ドシン!! 「いって〜〜気を付けろよ!!」 モクバが悪態をつく。 廊下で走っていて、磯野とぶつかったのだ。 「も、申し訳ありません!モクバ様!お怪我は…」 「あれ??磯野…サングラスが…」 磯野は慌てて目に手を伸ばす。 トレードマークの黒いサングラスは、ぶつかった拍子に飛ばされていた。 「なんだ〜磯野!サングラスない方がかっこいいよ??」 モクバがサングラスを拾い、磯野にそう問いかけた。 「駄目です!返してください!!」 「なんでぇ?取っちゃえよ!サングラスなんて!いまどき流行んないって…」 「それは、私に課せられた義務ですから…」 磯野は静かにモクバを見つめて言った。 そう…あの時から… このサングラスにあの時の記憶を封じ込めたのだから… 3年前… 海馬剛三郎が自らの命を立つ1年前の事… 磯野はある少年の側に仕えることになった。 海馬瀬人…剛三郎がどこかの施設から弟と共に引き取った孤児だ。 自分の跡継ぎがいない剛三郎は、この少年を後継者とすべく、英才教育を施していた。 …英才教育とは名ばかりで、実際のところかなり無謀な後継者育成がなされていた。 瀬人は弟モクバのため、その仕打ちに必死に耐え、 後継者としての才能を開花させ始めていた。 「磯野です。これから瀬人様の側にお仕えする事になりました。宜しくお願いします」 磯野は淡々と挨拶した。 …剛三郎に魅入られた奴だ。きっと奴と同じ人間に違いない… 磯野は瀬人に対し、警戒心を持って望んだのだ。 「…磯野…?あぁ、義父から聞いている。」 瀬人も淡々と答えた。同じように警戒心を持っているのか… この屋敷の中では、たとえ同じ使用人仲間でも、容易に心を許してはいけない。 磯野も瀬人も身を持って知っていた。 「仕えるというなら好きにすればいい。俺の邪魔だけはするな。」 瀬人は冷たく言い放つ。やはり、剛三郎と同じ人間なんだ。 そう思った磯野だったが、そんな瀬人の中に自分と同じ匂いを感じ取っていた。 剛三郎に虐げられていた自分と同じ… 磯野がこの屋敷に来たのは15歳の時だった。 瀬人と同じように、施設で暮らしていたのだが、施設運営に行き詰った園長が、 たまたま慈善事業と称して施設を訪れた剛三郎に寄付を求めたところ、 「この中で一番頭がいい子供を引き取る」事を条件に多額の寄付金を手に入れたのだった。 白羽の矢が当たったのは、当時かなりの秀才といわれていた磯野だった。 剛三郎はその頃から自分の後継者を育てようとしていたのだが、 磯野はその期待に応えられるほどのレベルではなかった。 剛三郎の期待に応えられなければ、そこにいる必要はない。 だが、剛三郎にとって15歳の少年には他の利用法があった… 少年嗜好…剛三郎の持つ性癖の一つ… 磯野は長年にわたり、剛三郎の愛人としてこの屋敷で過ごしたのだ。 年齢的に少年というには難しくなった頃、剛三郎は別の施設から新たな少年を引き取り、 その少年を今度は楽しみ始めた。 磯野には利用価値がなくなり、何処へでも行くように促されたのだが、 何処に行くあてもなく、また長年愛人として剛三郎の傍に居た為、 海馬家の奥深くまで知り得てしまった磯野は、この屋敷から出て行くことは出来なかった。 屋敷の使用人として数年、剛三郎の秘書として数年働き、そして今、剛三郎の後継者、 瀬人の側に使える事になったのだ。 「この少年も、愛人として過ごしているに違いない…」 磯野は直感でそう感じ取った。 事実、瀬人には妙な色気があった。 白い肌、細い体、しなやかな指… 剛三郎が手を出さないはずがない… 磯野はそう思っていた。 瀬人は磯野が思っていたよりも遥に後継者としての才能があった。 10億もの金を1年で100億に変えてしまう商才… 相手に対する冷酷な所業はどこか剛三郎を思わせるところもあったが、 弟モクバに接している時の瀬人は、まだあどけない少年でもあった。 