願い 2
都内の一等地にある超一流ホテルのスィートルームにペガサスは宿泊していた。
大きな窓から夜景を楽しみ、そしてこれから訪れるであろう甘美なひと時を思うと、笑みが零れて仕方がなかった。
セト…愛しています…あなたを私の物にしたい…
右手に持ったワイングラスに夜景を映しながら一気に飲み干した時、部屋の電話が鳴り響いた。
そっと受話器を取ると、ペガサスは小さく微笑んで受付の女性に告げた。
「…Yes…構いません。通して下さい。」
その5分後…部屋の呼び鈴が鳴る。
ゆっくりと開かれるドアの向こうに、厳しい表情の瀬人が立っていた。
「ようこそいらっしゃいました、セト。さ、中へどうぞ。」
立場的には上位にいるはずのペガサスは、最敬礼の態度で瀬人を迎え入れる。
瀬人は終始無言のまま、ペガサスが座っていた椅子の真向かいに立つ。
「ワインがいいですか?おっと、あなたは未成年でしたね。コーヒーでも入れましょうか?」
「俺は貴様の言いなりになるつもりで来たのではない。」
グラスを用意していたペガサスは、瀬人の思ってもみないその言葉に少し驚いていた。
「ほぉ!?私の相手をする気で来たのではないのですか?」
例の契約書は要らないと…
グラスをテーブルに置き、静かに椅子に座る。
瀬人は大きく深呼吸をしてきっとペガサスを睨みつけた。
「デュエルキングダムで、お前が遊戯と交わした契約を覚えているか…」
「遊戯BOYと…?あぁ、はい。覚えていますよ。」
我がII社の株60%を譲渡する、と言う権利。
それにより、遊戯はわが社の社長にもなれるだけの株を取得する。
「その権利をどうするのか再三連絡をしているのですが、まだ決まっていないようです。」
「放棄するのか…権利を行使するのか…それによって私の処遇も変わるのですが…」
まさか…?あなたは遊戯と…?
はっとなるペガサスに瀬人はようやく余裕の笑みを浮かべ、書類の入った袋を取り出した。
「お前が帰った後、遊戯から電話があってな。」
ばさばさと書類を取り出し、必要箇所を数枚抜き取ると、ペガサスの眼の前に持っていく。
要はこうだ。権利を得た遊戯がその扱いに困り俺の所に助けを求めてきた。
あちこちからその株を運営資金に共同事業を、とか、言い値で買い取るとか勧誘の電話が来て大変だったそうだ。
「株の事など素人の遊戯は、俺にしか頼めるものはいないと泣き言を言ってきてな。」
弁護士を連れてすぐ遊戯の家に行き、その場でこの契約書を作成した。
「遊戯が得た権利を俺が買い取った。それがこの契約書だ。」
「馬鹿な!転売は出来ないと契約書にも明記されてあったはずです!」
「あぁ、あったよ。だからこう契約書を交わしたんだ。」
ペガサスは渡された書類の構文を読み出した。
「…遊戯BOYが権利を行使し、II社の社長となる訳ですね。」
瀬人はニヤリと笑いながらその先を続ける。
「そうだ。その上で俺に株を譲渡。俺は貴様の会社の筆頭株主になる。」
その後遊戯は社長を辞職、俺がその後を継ぐ。
「しかし、そんな事が株主内で許されるとでも?」
「出来るさ。俺の金力と人脈を使えば…」
これでも世界の海馬と言われたんだ。それなりの実力は自負している。
こう言い放つ瀬人は決して臆せず、ペガサスと同格に威圧感を放っていた。
成る程…幼い頃からそれなりの修羅場を潜り抜けてきただけはありますね…
ペガサスは小さく微笑むと、持っていた書類を机に置き、グラスにワインを注いでグッと飲み干した。
「OK,海馬BOY、あなたの勝ちです。」
「それでは取引成立だな。」
貴様が用意したその契約書と、俺が遊戯と交わしたこの契約書とを交換だ。
瀬人がバンッと書類をテーブルに叩きつけ、ペガサスが持っている書類を掴み取ろうと手を出した。
そこにすかさずペガサスが瀬人の腕を取る。
「何をっ!?」
「その前に一つ質問です、セト…」
たちまち顔が赤らんでくる瀬人に、ペガサスはゆっくりと立ち上がり瀬人を自分に引き寄せた。
グッと腰を掴み、驚くその顔をそっと撫でる。
「何故あなたはここに来たのですか…?」
カッと両の眼を開き、ペガサスの掴んでいるその手を払いのけ、その場から逃げるように身体を引き離した。
どうして…俺はここに…
「決まっているだろう!貴様に最後通告をしに…」
「ではそれは他人でも良かった筈です。」
「遊戯の家からここに直接来たから他人を行かせる余裕がなかった!」
ゆっくりと近づくペガサスに、逃げようと足を動かすが、全く動かない。
まるで何かの呪文にかかってしまったような…
「弁護士を連れていたのでしょう?その人に行って貰えば済む事だった筈です…」
なのにあなたは自らここに来た…何故です…?
頬に添えられるその手を振り払う事も出来ず、ただペガサスの眼を見つめているだけだった。
何故…俺はここに来たんだ…
そんな瀬人を見て、ペガサスは小さく微笑み瀬人の身体を再び引き寄せ抱きしめる。
「あなたは…私に抱かれたくて来たのでしょう…?」
サァッと顔色を変え、瀬人は烈火の如く怒鳴りつけた。
「馬鹿を言うな!貴様に抱かれに来ただと!?」
「忘れられないのではないですか?私と肌を合わせたあの夜の事…」
抱きしめられている腕を振り解こうともがくが、ペガサスは瀬人の腰をグッと引き寄せ、くるりと反転させて
傍にあったベッドに押し倒す。
両手を掴みシーツに沈めるとその上に跨るように押さえつける。
瀬人はペガサスの眼を真っ直ぐ見れなくて、眼を閉じ顔を背けた。
「離せ…」
「あの日の夜…あなたはたった一度、私の名前を呼んでくれました…」
名前を呼ばれて…これほど幸せに感じた事はなかった…
「もう一度…呼んで下さい…セト…」
私の名前を…
そっと頬にキスを落とすと瀬人は静かに眼を開けペガサスの眼を見つめた。
そして緩められた腕を延ばしてペガサスの首に回す。
「…ペガサス…」
そうだ…その通りだよ、ペガサス…
俺はあの日からお前の事を一日たりとも忘れた事はなかった…
何故だか…あの日俺と同じ孤独を感じた…
言葉とは逆に…包み込む優しさを感じた…
久しくなかった温もりを感じたんだ…
そしてこう願ったんだ…
もう一度って…
「セト…愛してます…」
どちらからともなく顔を近づけ唇を重ねていく。
絡めあう舌は思考を狂わせ、瀬人はもはや抵抗する意思は失われていた。
いや、むしろ積極的にペガサスを求めだしたと言うべきだろうか…
そうだ…お前の勝ちだ…ペガサス…
俺はお前に抱かれたくてここに来たんだ…
to be continues.
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