ペガサス城での戦いが終わった後、瀬人とモクバは海馬コーポレーションを立て直し、見事株価を元の状態まで押し上げた。 そしてすべてがいつも通りに戻る。 全てが… 「兄さま!」 「モクバか。学校は終わったのか。」 にこやかな顔で社長室に入ってきた唯一の肉親に、他人には絶対見せない笑顔で迎える。 瀬人が座っている大きな社長室の椅子にモクバが駆け寄り、瀬人が打ち込んでいるパソコンの画面に眼を向けた。 「…?何打ち込んでるの?全然解んないや。」 「解ったらたいしたもんだ。」 パチパチとキーボードを打つ瀬人の横顔を、モクバは幸せそうな笑顔で見つめていた。 すべて元通りになったんだね、兄さま。 俺達が命を賭けて守りぬいた海馬コーポレーション。 でも…兄さま…あの城での事は絶対話そうとしない。 ペガサスに負けた事がそんなに悔しいのか… 遊戯に助けられた事がそんなに屈辱なのか… 時折寂しそうに遠くを見つめる兄さま。 何処を見ているんだろう…何を思っているんだろう… 俺には話してくれないの…? 「どうした?モクバ。」 「ううん、何でもない。」 瀬人の左腕にすがる様に抱きついてきたモクバを、瀬人はそっと頭を撫でる。 穏やかな時間が過ぎようとしていた時。 RRR、RRR 机の上の電話が鳴った。 「俺だ。」 『インターナショナル・イリュージョン社のペガサス様が面会をお求めですが。』 ペガサス!? 「ペガサスだって!?兄さま!」 モクバが瀬人の顔を見上げた時、それ以上の言葉をかける事が出来なかった。 兄さま…どうして…? どうしてそんな悲しそうな顔をするの… 「追い返せ!俺は会うつもりはない!」 『あ、はい!あ!!お待ち下さい!ペガサス様??』 バタンと重厚な扉が開くと、そのドアとは不釣合いな陽気な声が部屋中をこだました。 「は〜〜い!海馬ボーイ!お久しぶりデス!お元気でしたか?」 右手にバラの花束を持ち、正装姿で両手を広げ、秘書の制止を振り切って瀬人のいる机に近づいて来る。 瀬人はガタンと椅子から立ち上がり、「帰れ!」と怒鳴り散らしてペガサスを牽制した。 「Oh〜つれないです!海馬ボーイにとっていい情報を持ってきたんですが。」 帰れと言うなら帰りましょうか?? 右眼をウィンクして取引を持ちかける。 瀬人は唇を噛み締めながらも冷静さを保ち、モクバの頭をそっと撫でた。 「モクバ…少しの間席を外してくれないか。」 「兄さま!?」 瀬人の腕を掴み首を振る弟に、瀬人は静かに微笑みかけた。 「大丈夫だ。もうあんなおかしな手にかかるような俺じゃない。だから安心しろ。」 「うん、兄さま…」 モクバもにっこりと微笑み返し、ペガサスの横をきっと睨みつけながら通り過ぎる。 ドアノブに手をかけながら振り返ると、ペガサス向かって叫びだした。 「ペガサス!兄さまに何かしたら承知しないからな!」 バタンと音を立ててドアを閉める仕草に、ペガサスは思わず苦笑する。 「ふふっ、モクバボーイは本当に兄思いなのですね。」 「用件は何だ。」 余計な会話を一切しない瀬人に、益々笑顔で迎え撃った。 「まぁ、そんなに急かさないでくださーい。まずはコーヒーでも頂けませんか?」 すとんと来客用のソファに座ると、持っていた花束をテーブルの上に置き、瀬人の方へと振り向いた。 「貴様に振舞うようなコーヒーなどない!さっさと用件を言え!俺は貴様などに割いている時間などない!」 「ビック5が私に接触してきました。」 突然の本題への切り返しに、瀬人の表情が驚きに変る。 ビック5が…?また…? 性懲りもなく俺達を追い出そうとまた画策していると言うのか? 「自分達の持っている株券の30%を私に譲渡すると言う話です。その権限であなた達をこの会社から追い出してくれと。」 「馬鹿な。たかだか30%如きでこの俺を追い出せると思っているのか。」 「確かに。でもこれで私は筆頭株主の一人となります。経営について色々口を出せる権利を持つ。」 あなたを精神的に追い詰めることは出来るでしょうね。 「それに経営陣退陣要求を株主総会で提案する権利も持ちます。そして私の経済力と人脈を使えば…」 ゆっくりと立ち上がり瀬人のいる机に向かって歩き出す。 銀色の髪がさらりと揺れ、懐かしい香りが漂ってきた。 …この…香りは… あの時と同じ… 「おぼえていてくれたのデスカ…?」 はっと気がつくと目の前にペガサスの手が迫ってきていて、瀬人は思わずその手を振り払ってしまった。 「使えば…何だ。」 必死で冷静さを保とうと下を向いて呼吸を整える。 ペガサスはそんな瀬人を見て楽しくて仕方がないのか、終始笑顔が絶えなかった。 「私の経済力と人脈を持ってすれば、あなたを退陣させる事など造作もないことです。」 株券30%があれば、の話ですがね。 胸ポケットから一枚の紙を取り出し、静かに机の上に置く。 恐らくそれは、ビック5との間に交わされた契約書だろう。 瀬人はちらりとその紙を見て、静かに、だが深く呼吸を繰り返した。 「…幾らだ…」 「海馬ボーイ?」 「ビック5が提示した金の10倍払ってやる!幾らでその契約書を買い取ればいいか、言え!?」 