光と闇と   17                   


「アテム…」
「セト…」


互いの存在に気づき、セトは立ち上がり、アテムは立ち止まる。
言いたい事は沢山あるのに、二人とも最初の一言が出ない。

 

「き、昨日の事だが…」

 

最初に沈黙を破ったのはセトだった。
だがアテムの顔を見る事が出来ず、俯いたまま言葉を続けていく。


「昨日の事。まずは礼を言う。」
「礼?」
「お前は俺を助けてくれた。アクナディン様に言われて気が付いた。」
「言われなければ気がつけなかった俺はまだまだ修行が足りん。」

 

一気に言い切り、俯いていた顔をすっと上げて、真っ直ぐにアテムの瞳を見た。
アテムも目を反らす事無く、自分を見ている。

 

言わなければ。
あの日の… 最初に会った日のことを。


「マハード様の事…神官長様に聞いた。」


マハードの名を聞き、アテムの表情がわずかに歪む。
しかし、セトの言葉をさえぎる事無く、ただ静かに聴いていた。


「俺は…お前の気持ちも知らずに勝手な事を言った。」


言わなければ。
「すまない」とただ一言。言わなければならない。

だがそれでアテムが許すとも思えない。
許してくれなければ?
また前と同じ様に俺をただのスラムの娼婦としか見てくれなければ?

それでも…


俺は言わなければならない。


俺は礼節も知らぬスラムの娼婦ではない。
神事を学ぶ神官見習いだ。

そうだ。俺は。


誇り高き魂を持つ、王の神官なの だ。

 

「許せとは言わぬ。だが俺が悪かった事は確かだ。」


「すまなかった。」


言った。
それでアテムが俺をどう扱おうと構わん。

清々しい表情でアテムを見る。
その顔は正に、誇り高き神官の顔だった。

 

全てを聞き終えたアテムは静かに歩みだす。
セトは身構えるが、その横を素通りし、結界の部屋の扉へ手を添えた。

ピリピリとその部屋の中の魔力の波動が感じてくる。
その波動が、中にマハードが生きている事を証明しているのだ。


「この中に…」


沈黙を破り、アテムが話し出す。
セトは振り返り、アテムの言葉を静かに聴いた。


「この中にマハードはいる。今も強大な魔力と戦っている。」
「千年リングの魔力を制御し、王家と民を救う為に戦っているんだ。」
「なのに…俺は何をしているんだろうな。」

 

己に絶望し、セトに八つ当たりをし、王として学ばねばならない事もあるのに何もしていない。
マハードは俺を守るために、身の危険も顧みずに結界の部屋で戦っていると言うのに。
マハードにもセトにも、俺は合わす顔がない。

 

「セト。」
「…何だ。」
「俺は王になりたい。」

 

もう二度とマハードの様な犠牲を出さないために。

もう二度とセトの様に笑顔を失う事がないように。

 

「お前の事をアクナディンから聞いた。」

 

ゆっくりと振り向き、セトの眼を見る。
セトもまた、反らす事無くアテムの瞳を見つめていた。

 
「俺はセトが笑ったところを見たことがなかった。」
「俺が怒らせる様な事をしていたからかもしれないが、
 それでもセトは俺の前だけではなく、誰の前でも笑う事はなかった。」
「アクナディンの側にいる時以外は。」

 
アテムの右足が一歩前に進み、セトに近づいていく。
セトの目の前で止まり、静かに右手を頬に添えた。
セトはその手を振り払うことはしなかった。

 
「マハードは…『笑う事』を知らなかった。セトは…『笑う事』を忘れてしまった。」
「俺には理解出来なかった。何故笑う事を忘れられるのか。」
「忘れてしまうほど酷い生活を送ってきた事が理解出来なかった。」

 
俺は王として何一つ学んでいない。
王になるべく身につけなければいけない事を何一つ学んでいない。
こんな俺に敬意を示せと言っても無理な話だ。

 
「アテム…」
「俺は王になりたい。」
「王になって、セトのような民を一人でも無くしたい。」

 「俺の前で…セトが笑ってくれるような王になりたい。」

 
セトの頬に触れていた右手をすっと降ろし、そのまま強く握りしめる。
言わなくては。
セトも言ったんだ。俺も言わなくてはいけない。
普段なら王家の者が臣下の者に言う言葉ではない。

だが言わなければならない。

 

真の王になるのなら。

 

 

