人生の弱者達が蔓延る裏路地で一人の少年が私のコートを掴んでいた。 「ねぇ…あんた、軍のお偉いさんだろう…?」 誰も寄せつけないほどの邪悪な気を放っていたのに、この少年は意とも簡単に私の心に進入してきた。 「…何故そう思う…?」 「別に。軍人は皆こう言えば喜ぶから。」 薄汚れてはいるが、凛としたその顔立ちはまだあどけなさも残っている。 少年はコートを離さず、真っ直ぐな眼で私を見ている。 「ねぇ…俺を買ってよ…」 そう言いながら今度は私の手を掴んでくる。 そのまま自分の首筋へと私の腕を持っていき、身体の線を撫でるように腕を導いていく。 売春婦…男娼…その日の糧の為に身体すらも切り売りする愚かな人間。 この少年もその類なのだろう。 「いくらで買って欲しいのだ?」 「お腹いっぱいになるほどの食べ物と交換。」 持ってなければお金でもいいよ。 掴んだ手を離そうとはせず、私の指をぺろりと舐める。 手の甲にキスを落とし、前髪の隙間から私をじっと見据えていた。 こんな子供でも男を誘う術を身につけている。 下らぬ生き物だな…全く… 「食べ物が欲しければ私を満足させてみせろ。」 ただの気まぐれで少年をその場で抱いた。 漆黒の髪を激しく揺らし、壁に背中を擦られながらも唇を噛み締め私の愛撫に必死で耐える。 時折見せるその真っ直ぐな瞳は、私の中の「憤怒」の心さえも貫いた。 その瞳の輝きが強すぎて、私は触れる事すら出来ない。 心の中に巣食う「憤怒」の感情は心の奥底へ通し戻されていく。 「んっはああ…」 「まだまだ、これでは私は到底満足せんぞ…」 少年の片足を抱え、更に奥まで突き上げると甲高い声をあげながら身体を痙攣させ反応する。 夢中でしがみ付いてくるその手を私の首に回し、抱きかかえる様にSEXをする。 その日食べる物の為に身体を売る… 愚かな人間の象徴でもあった輩の筈なのに… 何故こうも心惹かれるのだろうか。 全ての行為が終わっても、手放す事を躊躇った。 一緒に来るか… 行けばお腹いっぱい食べさせてくれるのか… 気まぐれで結んだ少年との契約。 思えばそれは運命だったのかもしれない… たまたま視察に訪れた先でテロに会い、乗っていた車が爆破された。 運転手は即死。周りを警備していた兵士達も重傷を負っていた。 勿論私は傷一つなかったが。 「奇跡的に無傷」 そういう事に落ち着かせ、別の車を用意すると慌てふためく将軍たちを尻目に、私は背後から感じる殺気に気を向けていた。 愚かな者どもよ…私はこんな事ぐらいでは死にはしないのだよ… 沸々と湧き上がる「憤怒」の感情を押し殺し、私は軍司令部まで歩くと主張した。 そう…未だ私に狙いを定めているテロリスト達を根こそぎ消去する為に。 慌てて私の後を付いてくる将軍達に、私は苦笑交じりで見つめていた。 馬鹿な者達だ。この先には死が待っているのに。 表通りから裏通りへ。 人気の少ない路地を選んで歩いていく。 「閣下…この様な道は危のうございます。」 「迎えの車が来るまでお待ち頂いた方が…」 ビクビクと震えながら周りを警戒する将軍達は、私の意図する事など理解できんのだろう。 「さて…そろそろいいかな。」 誰もいない完全な路地裏で、私は立ち止まり、背後の気配に話しかける。 3…4…5人…か。 「随分少ないな。私もその程度としか見られなかったと言う訳か?」 何の事だか判らずきょとんとしている将軍達は、ビルや路地の陰から5人のテロリストが現れ悲鳴をあげた。 「閣下を守れ!」という一応儀礼染みた言葉を放ちながら、震える手で拳銃を構えている。 くだらぬ。貴様ら如きに守られる私ではないわ! さっさと殺られるがよい! そう思う前に、テロリスト達が発砲してきたので、将軍達は皆銃弾を浴び名誉の戦死となった。 役立たずの将軍だと思っていたが、こういう事に利用できるとはな。 