ。二人の発する炎が水ごときに消されるわけはないのだが、水勢によってバランスが崩れ、技の威力が落ちるのは否めない。
京の胸に痛みが走ったが、予想通り常ほどの感覚はなく、勢いあまって庵に抱きついてそのまま落下した。水深は5〜6センチ。落ちた衝撃の方がよほど痛いくらいだ。
頭から、というほどの量ではないものの、全身を濡らすのに十分な水がしたたった。
「ってぇ〜…。
庵、大丈夫か?」
「無事かときくくらいなら早く退け」
「退くのは上にのっかってるてめえだろーが。
下脱いでくれるんだったら別にどかなくてもいいけど?」
「高校へ行って覚えてくるのは下のことばかりか。嘆かわしい頭だ」
ギャグが通じねーヤツ、と京が小声で言うと、「冗談が通じるからといって貴様のような生き方をする気も認める気もない」と睨む。
さっさと立ち上がった庵は、ライトと噴水のテリトリーから出て、髪を絞ってから後ろへと掻きあげた。
京も立ち上がって、久々に見る庵の額に魅入った。
「ケチがついた。
勝負はまた今度だ、京」
気が殺げたというか、無理矢理頭を冷やされたといおうか、この場合。
「いいぜ。いつでも」
ポケットの中のキーを探って背を向けようとした京だが、ボタンをはずす音に続いて袖を抜く音が聞こえ、踏み出しかけた足を停止させた。
「…こんなとこでストリップしてんじゃねーよ」
「服が濡れたままでは風邪をひく」
あくまで真面目な返答なのに、どこかちぐはぐだった。
上着もドレスシャツも雑巾絞り。絞ったシャツをタオル替わりに身体の水分を拭くのも、別段おかしいことではない。だが、それをやっているのが八神庵だから違和感があるのだ。
普段はプレスされたものを着ているはずだが、どうやら庵自身は服が皺になることには関心がないようだ。
それはまだ良かったが、レザーパンツに手を掛けたのを京が平静に見ていられるわけがない。
先刻下ネタを言った当人には思えないような常識的なことを言う。
「ちょっと待て! 風邪ひくって理屈は納得できるけど、下はやめとけ!」
「何故」
「え……。いや、ほら、革って濡れると手入れが面倒だろ?」
「構わん。俺が風邪をひくほうが困る」
理屈としては合ってるような。
だが、このままでは京も帰るに帰れない。ギャグではすまなくなる。
懇願する想いで庵を説得した。
「…なんでもいいから家に帰ってから着替えてくれ。ここから遠いんだったら送っていってやるから。バイクだけど」
話しているうちに京も寒さを覚え出した。暖かいとはいえまだ夏には遠い。
庵がしていたように、京もシャツを脱いで一度水気を抜き、それで簡単に身体を拭いてまた絞ったものを着た。
庵は噴水の傍にあった時計を眺め、小さく吐息をついた。
「今夜は野宿だ」
「へ? マジで風邪ひくぞ」
「この時間でこの格好では、女に宿を提供させるのは無理だろう。
ライブの日だと簡単なんだが」
「これまで女の部屋を泊まり歩いてたってことか?」
呆れ顔で京は庵に問うた。
八神家を出てから定職もなく、当然保証人もない庵に部屋を貸してくれる大家はいない。
そこで知り合った女の部屋に数日、長くて十数日滞在するようになったというわけだ。
「つまりヒモじゃん」
ぽそっと言った一言は真実であるだけに、庵の心臓をぐっさり貫いた。
「ぐ…っ」
高校×年生の京に言われる筋合いではなかろうが、それでもプライドに画鋲くらいは刺さったらしい。
「そんな顔すんなって。
それじゃ、俺の部屋泊まれよ。バイクで5分くらいだし。
風邪ひかなくてすむし、野宿しなくていいんだし、着替えとシャワーくらい貸してやるし。なんだったらその服もクリーニング出してやるし。
おお、俺様、超親切!」
「…敵の塩は受けん」
「言い忘れた。
俺の親切断った場合、服も持ってるものも全部ひっぺがしてそれだけ持って行くぜ。
返して京様、言うことなんでもききますなんて謝っても遅いからな」
「…………貴様」
「んじゃ行くか」
本気なのかわかりかねる脅し文句を吐いて、京はさっさと歩き出した。
男の背中が、笑っている。
庵はわずかに逡巡したが、京の部屋に泊まるのはデメリットでもないと自分を納得させて、彼の後についていった。
噴水のほうは深夜モードに切り替わったのか、波ひとつたっていなかった。



...fin.




WRITTEN BY 姉崎桂馬
よくわからないというか…ストーリーがないです!(死)
京×庵のつもりで書いてたんですが、読み返すと庵×京でも読めました。お好きなほうでご想像を(と、また想像力に頼る…)
さらに中途半端なおまけ部分もありんす。→おまけ

モドル






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