ある日、磯野は瀬人の部屋に呼び出された。 「磯野…これから俺の言う事を聞いてくれ…」 突然呼び出され、磯野は困惑した。 瀬人は、磯野の困惑を気にせず、話し続ける… 「俺には夢がある。叶えたい夢が。」 瀬人は真直ぐに磯野を見る。瀬人様はなぜ俺にこんな話を…? 「俺が今開発している、バーチャルシュミレーションシステムを使って、遊園地を作りたいんだ…」 「カイバランド世界征服計画!世界中にカイバランドを作るんだ!」 遊園地…?そんなこと、剛三郎が許すはずがない… このカイバコーポレーションは、闇の商人としてその名は知られた存在だ。 遊園地なんてまるで正反対じゃないか。 瀬人はどんどん話し続けた。普段寡黙な少年は、水を得た魚のようにしゃべり続ける。 「…そして、その遊園地には、俺やモクバのような孤児達はただで遊べるようにしたい…」 「磯野…お前のような孤児達…」 磯野は驚いた。瀬人様は俺の過去を知っている? どこかで誰かに聞いたのか… 「俺がお前にこの事を話したのは、お前に俺の味方になって貰いたいんだ。」 「今日…義父が…いや、剛三郎が俺のシュミレーションシステムを軍事兵器に転用したんだ…」 「俺の夢を踏みにじった剛三郎を何とかして叩き潰したい…ビック5にはもう手を打った。 奴らは俺の見方だ。」 「だが、もう一人…信頼できる味方が欲しいんだ…」 磯野は何も言わず、ただじっと瀬人の話を聞いていた。 「磯野…俺の為に働いてくれないか…」 「…なぜ…私を?私はあなた様の信頼に値する働きはしていません。」 それは事実だった。磯野は瀬人の側に使えていたが、目立っての働きはあえてしなかった。 剛三郎にも、瀬人にも、深く関わる事はしたくなかったのだ。 それなのに、なぜ瀬人様はこんな話をしてまで、自分を味方にしたいのか… 磯野には分からなかった。 「お前には、俺と同じ匂いを感じたから…俺と同じ眼をしていたから…だから…」 瀬人の顔は、いつもの強気な顔とは違い、弱々しい、今にも泣きそうな顔をしていた。 そうだった…忘れていた。瀬人様はまだ15歳だった… 世の荒波の中に生きてきた瀬人は普通の少年に比べれば大人びているが、 世間一般で見れば、まだ、肉親の愛情が必要な時期だ。 唯一の肉親であるモクバには、弱いところは見せられない。 自分と同じ匂いを感じ取った磯野を、そういった目で見てもおかしくはない。 磯野は瀬人の思いがけない内面を見せられ、戸惑っていた。 「瀬人様…剛三郎を追い落とすためには、かなり強引な手を使わなければ出来ません。」 「それにもし失敗すれば、只ではすみません。その覚悟はおありですか?」 「もちろんだ…それなりの覚悟は出来ている。」 先程の弱々しい表情は吹き飛び、力強く隙のない表情へと変わっていた。 「磯野…お前はどうだ!俺の下に来る勇気はあるか!?」 磯野はふっと笑った… 剛三郎に恨みがないといえば嘘になる。奴が叩き潰されるのを見るのもまたいいかもしれない。 そして、この少年ならそれが出来るかもしれない… 「分かりました。瀬人様。あなたの下に行きましょう。」 瀬人はほっとした。磯野にはどうしても味方になって貰いたかったからだ。 「では、成功した暁には…」 「報酬は要りません、瀬人様!」 磯野は瀬人の言葉をさえぎって言った。 瀬人は驚いている。報酬なしで危険な橋を渡るつもりなのか… 「報酬を貰ってしまえば、私はビック5の輩と同じになってしまいますからね… 私を信頼したいのなら、無報酬であなたのもので働きます。」 「お金で瀬人様との信頼を得ようとは思いません。だから、瀬人様も金で私を繋ぎ止めようとは 思わないで下さい。」 「私の唯一の望みは、瀬人様が剛三郎に打ち勝つ事です。それが私への報酬…」 瀬人は笑っていた。