私は将軍達を盾に銃弾を避け、ビルの一角へと身を潜めた。 問答無用で撃ってきたな。手馴れている。プロか… どちらにせよ、私は銃では死なん。 久々に「憤怒」として抑えていた感情を吐き出すか。 「出て来い!ブラッドレイ!我らの粛清を受けよ!」 勝手な事を… 愚かな人間など黙って私に従ってさえいれば良いのだ。 左眼の眼帯を外し胸ポケットにしまうと、内なる焔が込み上げてくる。 カチャッとサーベルの柄を鞘から外し、5人の居場所を一瞬の内に把握する。 「参る!」 その一言を発するとテロリスト達は一斉に発砲してきた。 その弾丸全てをかわし、まず一人… 「う、うわぁぁぁ!!」 肩口からざっくり切り裂くと、無様な断末魔をあげながら絶命する。 この一太刀で残りのテロリスト達の戦意は消失された。 青ざめた顔で私に向け発砲を繰り返す。 無駄だと言うのが判らぬか。 一人づつサーベルの錆に落としていくと、最後に残ったのはテロリストのリーダーらしき男。 恐怖で腕が震えながらも、銃口を私に向け外さない。 「その心意気だけは買ってやろう。」 ニヤリと笑ってサーベルの先を心臓に向けた。 「わぁぁっぁぁ!!」 バーン… 男が撃った銃弾は私の心臓を貫き、そこから血がドクドクと溢れ出ていく。 「は、はははは!!やったぞ!ブラッドレイを倒したぞ!」 壊れかけた笑顔を浮かべ笑う男。 私は胸から流れ出る血を指ですくい、ぺろりと舐めてみる。 ふむ、味は普通の人間と何ら変わらんな。 最も、そうでなければ意味はないのだが。 「き、貴様…撃たれたはずなのに…」 勝利に笑っていた男の表情が一気に崩れ、再び銃口を私に向ける。 「あぁ、見事に貫通したよ。いい腕だ。わが軍に欲しかったな。」 胸から溢れ出ている筈の血がすぅっと止まると、男はもう正気ではいなかった。 全く…人間と言うのは壊れやすい物だな。 そのまま男の胸を串刺しにし、絶命したのを確認するとサーベルを抜き去り血糊を払い落とす。 「軍服を汚しおって。」 言い訳をするのが面倒なのだぞ… ふぅ、と溜め息をつきながら脱ぎ捨てたコートを羽織り、何事もなかった様にこの場を立ち去る。 眼帯をつけて「キング・ブラッドレイ」に戻るつもりが、いまだ心が沸き立っている。 いかんな…これでは。 「憤怒」と「ブラッドレイ」への切り替えをスムーズにしなければ。 まだまだ私も修行が足りないな。 心が落ち着くまで表路地には戻れん。 暫く裏路地を歩くしかないか。 また変な輩に襲われるかもしれないが、いたしかたあるまい。 だが、いまだ「憤怒」の感情が渦巻く私の気配に近づく愚かな人間がいるだろうか? 恐らく子供でもこの気を感じて近づけまい。 周りを見ればスラム化した路地裏で横たわる人間達。 「金をくれ」と手を差し伸べるが、私の気に圧倒され身を縮込ませる。 「ねえ…あんた軍のお偉いさんだろう…?」 不意に背後から聞こえた少年の言葉。 運命だったのかもしれない… 漆黒の髪と瞳を持つ少年…私の「憤怒」の気すらもろともしなかった真っ直ぐな瞳。 「名前は…?」 「…ロイ…覚えているのはそれだけだ。」 「私はキング。キング・ブラッドレイ。」 「欲しい」と思ったのは私の素直な欲望。 それが愛情へと変わったのは計算外。 あれから15年… 私の運命の歯車は微妙に狂っていた。 To be continues.
アンソロにはこの15年後の話が漫画化されております。
ロイは戦争孤児で、ブラッドレイが拾った、と言うパラレル設定で展開されております〜
気まぐれで拾った黒猫をいつの間にか愛してしまったブラッドレイ。
だがそれは許される事ではなく…
何時しか自分を運命から解放してくれると信じて、ロイに全てを託すラース。
あぁぁ、悲恋なブラロイっていいですわ〜(悦)