「迫り来る氷帝」外伝で 不二と乾の話
乾を初めて抱いた日から、僕は片時も乾から離れないようになった。 一時でも傍を離れると、また死を選ぶのではないかと不安でいっぱいだったから。 英二が「不二と乾は付き合ってるの?」としつこく聞いてくる。 違うよ…英二… 僕は乾の恋人にはなれない。 そして乾も…僕の恋人にはなれはしない。 ただ互いの傷を舐めあっているだけさ。 僕は心の中でそう呟き、英二には小さく笑うだけに留めた。 乾は次第に落ち着きを取り戻し、いつもと変わらぬ青学のブレーンとしてその責務をこなしていく。 でも、満月が近づいてくると精神が乱れ、僕に救いを求めてきた。 何故だか…満月の夜は決まってあの北の塔に向かい、そしてそこで僕を受け入れる。 そして北の窓から覗く満月を見ながら、『蓮二』と叫び、果てていく。 乾は何も語らず… ただ悪戯に時が過ぎていく。 そしてそんな生活が半年ほど続いたある満月の夜。 いつもの様にふらふらとした足取りで北の塔へと向かう乾。 僕はきっとした目で用心深く見つめながら後に続く。 いつもと同じ様に泣きじゃくり、僕にしがみ付き、そしてキスをねだる。 僕もいつもと変わらず、なだめ、キスをしてベットに横たわせる。 身体中を愛撫して、蕾を解し、彼を貫く。 身悶える身体を押さえつけ、余計な事を考えさせないほど熱く、深く押し込んでいく。 最後の瞬間、乾はいつも決まって窓の方を向く。 だけど今夜は違っていた。 「うっああ…ふ…じ…」 「乾…?」 僕の…名を読んだ… 『蓮二』ではなく…『不二』と… 伸ばした手は窓の方を向かず、僕の背中へと回された。 これもいつもとは違う。 ハァハァと荒い息を僕の下でつきながら、乾は暫く呆然としていた。 僕は乾の横に身を置くと、乾の髪を優しくなでる。 「…蓮二が…」 「何…?乾…」 「蓮二が…俺を最後に抱いたのは、こんな満月が良く見える夜だった…」 虚ろな眼で語り始める乾に、僕はただ黙って耳を傾けた。 「神妙な表情で俺を抱き寄せ、唇を奪い、有無を言わせず俺を抱いた。」 「いつもの蓮二らしくない行動だった…なのに俺は全く気がつかず…」 「翌朝起きてみたら隣に蓮二は居なくて…置手紙がベッド脇のテーブルにあったんだ。」 「何て書いてあったの…?」 「…ただ一言…立海大へ行く…と…」 乾が僕の腕をギュッと掴む。今彼はトラウマと戦っているんだ。 僕の胸に顔を埋め、肩で声を殺して泣いていた。 僕はただ髪をなでるしかない。 今はどんな言葉を掛けても効果はないだろう。 「蓮二は…俺を裏切るような男じゃない…」 「国を捨てるような男じゃない。」 「世界中の人間がそう思っても、俺が信じてやらなければ…」 そうだ…。他の誰が信じなくても、俺だけが信じていればいい。 「乾…」 「有難う…不二。俺はもう大丈夫だ。」 「お前の肌の温もりなしで、これからも満月を過ごしていける。」 蓮二への思い、それだけで。俺は生きていける。 「柳を信じる事が出来たのなら、明日にでも立海大王国に行けば?」 「いや…俺はこの国に恩義がある。それに、俺は何度も蓮二に手紙を送っていたんだ。」 乾はすっと身体を起こし、北の窓をじっと見つめだした。 そして、窓から僅かに見える満月に手を伸ばす。 「蓮二は…返事をよこさなかった…勿論、会いにも来てくれない。」 「それで…乾は追い詰められていたって訳…?柳に裏切られ続けていると…」 「愚かな事だ。信じてさえいればよかっただけなのに。」 蓮二は…よほどの理由があって俺に会えないんだ。 そう信じればいい。それだけだ。 そう呟き、乾は僕の髪に手を回し、そっと口付けをした。 忘れられるの…?乾… 最愛の人を…君は忘れようとしているんだ… 「僕は君に何をしてあげられる?乾。」 「何も…不二からは充分助けてもらったさ。」 だからもう大丈夫。俺の事はいいから、お前の好きな人のところに戻れ。 そういって僕の頬に手を添える。 君は、知っていたのか。 「データを取るのが俺の仕事でもあり、趣味でもあるからね。」 「僕のデータは取れたかい?」 「不二が手塚を好きだ、という事だけだな。今のところ。」 僕達はもう一度、深く口付けを交わす。 でもそれだけだった。 肌を合わせる必要がなくなれば、仮初の恋人はお仕舞いだ。 僕は手塚の為に。 乾は柳を信じる心と共に。 それぞれの道を進んでいく。 そして乾が来てから2年。僕が来てから1年たった春。 「新しい将校のメンバーだ。びしびし鍛えてやってくれ。」 女王が若い二人を連れてき手、僕らに面通しをさせた。 「ちわっす!桃城武といいます!よろしくお願いします!」 屈託のない笑顔で挨拶をすると、すぐに英二が絡みだす。 そしてもう一人…物静かな表情だが、鋭い目で僕らを見つめている。 「…海堂薫と言います…宜しくお願いします…」 丁寧だが、ハスキーな声でさらりと挨拶をする。 