こうなる事を見越していたのか… 「よかった…磯野ならきっとそういうと思っていた…」 瀬人は磯野に近づき、右手を差し出した。 「必ず打ち勝って見せる!だから、お前も俺についてきてくれ!」 磯野は瀬人の手を取り、そのまま膝まづいた。 「忠誠を尽くします。瀬人様…」 それを見た瀬人の顔は、あどけない少年の笑顔だった。 それからというもの、磯野は瀬人の為にその力を発揮した。 決して表には出ず、裏から瀬人を支え続けた。 闇の人脈を使い、時には冷酷に、時には温情ある対応で、次第に瀬人側につく人間は増えていった。 長年剛三郎の傍にいた磯野は、彼のやり方を熟知していた。 それを上手く利用し、逆手に取り、次第に剛三郎を追い詰めていった。 「磯野…お前には夢はあるか…?」 ある日瀬人はふと磯野に問いかけた。 「夢…ですか…?」 磯野は考えた。この屋敷に来てからというもの、そんなことを思ったことはない… 希望も何もない屋敷での生活…果てなく続いた屈辱の日々… いつしか磯野は、未来を語る事も、ましてや夢を見ることすら忘れていた。 「夢は…ありません…ただその日々を過ごすだけ…」 磯野は無表情で答えた。喜怒哀楽の感情も、剛三郎の過去の所業がすべて奪っていた。 「そっか…そうだろうな…」 瀬人は磯野の過去をすべて知っているかのように答える。 そう、今まさに瀬人も磯野と同じように、夢や感情を奪い取られているところだった… 「だったら、俺の夢を共有しないか?磯野…」 「瀬人様の夢…ですか…?」 瀬人様の夢…カイバランド世界征服…恵まれない子供達のための… 叶うはずのない…おろかな夢だ。 「今、叶うはずないって思っただろう?」 驚く磯野を見て、瀬人は今まで見せたことのない顔で笑った。 …この少年は、まだ笑う事が出来るのか… 「叶わないと、誰が決めたんだ?俺は今まで一度もそんな風に思ったことはない」 「叶わない、と自分で諦めた時に、夢はすべての力を失うんだ、磯野…」 俺はこの屋敷に来てからというもの、すべての事をあきらめていた。 諦めざるを得なかった。自分にはそんな力などないと… 剛三郎に逆らう力など… 今だって優位に立ってはいるが、いつそれが逆転されるかもしれない。 磯野は自分達のやっている事は無駄なあがきのように思えてならなかった。 結局は剛三郎に敵うはずないのに…なぜすぐに諦めず、この少年についているのか… 磯野の中に僅かに芽生えた希望の光が、磯野を突き動かしていた… 「夢…叶うといいですね…」 「叶えるのさ!必ず…」 その言葉を聞いた時、磯野は何年ぶりかの笑顔を見せた。 そうだ…このまま行けば、あと一息で剛三郎をつぶす事が出来る… もう少し…信じてみようか…この少年を… 満月の明かりが磯野の部屋を照らす。 今日の昼間の話を思い出して、磯野は中々寝付かれなかった。 どうして瀬人様はあんなに強く輝いていられるんだろうか… 同じように、剛三郎から虐待を受けているはずだ。 弟を守るため?夢を叶えるため? それだけの為であんなに強い精神力でいられるとは思えない。 剛三郎への憎しみがそうさせているのか…? だとしたら、瀬人様は遅かれ早かれ剛三郎と同じ闇へと落ちていくだろう。 そうなった時、瀬人様が持つ夢はどうなるのか。 俺の居場所は…? 「フッ…明日のことを考えるなんて久しぶりの事だな…」 磯野は自分の心の変化に苦笑した。 トントン… 誰だ?こんな夜に… 「磯野様、旦那様がお呼びです。すぐに部屋に来るようにと…」 剛三郎が?俺を? …何をいまさら…そう思ったのだが、今はまだ剛三郎のほうが力がある。 「わかった。すぐに行く」 逆らうのは得策ではないと考え、呼び出しに応じる事にした。 To be continues.
PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】
Yahoo 楽天 NTT-X Store