契約   5


デュークはロイを抱きながら車へと戻り、家路に急ぐ。
車の中でロイはぐったりしながらも、意識はだんだんとはっきりしてきて、ぼんやりと外を眺めていた。

「大丈夫か…?」
「………」

デュークが声を掛けてもロイは何も喋ろうとせず、時折、絞められた痕がくっきり残された首に手を当てていた。

どうしてキングは俺の首を絞めたんだろう…
どうして喜んで迎えてくれなかったんだろう…

どうしてこの人は俺をああまでして助けようとしたんだろう…


家に着くとデュークはロイをすぐ寝室へと運び、ベットに寝かせた。
まだ精神的ショックがあるのだろうか。ロイは嫌がることもなく、素直にデュークの言う事を聞く。
布団に入る時は寝間着を着るのを嫌がったロイだったが、今日は大人しくシャツに袖を通した。

「大丈夫か…」
同じ質問を繰り返す。

それ以外どう声を掛けていいのか皆目見当がつかない。
漆黒の髪を撫でながら、ただその傷ついた身体と心を心配するしかなかった。



それから二〜三日の間、ロイは一言も話さずただベッドの中で一日を過ごしていた。
デュークももう何も言わず、ロイが立ち直るのを待つしか術はなかった。
食事もろくに取らず、ただぼんやりと一日中窓を見続ける。

スラム街で娼婦まがいな事をしてきたのなら、命の危険に会う様な事は度々あった筈。

それでもロイの性格なら気にせず前向きに生きて来たのかもしれない。
いや、いかざるを得なかったのか…
どんなに虐げられ屈辱に塗れても、生きていく為にはそれらを受け入れなければならない。


ロイに道徳心が失われたのも生きていく故に…だ


大人相手に淫靡な態度を取ったのも、そうすれば楽にお金や食べ物が手に入ったから。
ブラッドレイ相手でも他の大人同様、ただお金と食べ物と快楽を与えてくれる人に過ぎなかったはずだ。

なのにここまで執着するのは…


「愛していたのか…?あの方を…」

同じく、ロイに心を持っていかれてしまったブラッドレイ。
誰に憚る事無くロイを傍に置く為に、自分に教育を託した。

それだけか…?では何故この私に…ロイを預けた…?


3日目の朝、朝食を持って部屋に行った時、デュークはベッドにロイがいないのに気がついた。

まさか!また抜け出して大総統府に行ったのでは?
今度こそ本当に殺されてしまうぞ!!

「ロイ!ロイ!どこだ!」
辺りを見回すと、奥の窓辺に座り込んで、太陽の光を全身に浴びているロイがいた。


「ロイ!何をしているんだ、こんな所で…」
「…おじさん…大総統の傍に行くにはどのくらいの地位まで行けばいい?」

ぽつりと呟くその言葉に、デュークは言葉を一瞬失う。
こやつは…まだあの方の事を思い続けているのか…?

「そうだな…少なくとも少佐以上の地位でないとな。」
「…士官学校に入れば少佐になれる?」
「いや、無理だ。准尉から始まるから、少佐の地位に着くにはかなりの年月がかかるぞ。」

ロイの傍に近づいてもデュークの方を見ようともせず、ロイは淡々と質問をぶつけてきた。

「一番最短の方法はある…?」
「そうだな…一つだけあるぞ。」

そう答えたデュークに、ロイは初めて目線を合わせた。
真っ直ぐな瞳でデュークを見つめ、その輝きはデュークの心を貫いていく。

「どうすればいい…?」
「国家錬金術師の資格を取る事だ。そうすれば士官学校を出てすぐに少佐になれる。」
国家錬金術師の資格を持つものは、軍に所属していなくても少佐クラスの地位を権限が与えられる。
その実力が認められれば、大総統の覚えも目出度いだろう。

「戦場で目覚しい活躍をすれば、更に一目置かれ、軍内部での地位も確約される事だろうな。」
「どうすれば国家錬金術師になれる?」
「並大抵な事ではないぞ。まず錬金術とは何かを理解しなければならない。」
それから物事の成り立ち、構成、全てを身に付け、それらを一瞬のうちに組み替えなければならない。