その表情は緊張からか、険しく、人を寄せ付けない雰囲気をかもし出していた。 皆、一瞬引いて、海堂へ声をかける事が出来なかった。 「宜しく。そんな表情をしていては誰も傍によって来ないぞ?」 そんな海堂に最初に声をかけたのが乾だった。 カァッと頬を赤らめ、恥ずかしいのか悔しいのか海堂は下を向いて黙り込んでしまった。 「あぁ、怒っている訳ではないよ、どうした?」 「…別に…何でもないっす。」 近寄り難いって言われるの、慣れてますから。 ぺこっと頭を下げると、海堂の表情は寂しそうに歪んでいた。 乾が慌てて海堂の頭を撫でている。 「あ、ゴメン。泣かないで…」 「泣いてなんかねぇ!頭撫でんな!」 「でも今にも泣きそうだよ?」 「だから泣いてないって!頭撫でんな!餓鬼じゃねぇ!」 「いかんなぁ、先輩に向かってそう言う口に効き方は。」 「…!!」 乾と海堂のやりとりに、皆声を殺して笑っていた。 手塚でさえ…穏やかな表情で微笑んでいる。 「………すみませんっス…」 「素直でいいね。」 「だから頭撫でんな!」 完全にからかいモードに入った乾に、海堂はその後も振り回されっぱなしだった。 乾が笑ってる。 表面の笑顔ではなく…心から笑っている… 運命の出会いとは、いつ起きるか判らないね…乾… 事ある毎に乾は海堂にちょっかいを出し… 海堂は振り回されながらも乾を信頼していった。 そして…いつしか乾の心を海堂は完全に癒し… 二人は強い絆で結ばれた。 「不二!!ここに居たのか。」 「乾…何か用?」 立海大の事件が終わり、乾と海堂はめでたく結婚。 今は城の傍に小さな家を借りて新婚生活を楽しんでいる。 僕は城の傍の丘で昼休みを利用して、日向ぼっこをしていた。 殺し屋だった頃には決して出来なかった太陽の下での昼寝。 僕は今それを毎日満喫している。 「海堂…いや、薫知らないか?」 「ううん?何かあったの?」 「ちょっと…ネ…」 「喧嘩?犬も喰わないんだから僕に振らないでよ。」 クスッと笑いながら乾を見ると、不安げに僕を見つめている。 何があったのさ、乾。 「薫が…怒って家出しちゃって…」 「??何に怒ったのさ。」 「あ…いや…その…」 ばつが悪そうに俯いている。 まぁ、どうせ些細な事で喧嘩したんだろうけどね。 僕達にとってそれは惚気の何物でもないんだけど。 「喧嘩ばかりするんなら、僕ともう一度仮初の恋人でもやろうか?」 すっと乾の首に手を回すと、乾が慌てて僕を振り払おうとする。 両腕に力を込め、ぐっと力を込め僕の顔に引き寄せた。 そう、遠くから見ればまるでキスをしているみたいに。 「乾先輩から離れろ!!」 物凄い勢いで僕達の傍に駆け寄り、乾と僕を引き剥がす。 「薫!!」 「不二先輩でもゆるさねーぞ!乾先輩は俺の…」 「はい、お探しの新妻だよ。乾。」 にっこり笑って僕はまた芝生に腰を下ろし寝転がった。 海堂ははっとした表情だったが、乾が素早く海堂を抱き上げた。 「離せ!俺はまだ許しちゃいねーぞ!」 「それは家でゆっくり聞いてあげるさ。」 暴れる海堂を宥めながらも強い力で抱きしめる。 諦めたのか、海堂は乾の腕の中で大人しくなり、そのまま二人は家の方へと消えていく。 「一体何に怒っていたんだろう、海堂は。」 「乾が朝のキスを3日も忘れたそうだ。」 頭の上から、聞きなれた声が響いてきた。 「手塚。何で知ってるの?」 「さっきまで海堂が俺の所にきて愚痴を言っていた。」 すとんと僕の横に座って、青い空を見上げていた。 何だか様子が変だ…? 「…したのか…?」 「は?」 「いや…何でもない。」 真っ赤になって上を見上げる手塚に、僕は少し驚きながら近づいた。 「もしかして…嫉妬した?」 乾と僕がキスしていると思って嫉妬した? 何も答えようとしないけど、その表情の変化が物語っているよ。 「しないよ。」 「もうしない。僕も乾も愛しい人以外とキスはしない。」 安心した様に小さく微笑む手塚を引き寄せ、僕はその唇を合わせた。 満月の夜…僕らはお互いのパートナーと今は過ごす。 あの美しい輝きは僕達の全てを包み込むように、安らぎの夜を与えてくれる。 乾はきっと北の空を見つめるのだろう。 傍らに最愛の人を抱きしめて… End『満月の夜』完結です!
不二と乾の間に起きた事件を描いて!と言うキリリクにお答えいたしました!
最初は乾不二を考えていたのですよ。これで乾は攻めに転じたと言う設定で。
ですが、柳乾がドンドン私の中で占める割合が多くなり、乾は立派な受けに!(笑)
逆に不二が攻めでしか考えられなくなりました。
そして生まれた不二乾。
いや〜〜〜素敵!「蓮二、蓮二」と泣き叫ぶ乾君。
うっとり…ふふふふふ。
桜月さん、こんなんで宜しいでしょうか??
お付き合いありがとうございました!
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