「セト…」
「…なんだ。」
「……許せ。」

 
セトは少し驚きながらも、黙ってその言葉の続きに耳を傾ける。
アテムは顔を伏せる事無く、まっすぐにセトを見つめて口を開く。

 
「俺はお前を酷く傷つけた。その行為は王家の者だからと言って許されるものではない。」
いや、むしろ高貴なる者であるからこそ、絶対にしてはいけない行為だった。

 
「お前は俺を軽蔑しているだろう。そう思われても仕方がない事を俺はセトにしてしまった。」
「言い訳はしない。すべては俺が人としてセトより遥かに劣っているからだ。 」
「だが、もし許して貰えるのなら、俺にもう一度チャンスを与えてくれないか…」

 
虫の良い話だ。
自分勝手なのも分かっている。
それでも、俺はもう一度セトと真正面から向かい合いたい。

 
不安そうな顔でセトを見つめていると、ふいにセトがその額をこつんと叩いた。

 
「いっ??なっ!?」
「随分と虫のいい話だとは思わんのか。」
「お、思っている。だが…」
「思っているならそれでいい。」

 
最後の言葉に、アテムははっとセトを見あげ、その穏やかな表情に意を決して言葉を続ける。

 
「俺はもう、セトとは会わない。お前を追いかける事もしない。」
「それで…?」
「セトもだ。俺に会っても話しかけるな。」
「俺は話す必要ないしな。」

 
突き放す言葉ではあるが、悪意は感じられない。
むしろ、兄が弟をからかう様な親しみさえ感じられた。

 
「俺は今から王としての勉強を始める。王に成る為に学ばねばならない事を学ぶ。」
「マハードが結界の部屋から出てくるまでに、俺は王になるべくすべての事を学ぶ。」
「そしてお前が神官として初めて出仕する時、俺は王としてお前を迎える。」

 
その時。俺がお前が伏して敬意を称せぬ王であったなら…

 

 「俺は王位を放棄する。」

 

突然の宣言に、さすがのセトも驚いた。
馬鹿な!?王にならないと?

 
「貴様は俺に脅しをかけているのか?俺が平伏しないと王にならないと。」
「そんなんじゃないさ。セトはそんな脅しに屈服する者ではないだろう?」

セトだから。お前だからこんな宣言が出来る。
他の者なら、俺を王にさせる為に心にもないのに平伏して賛美の声を上げるだろう。

 
お前は俺を王と認めなければ、構わず立って俺を見下すだろう。
お前に認められない王ならば、王になっても意味がない。

 
「これは俺の決意だ。中途半端な気持ちではない、命をかけた決意の表れだ。」
「俺の命、お前に託す、セト。」 


まっすぐに向けられたその瞳に曇るところは一つもない。
その強き思いは、セトの心に激しく響き渡る。
セトは静かに目を閉じ、そして小さく頷いた。

 
「お前の決意、確かに受け取った。」
「見届けよう。お前が王になるか否かを。」

 
俺が神官になるその日。
お前が王であるか、それとも平伏す価値もない愚民であるか。
スラムの娼婦ではなく、王の神官として。

 
「礼を言う、セト。」
「なに。是非もないこと。」

 
お互いに小さく笑い、アテムはセトの頬に再び手を添えた。

 
「なあ…最後にキス、してもいか?」
「なっ!!調子に乗るな!」

セトは顔が真っ赤になるのを感じながら、添えられた手を振り払った。
だが、アテムの寂しそうな顔を見ると、今度は握られたその手を
振り払う事が出来なかった。

軽く引き寄せられ、セトは身を屈む。
軽く引き寄せ、アテムは背伸びをする。


「んっ…」

今までされてきた、愛情のないキスではない。
深く、その想いが込められた、慈愛に満ちたキスだった。

 
長く互いの想いを分け合い、アテムはようやく唇を離す。
優しく見つめるセトにそっと耳打ちをする。

 

「…このまま抱いちゃだめか?」

 

ゴツっ!!!!

 

大きく鈍い音が廊下に響き渡る。
アテムが頭を押さえて、涙目でセトを見ていた。

「いってぇええ!何すんだセト!」
「貴様が言うな!お前の決意が聞いて呆れるわ!」
「しょうがないじゃないか!セトがそんな扇情的なキスをするから…」

ふざけるな!
そう叫んでセトは身を翻して元来た廊下を進んでいく。

「セト!」
アテムが名を呼ぶと、セトは右手をすっと上げるだけの返事を返した。
お前が王になるべく学ぶなら、俺は王のお前にふさわしい神官になるべく学ぼう。

 

お前は…すでに王だ。
その曇りなき瞳がそう語っている。
その時が来たら、俺はお前に喜んで平伏すだろう。



我が王よ…

 

願わくば…その瞳が未来永劫、曇る事のない事を…




To be continues.









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