だがこれがあの方に近づく唯一の最短方法。
全てを手にいいれれば、お前があの方の隣にいても誰も咎めたりはしないだろう。

それはあの方自身でさえも。


ロイは静かに眼を閉じ、何かを思う様に大きく息を吸い込んだ。
そして再び眼を開けた時、それは今までの気力のない輝きを失った瞳ではなかった。

鋭い眼光は見る者を恐れさせ…魅了させていく。

「おじさんの家族…死んだって言ってたね…殺されたの?」
突然の質問にデュークは身体を震わせる。

「…ロイ…」
「5年前…って事は、キングが大総統になった時だね。粛清されたの?」
「…そうだ…」
子供特有の無邪気さゆえの質問ではない。

彼は全てを把握し、全てを承知の上で私に質問をしている。
己の中で何かを整理しようとしているのか…
では私は包み隠さず、真実のみを使えよう。

それがロイをこの混沌とした世界に巻き込んでしまった我ら大人の責任だ。

「どうして粛清されたの?」
「…私がキング・ブラッドレイ大総統就任に異を唱えたからだ。」
3分の2以上の上層部が賛成していた中、私を始め数少ない人物が、彼の危険を察知していた。

戦場での数々の功績。政治家としての手腕。リーダーシップの強さ。

どれを取っても完璧な人物。
だからこそ危険だと思った。


「大総統就任と共に、彼は権力を自分に集中させるのでは?と思ったのだ。」
「どうして…?」
「歴史が…そう語っているのだよ。」
過去の偉大な人物は皆、望まれて国の頂点に立つ。
絶大な支持があるので多少強引な事をしても咎められない。

その内反対意見を聞くのも疎かになり…

自分のする事すべてを肯定させる為に権力を集中させる。


「そして独裁者の誕生だ。だが国民の多くはそれを独裁とは気が付かない。」
自ら求めて頂点に立たせたと言う期待感がその思考を麻痺させる。

国民の期待に答える為に、国の力を諸外国に見せ付ける。

「そう、戦争だ。そうやって独裁者の国は滅んでいく。歴史は繰り返されるのだ。」
気がついた時には取り返しのつかない事態になり…そしてこの国は滅んでいく。


「だがそれ以上に私はブラッドレイ大総統に人間性を感じられなくてね…」
何故だろう…傍に近づくと背筋が凍る思いをする。
戦場で失った左眼からとてつもない邪気を感じる。

だから反対した。ブラッドレイが大総統になる事を。

「それで…キングはおじさんではなく、家族を粛清したんだ…」
「そうだ。就任の是非を問う会議の前日に…賊が我が家を襲った。」
妻と…士官学校を卒業して軍に入り、私の右腕となって動いてくれた一人息子を殺された。

何故か私には指一本触れず…関係ない家族を…

「私抜きで会議は進み、就任は肯定され…ブラッドレイは大総統に就任が決まった。」
私は葬儀を終え、喪が明けてから軍に出仕し、就任が決まったブラッドレイの元に向かった。

犯人はわかっている。誰の差し金かも。だが証拠はない。
悔しさに拳を握り締めていると、ブラッドレイはすっと立ち上がり、私の傍に近づいた。



「貴様は…生かす…」
生きてその恥を晒すが良い。

家族を守れなかったその無力さを。
私に異を唱えた愚かさを。

この国が滅びていくのを止められない虚しさを。


「誰にも聞こえない様な声で…だがはっきりを私にそう伝えたのだ。」
全て判っていながら、どうにも出来ないこの苦しさ。
それを承知で、あの方は私を少将の地位のままに据え置いた。


「この5年間は人間の愚かさを痛感する毎日だったよ。」
眼の前でこの国が滅びようとしている。滅亡に導いているのが今、お前達が称賛しているこの男なのに。

どうする事も出来ず悪戯に時間だけが過ぎていく。
いつしかブラッドレイの周りに反対勢力はいなくなり、独裁体制を完成しつつある。


私はこの軍の中で唯一の反体制の人間となってしまった。


「なのに、大総統閣下は何故…私にお前を託されたのか…」
あの人は何を望んでいるのだ…?
何故私を生かしたのだ…?