怒りを押し殺し、勤めて冷静に話したつもりが、相当語尾が荒かったのかペガサスはきょとんとして立ち尽くしていた。 「は…ははは…」 あっあははははは!! いきなりお腹を抱えて笑い出すペガサスに、流石の瀬人も堪忍袋の緒が切れた。 「貴様!ふざけるのもいい加減にしろ!金が目的でなくて何だと言うんだ!」 「だって、可笑しいじゃないですか。この私が金銭目的だなんて。」 バンと契約書共々机を叩き、瀬人に対し強烈な威圧感をぶつけてきた。 それは数々の修羅場を潜り抜けて来たペガサスだからできる行為。 そう、海馬瀬人を威圧感で押し潰す事が出来るのはこの私だけ。 「私はアメリカ経済を握っている男ですよ…本気になれば世界の経済を手に入れる事も出来る。」 この私がはした金など欲しいとお思いですか…? 吐息を感じるほど近づいてきたペガサスの顔に、瀬人は眼を逸らして一歩下がる。 震える声を搾り出す様に問いかけた。 「では…何が目的だ。」 金目的ではなくて…でも俺達を追い出す為でもない。 もしそうならここに来てこんな話をしないで、水面下で着々と陰謀を進めていくだろう。 そう、あのペガサス城での出来事の様に。 ペガサス…貴様の目的は何だ… 何故俺にこんな話をするんだ… 「目的…ですか。判りませんか?」 「判る訳なかろう!」 「やれやれ。少しは期待していたんですがね。」 すっと差し出される右手を、瀬人は振り払う事は出来なかった。 その手は瀬人の頬を触れ、柔らかい髪に指を絡めていく。 ゆっくりと近づいてくるその唇から逃れる事も出来ない。 「目的はあなたです…セト。あなたをもう一度抱きたい。」 私は忘れられないのです。あの日の夜の事。 欲情に火照った身体、叫ぶ様な喘ぎ声、迸る汗と精… 「やめろ!!!」 「あなたは忘れてしまったのですか?私は一日たりとも忘れた事はありませんでした。」 囁く様に告げるとそのまま震える唇にそれを落とした。 そっと触れるだけの小さなキス。 「ですが私にはもうミレニアム・アイはありません。だからこの様な姑息な手段と取らざるを得ないんです。」 そうでもしないと、あなたは抱かせてなどくれないでしょう? 机を挟んでの行為に、瀬人は我に返りペガサスの顔を押しのける。 耳まで真っ赤な瀬人を見て、ペガサスは満足げに微笑んでいた。 「あなたが一晩私の相手をしてくれるのなら、この契約書はあなたに渡しましょう。」 ペラっと契約書を摘み上げると、再び机の上にワザとらしく音を立てて眼の前に置く。 指先ですっと瀬人のすぐ前まで持って行き、すかさず頬にキスを落とした。 「ちっ、貴様!!」 「私は○○ホテルのスィートに泊まっています。その気になったらいらっしゃい。」 「これは契約書のコピーです。内容をよく読んで、取引に応じるのなら本物を差し上げます。」 忘れないで下さい。私はあなた達兄弟をどうこうするつもりはありません。 ただひとつ…あなたが欲しい。それだけ。 「では、お待ちしています、海馬ボーイ。」 にこやかな笑顔を絶やさぬまま、バラの花束を心配して様子を見に来た秘書に渡し、瀬人の前から去って行った。 「兄さま!!!」 モクバがすかさず入ってきて瀬人に駆け寄ると、青ざめた表情で立ち尽くす兄を心配そうに見つめていた。 「兄さま…ペガサスは何て…」 「モクバ…」 そうだ…俺はこの海馬コーポレーションを守らなければならない。 モクバを守らなければならない。 それが亡き父と母との約束。 「モクバ、俺は守る。この海馬コーポレーションを。」 「うん…兄さま…」 信じてる。兄さまはペガサスなんかには負けない! そう言いながら微笑む弟を、瀬人は思わず抱きしめた。 そう…守らなければならない… この身をかけて… 少し考えたい事があると言ってモクバを家に帰し、瀬人は社長室の椅子で静かに眼を閉じ心を落ち着かせていた。 簡単な事だ。ただ一晩相手をすればいい。 そんな事、剛三郎が生きていた時は日常茶飯事だったじゃないか。 取引先との交渉を有利に進める為に、自分を差し出していた義父。 力がなかった為にただそれに従うしかなかった自分。 今までの相手は自分を組み敷く事しか頭になかった低俗な奴らばかりだった。 だが、ペガサスなら違うだろう。それだけが救いかもしれない。 意を決して椅子から立とうとした時、再び机の電話がなる。 「何だ…」 『あの、お友達からお電話が…』 「友達?そんな者はいない。切れ。」 『あ、あの、武藤遊戯と言う方から…どうしても海馬様に取り次いでくれと…』 遊戯…?何故遊戯が? 受話器を取った瀬人はその後数分間遊戯と話し、そして傍にあった書類と鞄を取り出しコートを身につける。 みてろ…ペガサス!貴様の思い通りにはならんぞ! 入り口で待っていたリムジンの運転手に行き先を告げ、瀬人は海馬コーポレーションを後にした。 to be continues.
再びペガ海SSです。
今度は前後半…で収まるか!?(笑)
2月の瀬人様オンリー本にあわせてのSSです。
暫くのお付き合い、宜しくお願い致します。
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