何故ロイを引き取ったのだ…?

そして何故…私に引き渡した…


ロイはじっと話を聞いたあと、デュークに向かって屈託のない笑顔で微笑んだ。

「おじさんを生かしたのは、きっと生きてて欲しかったからだ。」
「!?何故!?私が生きてて何のメリットもない!」
「俺をおじさんの元に行かせたのは…」

ロイは窓に手をやり、大総統府がある方向を見つめる。

「おじさんの意志を俺に継がせたかったからだ…」
自分に対抗するただ一人の人間。

俺にそうなれと…キングは求めているの…?



ロイは窓から飛び降り、カーテンをさっと閉じる。
そして着ていたパジャマのボタンを取り外すと、上着をはらりと脱ぎ去った。

「ロイ…?」
「…俺を抱いてよ…おじさん…」

いきなりの言葉と行動に、デュークは一歩後ずさりをして全身で拒否を示した。

「馬鹿な事を言うな!私はその気はないし、お前は私の養子となった訳で…」
すなわち親子関係にある訳だ。それは世間一般の道徳に反する。

だがロイはクスッと笑いながら、デュークの首に纏わり付いた。

「手続きはまだ済んでないでしょ?俺とあんたはまだ親子関係ではない。」
そう囁きながらじりじりとベッドへと追い込み、そのままデュークごとベッドへと倒れこむ。
ロイはデュークの腹の上に馬なりになり、両肩を押さえてシーツに押し付けた。

何かを言わんとしていたデュークの唇に、ロイがそれを合わせて塞ぎ、舌を絡めだした。

「っロイ!!」
「お願いだ…俺を抱いて…」

俺の中からあの人の感触を拭い去って…

「スラムのロイ」を最後に抱いたのがあの人でない様にして…


そうすれば俺は…あの人への思いを断ち切れるかもしれない…


「ロイ・マスタングとしてあの人と対峙できるかもしれない…」
だから抱いて。何もかも忘れて生まれ変われるように。


あなたの意志を継いで…この国を守れる戦士になれる様に。



あの人の運命を変えられる存在になれるように…


デュークの頬にポツリと雫が零れ落ちる。
はらりと揺れる黒髪の奥で、漆黒の瞳が涙で潤んでいる。

デュークは無意識の内にロイを抱き寄せ、自分の胸に顔を埋めさせた。
絹の様な手触りの黒髪に指を絡ませ、髪をなで上げる。

涙で濡れる瞳にキスをすると、そのまま鼻筋に移動し、そして震える唇へと到達する。
先程の様な性急なキスではなく…心を通わせるような優しいキス。

何時しかデュークはロイを下に寝かせ、覆いかぶさる様に首筋に唇を落としていった。


抱いて…お願いだから…俺を抱いて…
めちゃくちゃにして、俺からあの人を消し去って。

過去を全て捨て去り、何もかも忘れて新しく生まれ変わる。




「ロイ・マスタング」として…




あなたの傍に立ち、あなたを超え、あなたを上から見下ろしてあげる。



内戦で両親を殺され、何も希望も見出せなかった自分。

「一緒に来るか」と言われた時はただの都合のいい大人でしかなかった。

自分に溺れていく大人を見て、復讐のつもりで笑っていた。
こんな国にした大人達を破滅させるのが快感だった…


そう…今やっと理解した…



俺の相手はただ一人…あなただけだったと言う事を…



スラムの子供達全ての復讐をあなたに果たす為に、俺は生まれ変わらなければならない。





運命だったのかもしれない。
最初はただ破滅させようと近づいた。
それが愛情に変わってしまったのは計算外。


あなたが俺を滅ぼす者と求めるのなら、俺はそれに精一杯応えてやる。



俺があなたの野望を阻み、復讐を果たし、満たされるのが先か…
あなたが国を滅ぼし、俺達人間が虚しさに押し潰されるのを見て満足するのが先か…



そう…あの時の「契約」はまだ続いている。




To be continues.

     




次から漫画(の予定)です


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